連載小説「六連星(むつらぼし)」第35話
「石巻からの発信・怒りと悲しみを込めて」
きわめて甚大な被害を受けた被災地の最前線、石巻から発信されたこのメールは
おおくの善意の人たちによって、ネット上で広範囲に拡散されました。
拡散希望メールを書いたのは、亀田総合病院で働く小野沢という医師です。
小野沢さんは、3月29日から被災地支援のために、石巻市に入りました。
石巻は3.11の大震災でもっとも多くの被害を受けた地区のひとつで、海岸沿いの住宅地は
津波によって壊滅し、もっとも多数の犠牲者と行方不明者を生み出しました。
医療関係でも大きな被害を受け、一時は深刻な医療危機の状態が発生をしました。
以下は、そうした被災地で必死の救護に当たった小野沢氏から発信されたもので、
現地の窮状ぶりと、時の政府のあまりにも遅れているその対応の様子を、
痛切に、かつありのままに発信をしました。
その原文は、次の通りです。
・・・・・・
4月6日には、遊楽館という避難所で当直をしていました。
ある男性が苦しそうだと言われ、診察をします。
しかしすでに呼吸は停止しており、共同偏視があり、
何か大きなイベントが起きたことは明らかでした。
救急車の到着は30分後でした。
彼は泣き崩れる妻の脇で、口から血を流しながら息を引き取りました。
湊中学という避難所にも行きました。
リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。
受診の手続きを取りましたが、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。
沖縄は県をあげて受け入れをしていると、あるMLで知ったからです。
沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』
『沖縄の受け入れは、災害救助法ではなく県の予算なので、
5人まとまったらはじめて飛行機に乗れます。
飛行場までは自分できていただく必要があります。そこでチケットをお渡しします。』
『申込書はインターネット上から、書式をダウンロードしていただき、
印刷して書きこんでください』と、担当官から告げられました。
非常に困難な条件が揃っています。
少なくともパソコンとプリンターを持った援助者と、飛行場までの足、
罹災証明書の申請を行うために市役所に行くという
手順を、その足が腫れた女性が手配しなければ不可能なのです。
責任者の方とお話ししましたが、埒があきませんでした。
湊中学は、瓦礫の中にあります。
入り口にはニチイのデイサービスセンターの車が3台、
見るも無残な形で横付けになり、津波に洗われたホコリとヘドロがそのままになっています。
そこでは避難途中の方がかなりの数亡くなられたとのことです。
近辺には人影はまばらで、地震から1ヶ月ほどたった現在でも、車が家に突き刺さり、
魚の腐った匂いが立ち込めています。
湊中学避難所には電気も、水道も、下水もありません。
便はダンボール製の看護師手作りの便器にして捨てています。
被災からすでに、一ヶ月も経とうと言うのに・・・・
果たして、これを市の職員が中心になって解決できるのでしょうか。
彼らも罹災しているのです。明らかに疲弊しきっています。
毎日、市民から多くの非難をあびながらの仕事です。
あまりにも広範囲です。
あまりにも(被災者の)人数が多すぎます。
未だに、自宅避難者の詳細も分かっていません。
市内の3地区の在宅避難者の調査をします。
ボランティアを東京、千葉、宮城などから60名集め、
市の保健師さんに情報をもらいながらの仕事です。
しかし、市内のごく一部なのです。
このデータが市全体の被災者の推計に使用でき、少しの被災者のためになり、
そして一番には今後の計画の助けになればと考えての行動です。
ふと、これは私の仕事だろうかと思うことがあります。
国会議員の皆さん。是非、立ち上がってください。
やっている、と思われるのであれば、そのやり方がどこか間違っているのです。
上手くいっていません。
非常事態宣言を地区を限定して発するのもひとつの方法でしょう。
とにかく、物事が遅きに失しています。
・・・・・・
(原文のまま、引用しました)
あまりの文面に、思わず響が目をそらしてしまいます。
吐息をもらして俯いてしまった響きの肩へ、英治が優しく手を置きます。
ピクリ、と拒絶にも似た反応を示した響の頭を、英治がさらにやさしく押さえます。
「こらこら。早合点をするな。
冷蔵庫からビールを持ってきた。
夕食の前に、軽く一杯飲んで、今日は早いところ寝ちまおう。
お前も知ってる通り、俺はあまりアルコールには強くない。
だが、お前みたいに可愛い女と一つの部屋に一緒に居ると、
俺の理性とは全く別に、欲望というやつが暴走しちまうかも知れない。
そこで考えた。
酔っ払って寝ちまえば、後はどうにもならんだろう。
そう言う訳だ。意志の弱い男と一杯だけ、つき合ってくれ。
お前さんの、大切な純潔を守るためにも」
「・・・・ねぇ、英治。ひとつだけ教えて。
私は、今日の今まで、もう被災地では、復興はすっかり進んでいるとばかり思っていた。
でも、駅前には相変らず支援者たちがいるし、ボランティアの人たちも大勢いた。
今夜だってたくさんの人たちで、ホテルが溢れているもの。
仙石線の松島駅からは線路が途絶えていて、そのためにバスにも乗った。
3・11のあの日からもう一年が過ぎたというのに、被災地の復興の現状は
いったい、どうなっているんだろう・・・・」
「君が今日、ここまでその目で見てきたとおりだよ。響。
依然として、何一つとして変わっていないんだ、被災地は。
津波に襲われて、あれほどの大量の瓦礫に埋め尽くされた町が、
今はたしかに、見た目は綺麗になった。
だが、それは瓦礫が一か所に集められたというだけで、
焼却作業は、いまだ全体の5%が終了しただけという話だ。
そればかりか、今度はあちこちで放射能の除染作業とをするというおまけまでついた。
そうなったら此処では、いったいどれだけの手間暇と人員が必要になると思う?
