落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第49話

2013-04-25 10:28:11 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第49話
「乗り換え駅は、笠間芸者の町」




 亜希子さんが颯爽と降りていった那須塩原駅から、乗り換えを予定している
小山駅までの間を、東北新幹線「やまびこ」は、約30分で走りぬけます。
時速240キロで走リ続ける栃木の車窓に飽きた響が、英治のパソコンを起動させます。
さすがに最新鋭機種というだけのことはあり、画面は瞬時に立ちあがります。


(さすがに最新の機種というだけのことはある、起動が実に早いわね。
とりあえず亜希子さんに、お礼のメールを打っておくか、アドレスももらったことだし。
・・・ついでに、聞きそびれてしまった水戸線の検索もしておきたいし・・・)

 
 画面をクリックすると、瞬時にメールの一覧が現れました。
(新幹線も早いけど、ウィンドウズ7は、もっと速いわねぇ・・・)

パラパラとクリックをしていくうちに、思わず響が苦笑をします。



(いやだわ・・・・英治ったら。
危ないエロサイトを巡回していたような形跡が、はっきりと残っている。
紛らわしいものや、危ないサイトからのメールたちが、ずいぶんと、
ごちゃごちゃと紛れ込んでいるじゃないの。
こんなものをクリックしたら、一発で、パソコンがウイルスに感染しちゃうか、
「ワンクリック詐欺』に強引に引っ張り込まれるか、
それとも迷惑画像を張りつけられるのが関の山だわ、危ない、危ない。
まぁ、こうしてみると・・・・あいつもまた、やっぱり
元気で健康的な男の子の一人だったということになるのかしら。 あら?)


 最新のメールの中に、『秋田生まれの金髪の貴公子』という差し出し人がありました。
(金髪の英治そのままのハンドルネームだ。実にもって単細胞だ、やっぱりこいつは)
クリックすると、英治からの短いメールが表示されます。


(へぇ、駅からの帰り道で、もうパソコンを買いこんだのか、早速。
なになに、残りの金は俺からのご祝儀だ。お前の結婚資金の足しにしろだって・・・・
なにさ、なんだっけ?残りの金って。 あっ。)



 例の100万円の所持金のことです。
旅先では何が有るかわからないので、用心のためにと、あえて
二人で分配をして携行することにしたのです。
当の英治には70万円を持たせ、もしものときにと響が残りの30万円を
預かっていたのです。

(そうだった。・・・・朝からバタバタと
急展開を続けているうちに、すっかりと頭の中から、お金のことを忘れていた。
まあいいか、くれるというのだからもらっちやおう。別にお荷物になるわけでもなし。
まてまて、まだ未練がましく何かが書いてあるぞ・・・・
『手切れ金がわりに持っていけ』だって、まるであたしを情婦あつかいだな、まったく。
まぁついでだ、こいつにもお礼のメールを打っておくか。そのうちに、えへへ)


 響が、亜希子さんからもらった名刺を裏返しました。
ローマ字つづりで、『なすのよでいちばんのすっぴんびじん』と読めるメールアドレスです。
(那須の世で一番というのは、那須の与一とかけているのかな・・・・洒落てんなぁ。
浩子さんも快活で素敵だったけど、このおばちゃんもお洒落でチャーミングだ。
私も、あんな風に可愛く歳をとりたいわね・・・・)


 響が亜希子さんに向けて、お礼のメールを打ち、金髪の英治へ
丁寧なお礼のメールを書き上げたころ、慨に『やまびこ』は小山駅に
滑りこむために、最高速度からの緩い減速をはじめていました。
響がこれから乗り込む水戸線(みとせん)は、小山駅が始発です。


 水戸線は小山駅から、笠間稲荷で知られる友部駅までを結んでいるJRの単線路です。
水戸線区間は小山駅から、水戸駅よりも遥か手前の友部駅までなのに、
それらをあえて水戸線と呼んでいるのは、友部駅から先の北上をするための区間を、
東京から来た常磐線と共有をしているためです。
水戸線のほとんどの列車は、水戸駅を経て勝田まで常磐線を便乗して
さらにその先へも進んでいきます。
なかには(ごく一部だけですが)、遠くいわき駅まで直通をする便さえもあります。


 「あら~4両編成の、とっても可愛いローカル列車だ・・・・」
喜び勇んで乗り込んだ響ですが、どこまで行っても変哲のない田園風景にすぐ飽きてしまいます。
再び座席で、英治のパソコンを取り出します。
水戸線は、乗り換え駅の友部までの約50キロを、小1時間ほどで走りぬけます。
北関東を代表する穀倉地帯を走るこのローカル列車の一番と特徴といえば、どこまで走っても
同じ田んぼの景色ばかりが延々と続くということです。


 友部駅のある笠間市は、
首都の東京からは直線距離で80km余り。自動車道でも120km。
東は茨城県の県庁所在地でもある水戸市、南は大学が密集するつくば学園都市など、
茨木県を代表する主要な都市のいくつかと隣接をしています。
しかし笠間市自体は、四方をまるまる山に囲まれた人口僅か3万人あまりという、
きわめてのどかで、静かで小さな田舎町です。
笠間といえば、笠間稲荷と笠間焼が一般的には知られています。
しかしこの田園の中にある、きわめて小さな田舎町に、驚ろくべきことに
<笠間芸者>と呼ばれる芸者衆が、今でも20名あまりが残っています。


