よく若者ことばと言われるが、若者ことばには何を言っているのか分からないものがあるようで、このあたりではあまりないが、東京あたりに行くと女子高校生同士が話しているのを聞いても、年配者にはさっぱり判らないと聞いたことがある。僅かな歳月の間にもことばは変化するものだから、ましてや百年、千年たてばどれほど変わるものか。ずいぶん前に古代のことばを復元したのを聞いたことがあるが、「パピプペポ」という音が多く、まったく日本語とは思えなかった。映画やドラマなどでは現代から過去の時代にタイムスリップする話があるが、それが江戸時代であってもことばがほとんど通じないだろう。
私は時代小説が好きで、藤沢周平、山本周五郎や、北原亞以子、宇江佐真理その他いろいろな作家のものを読むが、作中の人物が話すことばが気になることも少なくない。もちろん例えば江戸時代のことばそのままではなくても、そこは現代風にアレンジされていることは当然で、とくに違和感がないことは多いが、中にはどうかと思うようなものがあって、白けてしまうこともある。あるよく売れているらしい男性作家のものを買ったのだが、その作品の冒頭に、稲荷神社に安産祈願に来た若い夫婦の次のような会話が出てくる。地の文は省略する。
「男と女とどっちが欲しいの? もちろん男の子でしょ?」
「そんなことはない」
「ただなあ」
「なあに?」
「女だったらおいらに似ないで欲しい。雪乃に似てもらわないと困る」
「馬鹿ねえ。そんなの平気よ」
(中略)
「ああ、あいつはいつでもそうだ。でも、表情がきれいな女がいいとか、わけのわからねえことは言ってるぜ」
「全然わからなくないわよ。(以下略)」
まるで現代小説の中の会話で、江戸時代の普通の庶民の男女の会話にしてもおかしいのに、これが奉行所の同心と妻女の会話という設定なので呆れてしまった。それで、その後はこの本は読む気が起こらず放っておいてある。
その点では藤沢周平の作品は違和感を覚えることもが少なく読める。もちろん当時の言葉遣いそのままでないことは当然だが、そこが作家としての力量だろう。『龍を見た男』(新潮文庫)に作家の小松重男氏が解説しているが、同じようなことを言っている。氏によれば、江戸時代の人達が実際に使っていた話し言葉のあらましは当時の小説家(戯作者)の為永春水や式亭三馬などの小説で知ることができると言い、一つの例を挙げている
「おらあ、てめえに“ほの字”だったわな。それをてめえに奥山くらわせられてさ。へん、おきゃがれ」
ずいぶん荒っぽい物言いだが、小松氏はこれを「ごくふつうの町娘が、たいそう羞じらいながら、こんなふうに恋心を告白していたのである」と言っている。もちろん今の時代小説にこのようなことば遣いをそのまま書くわけにはいかない。かと言って氏も言っているように、これを
「あたし、あんたが好きだったわ。でも、あんたは気づいてくれなかったのよ。ふん、よしてよ」
と直訳したら、テレビドラマのせりふになってしまう。そこに作家の力量が問われることになる。当時は 庶民は女でも「おれ」、「てめえ」を使っていたと聞いたことがあるが、今の時代小説に使うなら、せいぜい長屋住まいの中年女か老婆に言わせるくらいがいいのではないか。
「・・・・だわ」とか「・・・・なのよ」などと言うのは、色町あたりの女性のことば遣いだと読んだことがあるが、このようなことば遣いは、時代小説にはよく出てきて、ちょっと気になることがある。先に挙げた、奉行所の同心の妻に「全然わからなくないわよ」などと言わせるのは、羽目外しもいいところだと思う、
江戸ことばに興味を惹かれて、為永春水作・古川久校訂『梅暦(上)』(岩波文庫)を読んでいる。現代語訳は付いていないから、仮名遣いは何とか読めても、さすがにすらすらとは読めないが、深川の花柳界の男と女の会話が結構おもしろい。この『梅暦(春色梅暦)』は、男女の恋を描く恋愛小説である「人情本」というジャンルに入れられるもので、当時の女性の心をつかんで大ベストセラーとなったと言う。江戸も中期以後になると、手習い所(寺子屋)で学ぶ庶民は多くなっていて、当時の識字率は、イギリス(1837年、大工業都市部) 20~25%、フランス(1793年) 1.4%、日本(1850年、江戸) 75%と言う数字もあるから、ヨーロッパに比べるとかなり高いもので、多くの庶民が貸し本屋から人情本などを借りて楽しんだのだろう
『梅暦』はこれからゆっくり読んでいこうと思う。併せて、野火迅『使ってみねえ 本場の江戸語』(文春文庫)も読んでいるが、これは肩を凝らさずに読める。私が読んでいる新聞の日曜版では「夏の読書特集」として江戸時代を取り上げていたが、最近は江戸時代、江戸物への関心が高いようだし、書店に行くといろいろな作家達の時代小説(江戸時代物が多い)がたくさん並んでいる。