落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第39話 

2013-04-15 09:59:40 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第39話 
「響の胸に騒ぐもの」




 響が起こされたのは、それから30分ほどが経ってからです。
目を開けるとはるか頭上に遠慮がちの、金髪の英治の顔がありました。
(そんなに無理に遠ざからなくてもいいものを・・・・まったく、英治ったら・・・)
苦笑しながら響が身体を起こします。


 「連絡がきた。東北本線の松島駅で、元同僚のその看護師さんと会えるそうだ」
金髪の英治の声が、響の頭上ではずんでいます。

 
 時計をのぞき込んで、響きが驚きの声をあげます。
(あら、いやだぁ。まだ、午前8時半をすぎたばかりだ・・・・どうなってんだろう今日は。)
中途半端な時間で起こされたために、ぼんやりとした頭のままで着替をえはじめた響が、
今朝からの、一連の自分の行動を思い出しています。


 夜明けから市街地へ出て、荒涼とした北上川の畔まで、まず歩きました。
日和山の山裾を迂回して、荒涼とした津波の傷跡をしっかりと目に焼き付けてから、
方向を変えてホテルまで戻ってきた朝の散策は、もっと長い時間がかかっていたとばかり
思い込んでいましたが、実際にはほんの30~40分の道のりでした。
朝食を済ませ、部屋で英治のパソコンをのぞき、ベッドにもぐりこんだのも
良く考えてみれば、7時半をすぎたばかりの出来事です。



 清算を済ませてホテルを出ると、
表の歩道では、駅へと向かうたくさんの通勤の人たちが歩いていました。
その中には、ぽつりぽつりと、地元らしい高校生たちの姿も混じっています。
響と英治も、それらの人の流れに乗ったまま、仙石線に乗るために石巻駅をめざします。

 きわめて美しい三陸の海岸線を走っていたこの仙石線は、
震災によって著しい被害を受け、昨年の6月までは、全区間のうちの約半分が、
まったくの壊滅状態になってしまいました。
こうした中で最初に復活したのが、石巻と矢本の間です。
今年3月末までにはその先の矢本から、陸前小野間までが復旧をするという見込みのもと、
そのための復旧工事が、連日忙しく続いています。
しかし、いまだに電気設備は壊れたままで、代替えとしてのディーゼルカーが
石巻と矢本駅の間を往復しています。


 矢本行きの列車には通学中の高校生と、通勤と思われる人たちに混じって、
あきらかに、これから復旧工事に携わるらしいらしい作業員たちの姿もありました。
矢本駅から先は不通のために、待機をしている代行バスに乗り換えます。
代行のバスは、仙石線のレールと並走をしている国道を、一路、
仙台と松島方面をめざて走りはじめます。
鳴瀬川と吉田川にかかる2つの橋を渡ると、バスは見晴らしのよい川に沿った
土手上の道へ出ていきます。



 「初めて此処へ来たときは、
 津波で押し流された自動車とがれきが、ここの田圃の一面を
 文字通り隙間なく、びっしりと埋め尽くしている凄い光景を見た。
 すさまじい光景だと、思わず足が震えた記憶が残っている、
 そんな場所のひとつだ」



 英治が指さす彼方には、どこまでいっても
ただ、だだっぴろく広がっていくだけの一面の田んぼが有ります。
一面を覆い尽くしたと言うがれきや自動車も、今はすべて跡形もなく綺麗に
ものの見事に、撤去をされています。


(ということは、かつてはここは、東北の一大穀倉地帯だったはずだ。
塩水をたっぷりとかぶった土地は、果たして生きかえることが出来るのだろうか。
ましてや此処には、あの福島からの深刻な放射能の影響も有るはずだ。
本当にこの土地で復活できるのだろうか、人も、農業も・・・・・)


 遮るものが何も無くなった風景の中で、何台もの重機が黙々と、ひたすらに
田んぼの修復作業を行っている様子が、車窓から見て取れます。
響の目線の先に有るものは、復興を目指しているはずの田んぼの様子です。
この田んぼの風景の中には、まだ希望と呼べるものがかすかにながら残っていました。
しかし、まもなくその希望を根底から打ち砕くような、絶望とも飛べる景色が
バスの前方にゆっくりと近づいてきます。



 見渡す限りの平たんな穀倉地帯が、ついにそれまでの様相から一変をします。
野蒜(のびる)駅へさしかかったところで、それらが次々とバスの前方に現れました。
壊れた家屋や、商店が、被災したままで、そっくりそのまま残っています。
駅前には「仙石線を早急に復旧させよう」と書かれた、大きなのぼり旗が立っています。


 この付近を走る仙石線は、とりわけ被害が大きかったため、
復旧には、きわめて長い時間がかかります。
破壊された従来の線路を慨にあきらめ、3年以上の年月かけ、線路や駅を今よりも内陸部へ
500メートルほど移転をすると言う復興の計画が決まりました。
放棄する事が決まり被災をしたすべての建物たちは、まったく修復されることもなく
すでに住む人を失い、荒れるに任せての放置が続いています。



(本当の意味で、被害を受けた被災地が復旧を果たすと言うことは、
 極めて気の遠くなるほどの、長いたくさんの時間を、どこまでも必要とするんだわ。
 またさらにその上を行く、粘り強い労力と、果てしない努力も必要とするんだ・・・・)


