十五万両の代償(佐藤雅美 講談社)
徳川幕府十一代将軍家斉の一生を描いた作品。といっても家斉自身が活躍する場面はほとんどなくて、松平定信、水野忠成、水野忠邦らの老中の事跡が中心となる。
「黒船以前」の感想でも書いたように、将軍在位50年以上、もうけた子供も50人以上という、ある意味安定期の将軍として求められる要素「体力」、「繁殖力?」を十分に満たしているのに、歴史的に全く注目されておらず評伝のたぐいもあまり見かけないので、かえってその生涯に興味がわいて、本書を読んでみた。
臣下にとって「良い将軍」のもう一つの要素である「口うるさくない(政治的に介入しない)」についても(何回か異例の人事権行使をした他は)満点をつけられた将軍のようで、治世のことは老中にまかせっきりだったようだ。
本書の中で家斉が権力を使ったといえそうなのは、定信の事実上の罷免(当時将軍が人事権を行使することは異常事態だったらしいが、あえて断行)、仙石家のお家騒動の決裁ぐらいである。
家斉時代の大半の治世を担ったのは、これも世間的に名前を知られていない水野忠成で、忠成は貨幣の改鋳を計画的に行うなどして幕府のフトコロを豊かにし、定信や忠邦のような苛烈な政治とは正反対におだやかな中道路線をとったので、老中在位中は好景気が訪れたという。
分限を知る忠成は長年の老中在位が後嗣の災いを呼ぶことも十分に承知しており、何度も家斉に辞任を申し出るが許されない(最後は高齢を理由として辞任を認められる)。忠成を使い続けたことこそ、家斉の最大の業績かもしれない。
本書によると、家斉は吉宗以来のお庭番(スパイ)を多用して世間や諸藩の情勢に通じており、多くの子供を御三家など徳川親藩の養子や嫁にして、出身の一橋家による徳川一族支配をほぼ完成させている。
定信の罷免、忠成の登用も戦略的な判断であったかもしれず、やはり、もっと注目されてもいい将軍のような気がしてきた。
また、本書によると、将軍や老中は、自分の政策が世間にどのように評価されるかを非常に気にしており、批判の落首などが飛びかうと気に病んでいたらしい。落首のたぐいがすぐに幕府中枢まで伝わり、それを幕府首脳が注意をはらっていたというのは、私にとって意外なことだった。
本書は新聞連載だったせいか、ちょっと冗長気味(特に仙石家のお家騒動のあたり)で、史実に忠実にあろうとうするせいか、多少面白味に欠けている。フィクションを加えて、「家斉は実はとても有能な将軍だった」とか、その反対に「家斉は謀略に通じた暗黒将軍だった」みたいな話だったらもっと面白かったと思う。
徳川幕府十一代将軍家斉の一生を描いた作品。といっても家斉自身が活躍する場面はほとんどなくて、松平定信、水野忠成、水野忠邦らの老中の事跡が中心となる。
「黒船以前」の感想でも書いたように、将軍在位50年以上、もうけた子供も50人以上という、ある意味安定期の将軍として求められる要素「体力」、「繁殖力?」を十分に満たしているのに、歴史的に全く注目されておらず評伝のたぐいもあまり見かけないので、かえってその生涯に興味がわいて、本書を読んでみた。
臣下にとって「良い将軍」のもう一つの要素である「口うるさくない(政治的に介入しない)」についても(何回か異例の人事権行使をした他は)満点をつけられた将軍のようで、治世のことは老中にまかせっきりだったようだ。
本書の中で家斉が権力を使ったといえそうなのは、定信の事実上の罷免(当時将軍が人事権を行使することは異常事態だったらしいが、あえて断行)、仙石家のお家騒動の決裁ぐらいである。
家斉時代の大半の治世を担ったのは、これも世間的に名前を知られていない水野忠成で、忠成は貨幣の改鋳を計画的に行うなどして幕府のフトコロを豊かにし、定信や忠邦のような苛烈な政治とは正反対におだやかな中道路線をとったので、老中在位中は好景気が訪れたという。
分限を知る忠成は長年の老中在位が後嗣の災いを呼ぶことも十分に承知しており、何度も家斉に辞任を申し出るが許されない(最後は高齢を理由として辞任を認められる)。忠成を使い続けたことこそ、家斉の最大の業績かもしれない。
本書によると、家斉は吉宗以来のお庭番(スパイ)を多用して世間や諸藩の情勢に通じており、多くの子供を御三家など徳川親藩の養子や嫁にして、出身の一橋家による徳川一族支配をほぼ完成させている。
定信の罷免、忠成の登用も戦略的な判断であったかもしれず、やはり、もっと注目されてもいい将軍のような気がしてきた。
また、本書によると、将軍や老中は、自分の政策が世間にどのように評価されるかを非常に気にしており、批判の落首などが飛びかうと気に病んでいたらしい。落首のたぐいがすぐに幕府中枢まで伝わり、それを幕府首脳が注意をはらっていたというのは、私にとって意外なことだった。
本書は新聞連載だったせいか、ちょっと冗長気味(特に仙石家のお家騒動のあたり)で、史実に忠実にあろうとうするせいか、多少面白味に欠けている。フィクションを加えて、「家斉は実はとても有能な将軍だった」とか、その反対に「家斉は謀略に通じた暗黒将軍だった」みたいな話だったらもっと面白かったと思う。