日常散策

日々の記録とその他のこと

大阪の建築ガイドブックによる散策について。森ノ宮~天神橋。その5

2011年05月31日 | 町あるき


 天満橋まで来ました。大阪マーチャンダイズ・マートビル(OMMビル)。1969年竣工。設計施工竹中工務店です。シカゴにモデルのMerchandise Martがあります。



 外観は1986年に総マジックミラー張りに改装。



 天満橋をはさんで、京阪ビル(現京阪シティモール)。1967年竣工。設計施工は竹中工務店。



 2004年に改装。こちらの外観の方が当初の様子(プレキャストコンクリート)がやや残っているかもしれません。



 施工しまくり、大阪大林ビル。1973年竣工。設計施工は大林組(当たり前。)
 OCS構造の高層建築。外周の柱間が広く、眺望抜群だそうです。



 大林組の斜め向かいに大阪建設会館。1956年竣工。設計施工は大林組。
 打放しコンクリートで、アンチサン複層ガラスにガラス・ブロックを使用とのことです。意外に古いビルですね。

 つづく。

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大阪の建築ガイドブックによる散策について。森ノ宮~天神橋。その4

2011年05月30日 | 近代建築



 谷町で見かけた「名つけ」の看板。子供の名前を考えて、運勢運気の良い名前をつけてくれます。迷ったらそれも良いかも知れませんね。



 大阪城(天守閣)。1931年竣工。大阪市建築課。施工大林組。
 プリンセストヨトミで話題かもです。
 大阪城の地下には何かがある。



 大阪府庁本館。1926年竣工。平林金吾、岡本肇。施工大林組、清水建設。
 セセッション分離派。白亜の殿堂。
 設計の重点は耐震耐火です。



 府庁から大阪城に沿って北へ行くと、大阪合同庁舎第1号館。1958年竣工。近畿地方建設局営繕部。施工大林組、清水建設。
 合同庁舎計画の先駆だそうです。

 つづく。

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大阪の建築ガイドブックによる散策について。森ノ宮~天神橋。その3

2011年05月29日 | 町あるき



 谷町筋を南に折れると、大阪銀行協会です。1967年竣工。日建設計。施工は鴻池組、大林組、鹿島建設、清水建設、竹中工務店、大成建設のJV。銀行だからか色々関わっています。
 手形交換所等が入り、重厚な建物です。



 法円坂を上がると、大阪合同庁舎第2号館です。1968年竣工。近畿地方建設局営繕課部。施工大林組。
 白のラインがすっきりしてます。



 大阪医療センター角にあるのが、大村益次郎殉難報国記念碑。1941年。



 医療センターに何か残っていないかな、と見ながら龍造寺、安堂寺を通ります。この辺りは戦災に遭っていないので、古い町屋が大阪としては比較的多くあります。
 気になるのが酒屋さんです。サントリー、ニッカに白雪の看板。よく行く立ち飲み屋さんの主人の話では、看板は買い取りだったとのことです。てっきりもらっているのかと思っていましたが、違うようです。



 2丁目角の北島ビル。1階にはトポデミーノと云う雑貨やアンティークを扱う店が入っています。ビルは戦後かも知れません。



 3丁目角の七五トヨペット。社名の由来は創業当時、朝7時から夕方5時まで営業していたからだそうです。休憩は何時間だったのでしょうか。
 法人設立が昭和26年なので、その頃の建物かもしれません。



 上本町近くの社屋。戦前?窓は鉄製サッシだと思います。

 つづく。
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。森ノ宮~天神橋。その2

2011年05月28日 | 町あるき





 越中井を過ぎると更地が広がりますが、その中に残されているのが大阪市住宅供給公社法円坂住宅です。
 管理開始は1957年とか。入口の意匠も特徴があります。



 大通の向こうに見えて来たのが、大阪東電話局(現NTTネオメイト)です。1965年竣工。近畿電気通信局建築部、三座建築事務所。施工大成建設。
 バルコニーみたいなでっぱりが綺麗に斜めに並んでいますが、写真と比較すると後年に付けられたものです。



 歩道橋をはさんで、手前が大阪市教育青年センター(現アネックスパル法円坂)です。1971年竣工。大阪市建築局建築部、大建設計。施工松村組、浅沼組。
 遺跡が発掘された関係で2棟に分けられています。



