寒さが一段と厳しくなってきています。今の時期、多くの草花や樹々は春までしばらく休養です。林や野原がくすんだ緑におおわれている中で、凛とした緑の色を見せているもの、それは竹です。
竹の美しいところは、都内では、皇居東御苑などがありますが、今回は新東京百景にも選ばれている東久留米市の「竹林公園」を訪れてみました。
西武池袋線を東久留米駅で降り、西口を出て約800メートルほど住宅街を歩いていくと、小さな案内板に竹林公園は左方向80メートルとありました。細道をちょっと上ると公園の入り口に出ました。
入り口には、孟宗竹が青い空を背景にすっくと立っています。竹の葉が陽光に浮かび上がっています。
門をくぐると、うっそうとした竹林。午後3時頃ということもあり、冬至を過ぎたばかりの日差しは低く、光が届かないところもありました。見上げると、ところどころ青い空がのぞいています。竹の緑が陽差しに透き通って見えています。目を竹の方に向けると、入り込んでくる光に、孟宗竹が黒くすっくと立っています。
竹の影が地面を這うように映し出されています。明るいところにでてみると、緑の柱が静かに立っているのが見えてきました。
静寂さの中に立つ孟宗竹は、冬の寒さがどうあろうとしっかりと地面に根をはり、自らの命を確かなものにしています。
ちょうど1年前は故郷で、ベッドに横たわる母の命を見つめていました。美しく雪をいだいた山の写真に、母は「きれいね」と小さくつぶやいていました。もしもこの竹の光景を母に見せることができたなら、「きれいだね。強いんだね。」という声を聞くことができたのではないかと思います。
孟宗竹の林は、おそらくや何百年にもわたって、武蔵野の大地に生きる人々の支えになってきたのではないか、そんな思いがしていました。
駅に戻ると、駅舎の2階、バルコニー風になっているところに人だかりがありました。ここは「富士見テラス」と呼ばれていて、富士山の光景を見ることができるちょっとしたスポットです。行ってみると、カメラやスマホを手にした人が富士に沈む夕陽を撮ろうと待ち構えていました。私もその中に加わって、富士を写真に収めました。
素敵な光景です。生きる力を少し分けてもらえたような気がしました。
竹の美しいところは、都内では、皇居東御苑などがありますが、今回は新東京百景にも選ばれている東久留米市の「竹林公園」を訪れてみました。
西武池袋線を東久留米駅で降り、西口を出て約800メートルほど住宅街を歩いていくと、小さな案内板に竹林公園は左方向80メートルとありました。細道をちょっと上ると公園の入り口に出ました。
入り口には、孟宗竹が青い空を背景にすっくと立っています。竹の葉が陽光に浮かび上がっています。
門をくぐると、うっそうとした竹林。午後3時頃ということもあり、冬至を過ぎたばかりの日差しは低く、光が届かないところもありました。見上げると、ところどころ青い空がのぞいています。竹の緑が陽差しに透き通って見えています。目を竹の方に向けると、入り込んでくる光に、孟宗竹が黒くすっくと立っています。
竹の影が地面を這うように映し出されています。明るいところにでてみると、緑の柱が静かに立っているのが見えてきました。
静寂さの中に立つ孟宗竹は、冬の寒さがどうあろうとしっかりと地面に根をはり、自らの命を確かなものにしています。
ちょうど1年前は故郷で、ベッドに横たわる母の命を見つめていました。美しく雪をいだいた山の写真に、母は「きれいね」と小さくつぶやいていました。もしもこの竹の光景を母に見せることができたなら、「きれいだね。強いんだね。」という声を聞くことができたのではないかと思います。
孟宗竹の林は、おそらくや何百年にもわたって、武蔵野の大地に生きる人々の支えになってきたのではないか、そんな思いがしていました。
駅に戻ると、駅舎の2階、バルコニー風になっているところに人だかりがありました。ここは「富士見テラス」と呼ばれていて、富士山の光景を見ることができるちょっとしたスポットです。行ってみると、カメラやスマホを手にした人が富士に沈む夕陽を撮ろうと待ち構えていました。私もその中に加わって、富士を写真に収めました。
素敵な光景です。生きる力を少し分けてもらえたような気がしました。