京都駅前電停。後方には関電ビルが見えます。
東山七条の智積院へ行きました。
長谷川等伯の国宝の障壁画を拝見。
写真は複製されたものです。描かれた当時の様子だそうです。
庭園は中国廬山を模ったもので、池は整備中で水が入っていませんが、居ながらにして船の風情を楽しめるよう、考えられたものだそうです。
堂本印象の婦女喫茶図はすばらしい。(写真は不可)
4系統のさよなら電車。後続が続いてます。
京都駅前電停。背後の京都駅は見えません。やはり低かった。
タワーから見た先代京都駅。昭和27年竣工だそうです。現駅ビルは平成9年。
高くなっている所は、わたしの記憶ではレストランなどが入っていた、と思うのですが違うかな。
京都駅観光デパート。今もcubeで存続してますね。店で印象に残っているは、肩こりの器具?だったかを販売していたところです。
京都市電のカラー版がありました。
さようなら烏丸線。
駅前電停です。
系統番号下には週刊文春。
こちらの写真は後方に京都駅が写っています。
1974.3.31.
ヤシカペンタJ-5。1964年発売の一眼レフです。
露出計と1000分の1秒までのシャッタースピード。M42マウントでペンタックスのレンズなどが使えます。
が、何と言ってもウルトラQで由利ちゃんが使っているのが重要。
J-5だあ。レンズはF1.4らしいです。どこかにないかなあ。
京橋のツイン21で開催されていた古書フェアに行って来ました。
最終日だったので、何かあるかなと種々物色。
日本生命館(現日本橋高島屋)の昭和8年3月竣工の記念写真帖がありました。
外観全景。写真がそのまま貼り付けてあるタイプの写真帖でした。
醍醐味は内部写真だ、と思いますが、広間はこんな感じです。重文。(大丸心斎橋もなってもおかしくなかったのに。)
もう、一冊は「新映画」。昭和23年10月発行。表紙は山口淑子さんですね。
何故買ったかの理由はこちらです。表紙に国立図書館を訪ねて、とあったので。
長谷川一夫さんと小暮美千代さん。
中の写真もありました。戦前は迎賓館だったのが、この年から図書館として一般開放されたのです。
映画界の先陣を切っての見学との趣向です。
また、図書館から迎賓館になって、気楽に見学は叶わなくなりました。
京の冬の旅が1日から始まりました。
今年のテーマが「京都にみる日本の絵画」となっていて、各寺の名品が公開されています。
楽しみにしていた、伊藤若冲は来月からの公開で、如拙の掛け軸が代わりでした。これでがっかりしていては重文が泣きますね。
お伊勢参りへ行って来ました。何十年ぶりのお伊勢さんです。
小学校以来の二見浦の夫婦岩ですよ。どこで記念写真を撮ったのかなあ。ときょろきょろ。
ないなあ。
小さく旅行の写真を紹介。ここは。。
中央の柵から突き出した岩の上にみんなが並んで撮影したんですね。
今の状態では難しいので、かつては何か台?があったのか?いずれにしても集合写真の撮影場所は無くなったようでございます。月日は流れたな。
竹生島に到着しました。
参道から見下ろした風景と思います。
玻璃丸の舷側ですね。中学か高校生の兄弟は、写真を撮ってもらっているようです。
1955.09.
以前に紹介した絵葉書にあった玻璃丸の写真が、父が撮影した琵琶湖旅行の中にありました。
撮影は昭和30年の9月。竹生島へ向かう航路だと思います。浜大津~近江舞子~近江今津~竹生島と云う航路だったので、この写真は近江舞子と推察されます。(近江今津かも?)
湖岸に桟橋が設けられていたようで、乗船客が集まって来ています。
船首の展望室からの風景。湖面にヨットが浮かんでいます。
1955.09.
烏丸七条から京都駅方面を眺めています。
丸物、タワービルと通りの向こうに先代京都駅が少し見えます。
丸物は今はヨドバシ京都店に建て替わりました。七条通りの人出は心なしか今より多いような感じがします。
七条烏丸交差点から北側の東本願寺方面を撮影したものです。
4系統のさよなら電車が通過して行きます。
その前のカット。電停の場所が分かります。今思うと、すぐ横を車が通るのに、よく立ってたな、と思いますね。
1974.03.
今の風景も追加。
七条烏丸交差点です。カーブをさよなら電車が曲がります。
中信と東京生命の建物は今もありますね。
電停の辺り。今より賑やか?です。どちらも手前にバスの先端が写っています。
写真を少しアップしてみました。街頭時計があって、時刻が3時前です。
1974.03.
今の風景も追加。