落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第34話 

2013-04-10 09:50:37 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第34話 
「思いがけずの、相部屋」



 「茂伯父さんは、被災前までは
 福島第一原発で働いていたという可能性が大きい。
 昨年3月までの書留の消印のほとんどが、福島県内のものばかりだ。
 その後に福島県から宮城へ移り、最後に届いたものは石巻からだった」

 「じゃ・・・・伯父さんは、福島で被ばくをしているという可能性もあるわね」


 「そうとは言い切れない。
 3月末に届いた書留は、宮城県内に有る小さな町の消印だ。
 おそらく体調不良か、それ以外のなんらかの理由で、
 地震と津波が来る前に、福島第一原発を離れていたという可能性が有る。
 いずれにしても、楽観はできない事態だと思うが・・・・」

 「楽観はできないって、まさか・・・・」


 「トシさんが、岡本さんに頼まれて、
 体調を崩した原発労働者たちを保護して、医療関係へ紹介をしているのは、
 君も真近で見ていて、よく知っているだろう。
 早かれ遅かれ、各地を転々としながら原発に従事をしてくれば、おのずと
 身体を壊して最後には何らかの形で、健康を害する運命になる。
 発病をして、きわめて危険な事態に至る人も、水面下では沢山いるという。
 心配しているのは、それ以前からの被ばくによる発病だ」


 「石巻といえば、3.11の津波で
 もっとも甚大な被害を受けたという地区でしょう。
 海岸線は壊滅的な被害を受けたと言うし、最大数の犠牲者を出したところでしょ。
 どうしているんだろうね、茂伯父さん・・・・
 無事のままに、元気に生きていてくれているといいのにね」

 
 「この先の仙台で乗り換えて、俺は何度も在来線を使って石巻へ出掛けた。
 しかし、いくら探しても、未だに有効な手掛かりが見つからないままだ。
 石巻では津波がいまだに深い傷跡を残したままだ。
 海沿いの一帯では、いまだに復興の見通しすらたっていない。
 数千人が相変らず行方不明のままで、その捜索はいまでも継続をしている。
 石巻はまた、消息の解らない人たちが溢れている場所のひとつだ。
 俺の伯父さんもまた、石巻で、いまだに行方不明のままさ」


 石巻を目指す英治と響は仙台駅で新幹線を降り、在来線の仙石線に乗りかえます。
あの3.11から一年が経ったといえ、いまだ復旧工事中のために、
海岸沿いを主に走る仙石線の一部には、不通のままの区間が残されています。


 松島海岸駅から矢本駅までは、代行バスによる輸送に変わります。
代行バスは、被害の大きかった仙石線ぞいの国道をひたすら走りますが、
この区間を利用する乗客の姿は、それほど多くはありません。
大半は地元客で、一様に黙って車窓に目をやりながらバスに揺られ続けます。
電車は1時間に2本が運行されていますが、運用されているバスは1時間に1本だけです。
待ち時間なども含めると、仙台から石巻までは2時間半がかかります。
響たちが宿泊を予定した場所へようやく到着をしたのは、
もう、日暮れ寸前で町に夕闇が降りてきた時間帯です。


 石巻の駅前には、ピンク色の大きな建物が建っています。
それが今現在も運用をされている市役所で、もともとは市内の有名デパートでした。
駅前には、キャリーバッグをひきずったスーツ姿の一団の姿が見えました。
どこかの行政団体から派遣をされてきた、支援部隊のようです。
隊列を組み直した一団が、重い足取りで一様にピンクの建物に向かって歩きはじめました。
もう一組、駅の構内には整列中のデイパックを背負った混成の一団が見えます。
こちらは、有志によるボランティア部隊のようです。
石巻ではいまだに、復興支援が続いています。

