落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第32話 

2013-04-08 17:02:22 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第32話 
「被災地へ」




 「被災地へ行きたい?」

 向かい合った朝食の席で、箸を停めた俊彦が思わず聞き返しています。
2011年の3月11日、東北の東海岸一帯と関東の一部に、
大きな被害をもたらしたあの東日本大震災から、すでに1年が経過をしています。
北関東の桐生でも、まもなく桜が本格的に開花をする時期を迎えます。
腹部に怪我を負った金髪の英治も順調な回復をして、順調にいけば、
今週末にも退院できるという予定になりました。


 「伯父さんにあたる人を探し出すために、英治が石巻まで行くの。
 福島へ行くたびに、英治だけが残ってボランティア活動を続けていたのは
 実は、そうした理由によるものだったそうです。
 ただ、田舎への送金が、昨年の年末までで途切れているので、
 今現在、元気でいるのかどうか、それだけが一番の気がかりだそうです。
 もともとが、誠実すぎるほど真面目な性格の方らしく、
 いままで一度も田舎への送金は、途絶えたことが無かったそうですから」

 「それを、手伝ってあげたいという事だろう」

 
 「はい。
 あいつには、私の代わりに痛い思いをさせてしまいました。
 組も破門になったので、今は事実上の無職です。
 軍資金もあるようですので、其れが有るうちに探し出しに石巻に
 行きたいと言っていました。」


 「問題はその軍資金の出所だ。
 危ない所から出た、例の闇工作ためのばらまき金のことだろう。
 破門にしたとはいえ、金の問題となるとまた別の話になる。
 岡本から、その金は一度俺の所に戻してくれと強く頼まれた。
 事を穏便に済ませるのためには、その金を組に返還することが、
 まずは絶対の条件だと言っている。
 お前。実はそのことで何か知っているだろう」


 「はい。私が、持っています」


 「やっぱりな。
 英治くんのやることだ。
 どうせそんなことになるだろうと岡本も心配をしていた。
 悪いことは言わない。とりあえず、その金は岡本に帰してくれ。
 俺を信じて、あとのことはまかせろ」


 響が、じっと俊彦の目を見つめています。
軍資金の背後にある組同士の金銭上のトラブルほど、始末に悪いものはありません。
『男気』を表看板にする任侠道たちは、義理人情というスタイルのもう一方で、
桁違いの金額の利権や収益に、いたって敏感な行動ぶりをみせます。
いいかえればやくざ組織や暴力団は、金の匂いにはきわめて敏感なひとたちの、
きわけて危険な集団とも言えるのです


「そうよねぇ。返すべきお金だわねぇ」パタンと箸を置き、
その場で響が立ちあがります。
俊彦が見つめている目の前で、躊躇することもなく響が、シャツのボタンを外し始めました。
あっというまに響は、ブラウスのすべてのボタンを外し切ってしまいます。
ためらいもない響の指先は、勢いに乗ったまま、さらにブラウスの襟にかかります。



「おいっ。」大胆すぎる響の行動に、俊彦のほうがうろたえてしまいます。
「冗談ですっ」チョロリと赤い舌を見せた響が、そのままくるりと反転をしました。
背中を見せながら、自分の胸元をこそこそと探っています。


 「はい。英治から預かったもので、これで全額です」


 響の胸から引き出されて、まだぬくもりを持ったままの茶封筒が、
俊彦の前へ差し出されます。


 「それにしてもお前・・・・実に、大胆な処へ隠すんだなぁ。びっくりしたぞ」

 「あら、そうかしら。最初はパンツの中へ隠したのよ。
 そしたら、あわてておトイレに駆け込んだ時に、危うく便器に
 落としそうになっちゃった。
 これではいかんということで、ブラジャーの中へ突っ込んだの。
 でも片方だけだと微妙な形で変に大きくなるし、
 何かの度に、封筒が動いて変な感じでごわごわするし、
 今朝の今まで、なんだかんだと、結構四苦八苦のし通しだったのよ。
 ああ、やっとさっぱりしました」