 東電話局の隣に建つのが、近畿電電ビル(現NTT西日本ビル)です。1969年竣工。日本電信電話公社建築局。施工大林組。



 建て替えられたNHKや府警本部を見て、本町通りを西へ行くと大阪警察会館が残されています。1968年竣工。ベニススタヂオ建築設計事務所。施工松村組、奥村組。
 環境保存に配慮して、和風を加味しているそうです。
 今は囲われていて使用されていない様子でした。

 つづく。
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。森ノ宮~天神橋。その1

2011年05月27日 | 町あるき



 森ノ宮駅を降りて、東へ進むとすぐに大阪府立成人病センターがあります。義父が入院していた病院でもあります。
 建築工事は何期かに分かれていて、本の出版時からも増改築がされているようです。1971年竣工。大阪府建築部営繕課。施工鴻池組です。



 中央大通を渡ると、日本住宅公団森之宮市街地住宅(現UR都市機構森之宮団地)です。竣工1968年。日本住宅公団大阪支所、三座建築事務所。施工大成建設、松村組。 



 ピロティ方式で、5棟が建っていますが、後に通りに面して賃貸用がもう1棟、追加されたみたいですね。



 今度は東へ大阪城公園を右に見て進みます。
 日生球場。建物は1997年に解体されましたが、跡地はそのままに残っていて、階段などもまだあります。近鉄ファンでもありませんので、馴染みないですね。。



 球場跡から城西学園を過ぎると、聖マリア大聖堂です。1963年竣工。長谷部鋭吉、東西建築サービス。施工石川工務店。
 長谷部さんの遺作らしいですが、細部は原案とかなり異なるとのことです。隣にあった塔も無くなってますね。前に見たような気もするのですが。。中も自由に見学出来ますが、撮影は禁止されています。高山右近像あり。



 中央大通方面へ向かいますが、途中にあるのが越中井です。この辺は、川越中守忠興(ただおき)の邸跡で、越中井はその邸内にあったものだそうです。
 細川ガラシャは石田三成に人質にとられるのを拒んで自害してしまいました。
 大阪人から見ると、結局石田三成を悪役にするのに一役買った方でありますね。

 つづく。


 

 
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BREAKING NEWS コスモシリーズワイド21などなど。

2011年05月26日 | よしなごと



 トイレの壁スイッチが壊れたので交換しました。換気扇のタイムスイッチ付きの機能スイッチです。押しておくと時間が来ると切れます。(時間調整可能。)今は色々出てるんですね。



 下鴨納涼古本市のちらしです。8月11日から16日。

○原発。。結局、1~3号の三兄弟ともメルトダウンしていたとか。。分かっていたと思いますが。やはり、見る人が見ると歯がゆいのだろうな、と思います。
 20ミリシーベルトの年間放射線量の基準もひどいもののようです。国民を守ろうとはしていなのですね。


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大阪の建築ガイドブックによる散策について。中之島西部~四ツ橋筋編。その5

2011年05月26日 | 町あるき





 靭本町の崎山ビル。大正期の竣工。ネットが掛けられて久しいです。一度食べに入ろうと思っているのですが、まだです。イタリア料理は一人で入るほど好きではないので。。



 通りに戻って、近畿富山会館ビルディングです。1970年竣工。日新建築設計事務所。施工佐藤工業。
 すごく重厚な感じです。外装はアルミカーテンウォール仕上げ。



 本日はここまでで、梅田に戻ります。
 まずはメタボ阪急へ、と思ったのですがありません。あれえ。と帰ってから調べると解体。。でした。電車から良く見ていたような気がしますが、興味ない時は興味ないものなあ。興味なくとも取り敢えず写真には残しておく心がけが必要です。

 北阪急ビル。1971年竣工。設計施工は竹中工務店。外装はアルミ平板。ちなみにメタボ阪急も竹中さんでした。



 新阪急ホテル。1964年竣工。やっぱり竹中工務店なんですが、新館を撮影したかも。。また、確かめてアップします。



 地下に下りて阪急三番街なんですが、こちらは色々改装されてるものなあ。本にあるのは、ステンドグラスのある吹き抜け空間で、1971年の竹中工務店の設計施工です。
 これもまた、確認です。うろつくと色々あるかも知れません。



 こちらも結構綺麗。ステンドはいずこ!