 津波で受けた傷跡をそのままに、赤く錆びつき、
朽ち始めている家屋たちを見つめながら、響が、つよく唇をかみしめています。
握りしめたこぶしが、少しずつ震えてきました。
しかし涙で滲んで、かすんでいく景色を、響にはどうすることもできません。
車窓を通過していく景色たちに、響には、かける言葉すらありません・・・・


(これが実は、今の被災地の嘘をつかない本当の姿なんだ。
 一年が経とうと言うのに、何一つ助かっていないと証言をしている景色と、
 事実がたった今、こうして私の目の前を通過していく。
 私はこれを見るためにやってきたんだ・・・・
 これを心に焼き付けて、逞しく立ち上がる人たちを応援するために
 たぶん、英治と共に、此処までやってきたんだ。
 でも、そのためには、いったい何をすればいいのだろう、
 私には、いったい何が、出来るのだろう・・・・)




 日本三景のひとつ「松島」に近い仙石線の高城町駅の付近で、
二人は代行バスから降りました。
二人が降りた場所からは、点在をしていく景勝地・松島の島々が見えます。
傷跡からの修復を終えた観光地が、やがて来るはずの観光客たちを待ちうけて
洋上で、ようやく、かつての輝きを放ち始めていました。
しかし良く見れば、自分の立った足元や橋の周辺の道路には、いくつもの亀裂や
陥没した道路の箇所が、当時のままに、あちこちに残っています。
歩行者の注意を促すためなのか、亀裂に沿って白い線も引かれています。
「完全復旧」とはまだ言いがたい、津波によってもたらされた傷の跡が
こうして、ひっそりとここにも克明に残されています。



 「松島と言えば、東北屈指の観光地よねぇ。
 大きな傷跡そのものは見えないけれど、やっぱり人の数が少ないと言うのは寂しいな。
 本格的な復興は、まだまだみたいな雰囲気の残っているし・・・・」


 「原発の放射能騒ぎが、間違いなく此処にも影響している。
 実際、俺も初めて足を踏み入れた時には、目には見えない放射能の恐怖に
 正直、恐いと思ったし、心底ビビった。
 支援はしたいが、放射能は怖いと言う本音は誰にでも有ると思う。
 風評被害の影響は、ここでもきわめて深刻だ。
 さて・・・・ここから東北本線の松島駅はすぐそこだ。
 元同僚と言うその看護師さんは、40歳代半ばで、
 ちょっとだけふくよかな、色白の別嬪さんだとメールに書いてある。
 なるほどね・・・・
 ほら。ご丁寧に、本人の顔の画像まで添付してくれたぜ」


 英治がノートパソコンを開いて、その画像を見せました。
被災地に造られたどこかの避難先のひとつみたいな場所で、雑然とした背景の中、
メールを送ってくれた本人と、元同僚というその二人が仲良く並んで
可愛い笑顔を見せていました。


 (この素敵な笑顔が、きっと、
 たくさんの被災者たちに、心の元気をあげたんだろうなぁ・・・・
 まさに、笑顔のナイチンゲール、そのものだ!
 大変な状況の中でも、女性は、常に笑顔を忘れないことが、
 やっぱり一番、大切なんだ)

 優しそうなその元同僚のこぼれるような笑顔を、しっかりと眼に焼きつけながら、
響も、そっと自分の心の中で誓っています。


 (でも、一体これはなんだろう・・・・被災地を歩き始めてから、
 私の心の中では、何かが熱く燃え始めてきた。 
 これは一体なんだろう?
 英治と二人で駅に向かって歩いているこの光景も、いつかどこかで見た覚えが有る。
 夢で見たんだろうか。
 朧(おぼろ)だけど、こんなシーンを何度も見た記憶がある。
 予兆なんだろうか。それともただの錯覚かしら。
 でも、ここまで来るということが、ずっと前から決まっていたような気がする。
 何がいったい騒いでいるんだろう。私の胸の中でザワザワと。
 この高鳴りとこの胸騒ぎの正体は、いったいなんだろう・・・・)



 響が松島駅へ続く橋の上から、もう一度、松島湾を振り返ります。


 (ここから見た光景だったのかしら・・・・
 橋が有って、海が有って、その場所から私は橋を渡って、一人の女性に会いに行く。
 あの暗示みたいな映像の意味は、やっぱり夢の予兆だったのかしら。
 この橋を渡って私は、駅前で待っている、その初めての女性に会いに行く。
 そこで私は、私にとって、転機となるような衝撃的な話を聞く・・・・
 そんな、夢みたいな映像を、私は何度も見たような気がする。
 そして、私は今、実際のその場所へ行こうとしている。
 なんなんだろう・・・なんだろう。
 いったい、なにが、今の私を待っているのだろう)


 立ち尽くしている響の耳へ、英治の大きな声が届いてきました。


 「お~い、まだそこで寝ぼながら、昼間から夢を見ている、そこの女の子!。
 置いて行くぜ。いい加減にしないと。
 それともなにか、もうホームシックにでもかかったか。
 まぁ今さら・・・・そんな、可愛い歳でも無いと思うがね!」



 (あの野郎。あとで必ずひっぱたいてやる。
 人が大事なことを思い出しているというのに、まったく空気が読めない、
 秋田生まれの、山ザルめ。)


 響が橋の上を、脱兎のように駆けだしていきます。




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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (72) たまの、逆転サヨナラホームラン
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