 「あら、笠間にはお母さんと同じ人たちがいるんだわ」


 常磐線への乗り換えを検索していた響が、
そのホームページを見つけて、思わずその手をとめました。
笠間市で表通り埋め尽くして、賑やかに開催をされている七夕の風景写真の中に、
門前町あたりを、浴衣姿で優雅に歩いていく芸妓さんたちが写っています。
響があらためて目を引かれたのは、続いて現れた笠間市の公式ホームページです。
市のホームページには、堂々と笠間の芸妓組合へのリンクまで貼られています。

 「へぇ・・・笠間には、市役所公認の芸妓組合のホームページまで、存在するんだ」


 響の指は停める間もなく、早くも、そのリンクをクリックしています。
瞬時に艶めいた色彩で構成をされている、笠間の芸妓組合のホームページが画面に現れました。
『21軒ある旅館・料亭でいつでも、粋に芸者さんと、楽しい一時を過ごすことができます。』
とうたってあります。花代も、1名、2時間、14、175円で格安です、とあります。


 「あら、ずいぶんとお安いのね。
 今時のコンパニオンさん達と、まったく同じような料金システムだわ。
 なになに・・・・例えば、お客様4名様で、芸者さんを2人2時間のお座敷を楽しむと、

 1.お料理 お一人    5,000円として  20,000円(税別)
 2.お飲物 お一人  約2,500円として  10,000円(税別)
 3.芸奴1人2時間   13,500円     28,350円(税込)
 よって、4名様の合計は、            58,350円
 お一人当たり                   14,587円となります。



  お客様の人数が増えれば、その分お一人当たりの金額が安くなりますし、
 また、店によって料理や料金設定が異なりますので、その分はまた変化します・・・か、
 なるほどねぇ・・・・」

 
 日本三大稲荷のひとつ、笠間稲荷神社の門前町として笠間は古くから栄えてきました。
笠間のまちに芸者の置屋ができたのは、明治時代の後期ごろと言われています。
料亭や旅館が並ぶ通りには、夜ともなると連日のように三味線の音が流れ、
下駄の軽やかな音を響かせて、着物姿で往来をしていく芸者衆の粋な姿が
夜遅くまで見られたそうです。



 笠間芸妓組合の事務所がある見番の電話が鳴り止まなかったという、隆盛期は、
1985年(昭和60年)前後の頃だったと、記録に残っています。
この年には茨城県のつくば市で「科学万博」が開催されていて、世の中は
バブルに向かって経済成長を続けていたという、急成長の時期でした。
すべてにおいて、何事においても、すこぶる活力がみなぎっていたという時代です。
記録によればこの当時、笠間には40軒あまりの芸者置屋があり、
120名を超える芸者たちがいて、おおいなる活況を呈していたようです。


 笠間の秋を盛り上げる一大イベントの菊まつりでは、
最後の見せ場ともなる菊人形の仕掛け舞台では、そのクライマックスに華を添えました。
『段返し』と呼ばれる最後の舞台に、あでやかに揃って登場をして、
粋で艶やかな手踊りなどを披露して、多くの見物客たちを、大いに魅了したようです。
時代の流れが変わる中で笠間でも、芸者の出番は少なくなってきたようですが、
今でも置屋は11軒が残っています。
芸者衆もベテランと若手を含めて20名がいまだに伝統を守って、
いまだに現役で、その活躍を続けています。


 そんな芸者たちにとって心強いのは、
創業90年で、県内最古といわれている置屋の三代目女将が、笠間の芸妓文化を
見守っていてくれることのようです。
ベテランの姐さんたちが、丁寧に指導にあたっている月2回の稽古日には、
20代や30代の若手たちが、きわめて熱心に通って来ています。
舞踏や音曲、鳴物で宴席に興を添える笠間風のおもてなしの文化の担い手たちは
こうしていまも、確実に育っています、と、そのホームページには紹介が続いています。


 「芸者さんか・・・・
 そういえば、そんな選択肢が、私にもあったんだ。
 でも、今さらそんなことを言いはじめたら、お母さんが驚ろきのあまり卒倒するだろうしなぁ。
 舞いは好きだけど、すぐに足が痛くなるんだもの、正座は大嫌いだし昔から苦手だわ。
 それさえなければ、着物を着るのは大好きなんだけど・・・・
 でも、どうせ、あなたは、狭い格式の世界になんかに生きないで
 もっと伸び伸びと、自由に別の世界で生きなさいと言われるのが、関の山だろうなぁ」



 ようやく到着をした(笠間芸妓のいる)「ともべ駅」では、
どこかで聞き覚えのある、古い歌謡曲のメロディが流れていました。
列車の行き先を案内するアナウンスに混じって、その軽快な音楽は途切れることなく
いつまでもホーム内に鳴り響いています。
懐かしい響きと、すぐに覚えられそうな単調な旋律の繰り返しです・・・・


 「あっ、『上を向いて歩こう』だ・・・・
 たしか飛行機事故で亡くなったという、歌手の坂本九の持ち歌だ。
 田んぼのど真ん中で、人口3万足らずの駅なのに、
 突然現れる、粋な笠間芸者と坂本九。
 古い文化もちゃんと大切にしていますという、意気込みすらを感じるわねぇ・・・・
 さびれた小さな駅舎の割には、小洒落た町だ。ここの門前町も」




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