 阪急梅田駅拡張工事です。1971年で竹中さん。阪急は竹中さんなんですね。
 わたしにとって、阪急梅田と云えば紀伊国屋書店梅田本店なんですが、梅田本店の創業は1969年らしいです。大規模書店が増えたので競争が厳しそうです。

 次回は大阪城周辺。プリンセストヨトミにつづく。

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大阪の建築ガイドブックによる散策について。中之島西部~四ツ橋筋編。その4

2011年05月25日 | 町あるき



 肥後橋から四ツ橋筋を南に行きますが、建て替え済みばかりで高速をくぐって横堀へ到着。
 日建ビル(現日建ビル1号館)です。1968年竣工。日建設計。施工間組。内部には16m×25mの無柱空間があるとのことです。外観は打放し。
 


 続いて、更に南に進むと大阪化学繊維会館です。1966年竣工。日建設計で施工は大林組。今回のお気に入りビルですね。
 白色。外壁はPCカーテンウォール。何かの撮影に使えそうです。



 玄関ホール。奥には建物模型も置かれています。1階はピロティで、地下へのオープン階段があって、商店が幾つか入っています。





 途中のモダンビル。やっぱりガラスが肝なのかな。



 四ツ橋へ戻って靭公園へ。
 大阪科学技術センターです。1963年竣工。日建設計。施工大林組のコンビ。建物が建て変わったり、用途変更されたりすることが多いですが、こちらは竣工から変わらないまま現在に至っています。
 公園が広がっていて付近の風情も良し。

 つづく。
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。中之島西部~四ツ橋筋編。その3

2011年05月24日 | 町あるき



 取り敢えず、大阪教会を目指して歩きます。途中の西船場公園向かいにあるのが西船場ビルです。
 やはりビルと名が付いてますね。ここは検索すると情報がありまして、まずは大正時代築!すばらしい。中は昔の木造小学校舎の様!ますますすばらしいですね。



 江戸堀の日本基督教団大阪教会です。1922年竣工。ヴォーリズさん。施工岡本工務店。煉瓦建築。会堂と塔屋が一緒の写真が撮りずらい。向かいの式場に今度頼むか。。



 ちょっと行くと児玉ビル。1935年。これもよく残りました。施工岡本工務店。岡本さん活躍です。

 昔、近代建築ガイドブック掲載されていた建物を「春元邸はいずこへ。」と1か月探したことを思い出します。(うそ。)
 町屋の2階を洋風にした建物。明治期のがあったなんて、見てみたかったですねえ。

 春元邸、北浜平和ビル(そう云えばこれも木造なのにビル。)、つねなりすたじお、九郎兵衛館、三洋貿易商会を並べて、梅田北ヤードに大阪歴史博物館別館(大阪の街並み洋風編)をこさえて欲しかったですね。玄武会館もだ。。東京にはあるのになあ。府市合同で如何でしょうか。



 すぐ近くに金光教玉水教会。1935年。木造の社殿建築です。



 四ツ橋筋に出る前にあるのが西京町ビル。竣工はと検索しましたがありません。賃貸情報は出るのですが。6階を貸すとありますので、全面が3階で奥に新館6階建てがあったのですね。賃料は6万から9万あたりの様子です。ちょっと検討。(検討しとるのか。。)



 さて、京町ビル。大正15年築です。

 テナントが出てます。看板も外されてますし。大丈夫?。。

 つづく。

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大阪の建築ガイドブックによる散策について。中之島西部~四ツ橋筋編。その2

2011年05月23日 | 町あるき



 出入橋から堂島3に来ました。大阪データ通信局(現NTTDATA堂島ビル)です。1974年竣工。設計は電電公社建築局。施工は大阪データ通信局、と竹中工務店、大林組、銭高組、間組のJVです。何だか企業関係を垣間見るような気がします。
 外装はプロフィリットとアルミ材の組み合わせ。プロフィリットって何?と調べると溝型ガラスで、これは現在の花形建築素材でございました。うちの応接間にも使いたいですね。(笑)
 このホームページには茨木市のレーモンド物件紹介がありました。現在のですが。



