会社に勤めていた若き日のことだ。来社の折りはきまってチョコレートのお土産をくださる年配の女性の著者がいた。
机の傍を通るとき「ハイッ」とさりげなく置いていってくれるのだった。それは重すぎず軽すぎず、何気ない心遣いがあってうれしい贈り物であった。
それから私も時々真似をさせてもらっている。いつも会社に届いた手紙を転送してくれる若い女性に、お礼のしるしとして小さなチョコレートをプレゼントする。
チョコレートの効用について、英会話の個人レッスンを受けている人から実際にあったこんな話を聞いた。
レッスンの日、仕事が立て込み、疲れていて頭がよく働かない。それを見て先生が
「いい薬を上げましょう」といってチョコレートをくださったそうだ。
その効果はてきめんで、ぱっと頭が働き出しレッスンもうまくいったという。
わが家の冷蔵庫に常備してあるチョコレートは専ら疲労回復剤としての役割である。
小学生の時は、友達と競ってキャンデーの包み紙を集めていた。軽井沢と言う土地柄で、夏は、別荘に来るひとから、お土産として、美しい箱に入ったチョコレートやキャンデーをよくもらった。
模様のついた赤や緑や青や黄色のセロハン紙に、中包みの金や銀を重ね、夢のようにキャンデーは包まれていた。
ある冬、父は都会の系列会社に働いていた。冬期は暇なので、会社の方針で、当時はそのようなことがあった。
母はよく手紙を書き、私達4人兄弟も一緒に父への手紙を書いた。
その手紙に私は一筆書いたのだった。――今、私はキャンデーの包み紙を集めているので、包み紙を送ってくださいと。ただ単純に包み紙が欲しかった。
後日、父から小包が届いた。包みの中には、きれいな箱に入ったキャンデーがいっぱいつまっていた。
キャンデーは、苺やオレンジやレモンやハッカなど、いろいろな果物の味がした。
その中にはもちろん、チョコレート・キャンデーもあった。そのプレゼントのおかげで、友達と私の包紙集めは私が一歩リードしたことはいうまでもない。