だからこそ、仕事に群がるゼネコンどもは必死だ。
そこでの利権を狙ったやくざ組織たちも、底辺でひたすら暗躍をしている。
被災地の東北は、まだまだ復興の前夜にすぎない。
嘘だと思うのなら、明日の朝、このあたりの一帯を歩いてみたらいい。
雄弁に、被災地であることを、今でも如実に物語っているから」
「そんなに、遅れているの!・・・被災地での復興は」
「それが東北の被災地一年後の現実というやつだ。
あれから一年が経ったが政府もマスコミも、東北の復興の遅れについては
責任を逃れたままで、ある意味、自力の復興待ちっていうやつを演出している。
政府が再生のための責任を放置したせいで、住む家を失った人たちのために、
あたらしく移転するその場所さえ、いまだに決める事が出来ないままだ。
響。そのくらい広範囲にわたる甚大な災害ってやつを、受けちまったんだ此処は・・・・
想像を絶する桁違いの被害の大きさが、東北の3県を襲っちまったんだ。
明日になれば、そのことが良く分かると思うよ。
なぁ、北関東からやって来た、そこの可愛いお譲さん」
(36)へつづく
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
・連載中の新作小説は、こちらです
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (67)雷鳴の山の中で
http://novelist.jp/63080_p1.html
(1)は、こちらからどうぞ
http://novelist.jp/61553_p1.htm
「石巻からの発信・怒りと悲しみを込めて」
きわめて甚大な被害を受けた被災地の最前線、石巻から発信されたこのメールは
おおくの善意の人たちによって、ネット上で広範囲に拡散されました。
拡散希望メールを書いたのは、亀田総合病院で働く小野沢という医師です。
小野沢さんは、3月29日から被災地支援のために、石巻市に入りました。
石巻は3.11の大震災でもっとも多くの被害を受けた地区のひとつで、海岸沿いの住宅地は
津波によって壊滅し、もっとも多数の犠牲者と行方不明者を生み出しました。
医療関係でも大きな被害を受け、一時は深刻な医療危機の状態が発生をしました。
以下は、そうした被災地で必死の救護に当たった小野沢氏から発信されたもので、
現地の窮状ぶりと、時の政府のあまりにも遅れているその対応の様子を、
痛切に、かつありのままに発信をしました。
その原文は、次の通りです。
・・・・・・
4月6日には、遊楽館という避難所で当直をしていました。
ある男性が苦しそうだと言われ、診察をします。
しかしすでに呼吸は停止しており、共同偏視があり、
何か大きなイベントが起きたことは明らかでした。
救急車の到着は30分後でした。
彼は泣き崩れる妻の脇で、口から血を流しながら息を引き取りました。
湊中学という避難所にも行きました。
リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。
受診の手続きを取りましたが、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。
沖縄は県をあげて受け入れをしていると、あるMLで知ったからです。
沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』
『沖縄の受け入れは、災害救助法ではなく県の予算なので、
5人まとまったらはじめて飛行機に乗れます。
飛行場までは自分できていただく必要があります。そこでチケットをお渡しします。』
『申込書はインターネット上から、書式をダウンロードしていただき、
印刷して書きこんでください』と、担当官から告げられました。
非常に困難な条件が揃っています。
少なくともパソコンとプリンターを持った援助者と、飛行場までの足、
罹災証明書の申請を行うために市役所に行くという
手順を、その足が腫れた女性が手配しなければ不可能なのです。
責任者の方とお話ししましたが、埒があきませんでした。
湊中学は、瓦礫の中にあります。
入り口にはニチイのデイサービスセンターの車が3台、
見るも無残な形で横付けになり、津波に洗われたホコリとヘドロがそのままになっています。
そこでは避難途中の方がかなりの数亡くなられたとのことです。
近辺には人影はまばらで、地震から1ヶ月ほどたった現在でも、車が家に突き刺さり、
魚の腐った匂いが立ち込めています。
湊中学避難所には電気も、水道も、下水もありません。
便はダンボール製の看護師手作りの便器にして捨てています。