 ちょっと前までなら、ここから田蓑橋を渡って大ビルへのコースでしたが、それもなくなりました。
 今日は阪大病院跡地に立ち並ぶビル群を抜けて川べりに向かいます。
 その中にあるのがロイヤルホテル カフェ&バー リバーサイドテラスです。ブラインド全開にすると風景よし、と思います。デートコースかな。出来れば堤防が低くて、ボート遊びなぞされていたら尚一層風情ありでしょうか。でも防災面で無理か。。夜が良いかもです。



 玉江橋を渡ってから関電病院に行っていないことに気付きました。
 関電病院は1967年竣工。日建設計で、施工は竹中工務店っです。比較的規模の大きい病院建築はあまり残されていないので、貴重です。



 そして、大阪ロイヤルホテルです。1965年竣工。吉田五十八研究室、竹中工務店。施工は竹中工務店です。帰ってから調べると隣の新館(1973年築)も同じ設計者でした。



 中のレストルームです。豪華。滝あり。緑が綺麗。(関電病院とともに再訪予定、と日記に書いておきます。)



 隣の建物が本にある大阪国際貿易センター、1960年竣工だったのですが、1999年に建て替えられて大阪府立国際会議場となっています。愛称グランキューブ大阪、設計は黒川記章、施工は竹中、大林等などのJVです。ホテルと連絡橋ありです。

 黒川さんだったのですね。でかい重量感のある建物です。喫茶コーナーの曲線が綺麗だったので撮影。こちらも夜も良さそうです。 



 北へ堂島大橋を渡るとメリヤス会館がありますが、土佐堀橋を渡って土佐堀通りに来ました。肥後橋あたりまで何もないかも、と思っていましたが三井倉庫の向かいに何だか見たビルがあります。

 村野藤吾建築案内にあるタケダグリーンビルでした。1974年竣工です。マンションの狭間によくぞ待っていてくれました。感謝。

 つづく。
 
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。中之島西部~四ツ橋筋編。その1

2011年05月22日 | 町あるき



 今回は、囲いが出来てからしばらく経つ大阪中央郵便局からスタートです。
 1939年竣工。逓信省吉田鉄郎。施工清水建設。窓と梁との構成による厳密に計算されたプロポーションの美しさ・・と本にあります。確かにそう云うと綺麗な感じが。。でも一般ウケはしないような気がしないでもない。(どっちなのか。)
 色が明るかったら良かったのにな、とは思います。



 大丸方面へ行き阪急百貨店を見ます。あんな風になりました。この辺りはかつて駅前広場だったようです。



 通りを渡って、梅田のまん中大阪マルビルです。1976年竣工。設計施工フジタ工業。どけち商法で有名だった方が建てたとかで竣工時は話題でした。丸いからマルビル。形から入るのも建築でしょうか。ホテルもあるので宿泊出来ます。円形の部屋割りは如何。



 先に紹介の大阪神ビル。こちら側から見ると、ビルらしいビルでございます。



 新出入橋からきんつば屋さん方面を見ます。昔はこの辺りは運河があって、大阪駅に続いていました。船運が主流の時代ですね。道の向こうには出入橋も残っています。出入橋きんつば屋さんは昭和5年創業。当時は川のたもとで風情があったと思います。

 つづく。
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BREAKING NEWS 三菱東京UFJ銀行天神橋支店

2011年05月22日 | 近代建築
 {大阪の建築ガイドブック」歩きで、天神橋を中之島から渡ると、三菱東京UFJ銀行天神橋支店に囲いが。。
 「近代大阪の建築」によると、旧山口銀行北支店で昭和5年ごろの竣工だったようです。外観はタイルが剥がされていたりして、かなり様子が違っていましたが、それはそれでちょっと洋風で良かったのですが。
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。御堂筋編。その5

2011年05月21日 | 町あるき



 御堂筋から外れてしまい、元の方向へ進みます。
 本町通り堺筋角にあるのが、本町ビルディング。これも築60年?位だったでしょうか。大阪人に詳細があったと思いますが、その本が出てきません。