 
 宿泊を予定をしている宿は、駅から徒歩5分ほどの距離にあるホテルです。
何度か金髪の英治が利用してきたホテルで、今回もまたそこを手配しました。
多くの人間が、支援や復興事業などで石巻へ集まってくるために
いまどきの市内のホテルは、どこでも満杯に近い状態が連日のように続いています。
このホテルも被災をしましたが、急場しのぎの修復を経て最近になってから、
ようやく現在の全面的な通常営業にこぎつけています。


 しかしフロントで、ちょっとしたハプニングが二人を待ちかまえていました。
遠方からの支援に来た団体が強引に宿泊をしたために、ホテルの部屋が不足をしてしまいます。
英治が申し込んだ2つのシングル部屋のひとつを、譲ってほしいと、
愛想の良いフロント譲から、やんわりと交渉をされてしまいます。
当惑顔をしている金髪の英治を尻目に、響は、笑顔でこの申し入れに
快諾の返事をしてしまいます。


「お前はまったく・・・・、勇気が有るなぁ」


 英治がエレベーター内でつぶやいています。


 「あら。遠方から来たボランティアの人たちに敬意をはらって、
 善意でお部屋を譲っただけです。
 別に、ここにいたって新婚気分を味わいたいと言う、
 そういう意味ではありませんから。誤解をしないでくださいね」

 「それは、俺を信用していると言う意味か?」


 「あら。信用しても大丈夫なのかしら、英治は。
 まだ一度も口説かれてもいませんので、夜中に突然襲うのだけはやめて頂戴ね。
 私って、夜中に一度目が覚めてしまうと、眠れなくなってしまう性質なの」

 「じゃあ眠る前なら、OKか?」


 「どスケベ。
 他に考えることは無いのかしら、あなたって!
 どうしていつも・・・・女を見れば『やる』ことばかりを考えるの」


 「お前が先に言いだしたくせに・・・・
 第一俺はまだお前さんに、まだ、ちょっかいのひとつさえ出していないだろう」


 「私だって思いがけない展開のあまりに、もうどうしたらいいのか
 ドキドキしている最中です。
 でも夜中になにかあったら、元のあんたの親分の
 岡本さんにすぐに緊急で、SOSを発信しちゃうから、
 覚悟してちょうだいね。了解かな」


 二人のためにホテル側が用意をしてくれた新しい部屋は、6階にありました。
シングルからツインの部屋に変更されていてます。
ドアを開けてみると、8畳ほどのスペースに綺麗に2つ、ベッドがならんでいます。
響が真っ先に窓のカーテンを開けました。
見下ろした手前の空間には広い道路が有り、街灯がつき、たくさんの自動車が行きかっています。
しかしそのまま遠くの方へ目を転じると、灯りがついていない民家ばかりが目立っています。
(民家の明かりが、ひとつとして見えない・・・・
ここではまだ、普段の生活が取り戻せていないんだ。これが、被災地の夜なんだ。)
響には見渡す限りの石巻の印象を、ただひと言で『暗い』とだけ感じました。

 「おっ・・・・、まだ有った」



 窓際に置かれた小さなデスクで、
自前のノートパソコンを操作していた金髪の英治が思わず声を出しました。
その声につられた響が、液晶の画面をのぞき込みます。


 「なんなの、いったい?」

 
 「3・11で石巻から発信された、拡散希望メールのひとつだ。
 東日本大震災から1カ月がたったここ石巻から、亀田総合病院の小野沢という医師が
 怒りと悲しみをこめて、全国に向けて発信をしたメールだ」


 「拡散希望?、なんなのそれ・・・」


 「ツイッタ―などで、括弧付きで拡散希望と入れておくと、
 同意した人や共感者が、つぎつぎと連鎖的に転送をしていくというシステムのことだ。
 ただし震災直後には、根も葉もない事実無根の便乗デマや
 悪戯目的の、いい加減なものも数多く出回った。
 だがそれとは別に、事実だけを現地から発信をしたという
 きわめて貴重なメールたちも数多くある。
 これは、その中の大切な一つだ。
 君も、読んでみるかい」

 金髪の英治にそう言われるまでもなく、
すでに響の目は、その画面にピタリとクギづけになっています。




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