被災からすでに、一ヶ月も経とうと言うのに・・・・
果たして、これを市の職員が中心になって解決できるのでしょうか。
彼らも罹災しているのです。明らかに疲弊しきっています。
毎日、市民から多くの非難をあびながらの仕事です。
あまりにも広範囲です。
あまりにも(被災者の)人数が多すぎます。
未だに、自宅避難者の詳細も分かっていません。
市内の3地区の在宅避難者の調査をします。
ボランティアを東京、千葉、宮城などから60名集め、
市の保健師さんに情報をもらいながらの仕事です。
しかし、市内のごく一部なのです。
このデータが市全体の被災者の推計に使用でき、少しの被災者のためになり、
そして一番には今後の計画の助けになればと考えての行動です。
ふと、これは私の仕事だろうかと思うことがあります。
国会議員の皆さん。是非、立ち上がってください。
やっている、と思われるのであれば、そのやり方がどこか間違っているのです。
上手くいっていません。
非常事態宣言を地区を限定して発するのもひとつの方法でしょう。
とにかく、物事が遅きに失しています。
・・・・・・
(原文のまま、引用しました)
あまりの文面に、思わず響が目をそらしてしまいます。
吐息をもらして俯いてしまった響きの肩へ、英治が優しく手を置きます。
ピクリ、と拒絶にも似た反応を示した響の頭を、英治がさらにやさしく押さえます。
「こらこら。早合点をするな。
冷蔵庫からビールを持ってきた。
夕食の前に、軽く一杯飲んで、今日は早いところ寝ちまおう。
お前も知ってる通り、俺はあまりアルコールには強くない。
だが、お前みたいに可愛い女と一つの部屋に一緒に居ると、
俺の理性とは全く別に、欲望というやつが暴走しちまうかも知れない。
そこで考えた。
酔っ払って寝ちまえば、後はどうにもならんだろう。
そう言う訳だ。意志の弱い男と一杯だけ、つき合ってくれ。
お前さんの、大切な純潔を守るためにも」
「・・・・ねぇ、英治。ひとつだけ教えて。
私は、今日の今まで、もう被災地では、復興はすっかり進んでいるとばかり思っていた。
でも、駅前には相変らず支援者たちがいるし、ボランティアの人たちも大勢いた。
今夜だってたくさんの人たちで、ホテルが溢れているもの。
仙石線の松島駅からは線路が途絶えていて、そのためにバスにも乗った。
3・11のあの日からもう一年が過ぎたというのに、被災地の復興の現状は
いったい、どうなっているんだろう・・・・」
「君が今日、ここまでその目で見てきたとおりだよ。響。
依然として、何一つとして変わっていないんだ、被災地は。
津波に襲われて、あれほどの大量の瓦礫に埋め尽くされた町が、
今はたしかに、見た目は綺麗になった。
だが、それは瓦礫が一か所に集められたというだけで、
焼却作業は、いまだ全体の5%が終了しただけという話だ。
そればかりか、今度はあちこちで放射能の除染作業とをするというおまけまでついた。
そうなったら此処では、いったいどれだけの手間暇と人員が必要になると思う?
だからこそ、仕事に群がるゼネコンどもは必死だ。
そこでの利権を狙ったやくざ組織たちも、底辺でひたすら暗躍をしている。
被災地の東北は、まだまだ復興の前夜にすぎない。
嘘だと思うのなら、明日の朝、このあたりの一帯を歩いてみたらいい。
雄弁に、被災地であることを、今でも如実に物語っているから」
「そんなに、遅れているの!・・・被災地での復興は」
「それが東北の被災地一年後の現実というやつだ。
あれから一年が経ったが政府もマスコミも、東北の復興の遅れについては
責任を逃れたままで、ある意味、自力の復興待ちっていうやつを演出している。
政府が再生のための責任を放置したせいで、住む家を失った人たちのために、
あたらしく移転するその場所さえ、いまだに決める事が出来ないままだ。
響。そのくらい広範囲にわたる甚大な災害ってやつを、受けちまったんだ此処は・・・・
想像を絶する桁違いの被害の大きさが、東北の3県を襲っちまったんだ。
明日になれば、そのことが良く分かると思うよ。
なぁ、北関東からやって来た、そこの可愛いお譲さん」
(36)へつづく
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
・連載中の新作小説は、こちらです
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (67)雷鳴の山の中で
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(1)は、こちらからどうぞ
http://novelist.jp/61553_p1.htm