 「なるほどね。じゃあこの香りは、響のおっぱいの匂いだな」


 「あらいやだぁ。トシさん、馬鹿なことは言わないで!
 それに、お母さんの胸は大きいけれど、私の胸はぺしゃんこで、まっ平らだわ。
 あ・・・・まずい。ついまたつられて、聞かれても居ない
 余計な事までしべってしまった」


 「隠し事が出来ないのが、君のいいところだ。
 じゃあ、この金は確かに預かって、責任を持って俺が岡本に返しておく。
 そしてこれからが肝心な話になる。
 もうひとつここに、岡本から頼まれた物が有る。
 これは岡本自身が用意をしてくれたものだ。
 ほぼ同じ現金が入っているそうだ。
 この封筒は、英治君には内緒のままで、黙って響に預けておけと言っていた。
 慰労金と言うか、3年間分の退職金みたいなものだろう。
 これはきわめて安全な金だから、隠し持つ必要などはないが、
 そのまま英治に渡したのでは、ありがたみに欠けるだろうからと、
 折りを見て渡してくれと、岡本から伝言をされている。
 これを持って、安心してその伯父さんとやらを
 見つけに行ってくるがいい、という伝言ももらってきた」



 「なんだぁ、大人の世界はなんでも全部、お見通しなのね。
 やっぱり悪い事は、出来ないようになっているんだ。
 それにしても、反応が淡白ね
 トシさんは、私の心配はしてくれないの?
 わたしが男に着いて、何が有るかも解らない被災地へ行くというのに、
 なんで反対をしないのかしら?」


 「自分の娘なら、俺も心配をするが・・・・
 先日、清ちゃんと相談をした時から、響自身のことは
 本人に任せて、放っておこうという結論を出した。
 そう言うことだからは、君は、心おきなく心配せずに被災地へ行けばいい」



 「そうなの?
(また二人して事実を言わず、私を誤魔化そうとしてる・・・・まぁいいか。)
 でも、なんで岡本さんやお母さんや大人たちには、全部ばれているんだろう。
 英治は上手くくすねてきたと言っていたし、私もばれないように上手に
 隠したつもりなのに、みんなお見通しなんですね、大人たちには。
 怖いな・・・・大人たちの世界って、
 なんだか秘密のことも、きわめて多すぎるし」


 「ん、。何か言ったか?」



 「いいえ、何も。
 例えば、私がこのまま英治と、伯父さんを探す旅に出て、
 長い時間がかかっているうちに、男女の仲になって子供でも出来たらどうするの。
 全然そういう心配なんか、してくれないわけ?」


 「君のお母さんも、岡本も、
 100歩譲っても、まったくそういう心配は無いだろうと、断言をしていたぞ。
 俺にはよくは解らないが、男と女が、そういう風になるための要素も雰囲気も
 君たち二人からは、まったく伝わってこないそうだ。
 もっと言えば、英治君がその気になったところで、当のお前さんが
 うまくかわしてしまうだろうというのが、大筋の意見だった。
 俺もなんとなくだが、そんな気がするし、そんなところで納得もした」



 「なんだ・・・・結局トシさんも、
 わたしの心配をしてくれないのか。つまんないな」


 「いや、本当のことを言えば、心配はしているさ。
 だけど、そう言っている岡本やお母さんたちのみんなの手前そんなことは、
 口が裂けても言えないだろう。
 内緒にしておいてくれよ響。ここだけの話だ」


 (うん間違いなく、やっぱりトシさんが私のお父さんだと思う・・・・たぶん)
なぜか響が、嬉しそうにほほ笑んでいます。


「冷めるぞ、みそ汁」
ぶっきらぼうに、そう言い捨てた俊彦が、朝から大胆なことを言い始めた響を、
実は、心底から心配をしながら見つめています・・・・

(33)へつづく






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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (65)まるでミルクの水の底
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