 本町通を更に御堂筋方面へ行くと、大阪国際ビルディングがあります。1973年竣工。竹中工務店の設計施工です。
 オール電化のビルだそうです。32階建。1階と地下には商店も入っています。緑化にも力が入ってますね。



 ちょっと北へ行くと、鹿児島銀行大阪支店。総覧物件ですが、渡辺節さんの戦後物件のようです。こう言った小品の銀行建築も少なくなってしまいました。



 街中にこんなお店もあります。
 探していた1965年竣工の大阪市安土町立体駐車場はすでに建て替え。本の写真で気になっていたので、残念です。



 御堂筋に戻りました。その名も御堂ビルです。1965年竣工。竹中工務店設計施工。
 外観はタイル貼り。結構古いビルですね。竹中さんの本社ビルだったんだ。



 西本願寺津村別院(北御堂)です。1964年竣工。岸田建築研究所。施工清水建設。



 御堂筋線本町駅にて帰宅。って飲みに。。

 次回は中之島西部へつづく。

○面白い。映画見に行こうかな、と思う。

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大阪の建築ガイドブックによる散策について。御堂筋編。その4

2011年05月19日 | 町あるき



 備後町の輸出繊維会館をあとにして堺筋方面へ行くと、森田ビルがあったのですが、他の建物を探して道を曲がって撮影しわすれたようです。
 結局、堺筋に出てフジカワビル(フジカワ画廊)です。1953年竣工。施工は大成建設。村野三連発ですね。ここは。
 村野藤吾建築案内によると画廊内の螺旋階段は後年に付けられたものだそうです。



 さて備後町に戻って堺筋を渡ると、大和ハウス備後町ビルがあります。ガイドブックによると、この建物は1956年竣工の国際電信電話ビルです。清水建設の設計施工。
 外壁は特殊仮枠によるコンクリート打放し仕上げです。本にある写真と見比べると、ほぼ当時のままのような感じです。



 国際電電ビルの斜め向かいが、大阪東郵便局です。1971年竣工。郵政大臣官房建築部設計課。施工大林組です。
 色は白に変えられています。



 郵便局をはさんで、北側にあるのが兼一ビル。



 南側が安土ビルです。古い建物が残されていますね。

 つづく。
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大阪の建築ガイドブックによる散策について。御堂筋編。その4

2011年05月17日 | 町あるき



 大阪富士ビル隣の大阪興銀ビル本館です。1961年竣工。設計は山下寿郎設計事務所。施工は大林組。
 解説によると、1階にパーキングを配して、営業室は2階にあるとのことです。帰ってから気づきました。設計者って色々アイデアを考えますね。駐車スペースは確保出来ますが、利用者としては便利かどうかです。



 南に進んで、平野町には大阪ガスビルです。増築部分を紹介していて、1966年竣工。安井建築設計事務所で施工は大林組です。
 やはりガス。何といってもガスですよね。旧館とともに大好きでございます。



 ガスビルから船場に入ってビルを探しますが、建て替えが多くて結局備後町まで行きました。
 輸出繊維会館です。1960年竣工。村野・森建築事務所、大建設計。施工戸田建設。
 特徴外観の解説によると、外壁はイタリー産タラバーチン貼、塔屋外壁ガラスモザイク貼、アルミサッシュ下部引き違い上部吸熱二重ガラス嵌め殺し構造です。
 鉄骨は高張力鋼。中には堂本印象の壁画ありです。



 同じく備後町の敷島ビル。1965年竣工。日建設計。施工は鴻池組。
 外観はグレーペンによるガラスカーテンウォールと白い磁器タイルで構成されています(本の解説による。)。



 今まで見過ごして来ましたけど、かっこ良いじゃあ~りませんか。白が綺麗だし。中はどうなんでしょうか。気になります。



 そして、備後町、大阪の、いや日本のといっても良い重要文化財、綿業会館です。1931年竣工。渡辺建築事務所。施工清水建設。
 個人の遺産などを基に建てられたとのことですが、中の豪華さはすばらしいです。喫煙ルームで本当に喫煙したいですね。出来るのかな。。



 会館に連なるのが、綿業会館新館です。1962年竣工。渡辺建築事務所で、施工は清水建設です。
 そう云えば内部で連絡してました。。

 つづく。
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