落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話 

2013-04-12 09:43:43 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第36話 
「被災地、石巻にて」




 「さすがに東北の朝だ・・・
 関東は間も無なく桜の便りが届くと言うのに、ここはまだ冬の朝みたい。
 昨日着いたときはうす暗くてよくわからなかったけれど、
 よく見ると、ずいぶんと空き地も目立つわねぇ」


 明るくなってきたのを見計って散策に出てきた響は、
ホテルを出た瞬間、予想外な東北地方の寒さに思わず立ち止まり両襟を立てました。
ぶるっと身震いをひとつしたあと、白い息を吐きながら駅の方へ向かって歩き出はじめます。
ほどなくすると前方に、アーケードのある商店街の通りが見えてきました。
その角を曲がっていこうとした時です。
マフラーを片手に持った英治が、息を切らせて響に追いついてきました。


 「ほら、忘れものだ。
 この寒さの中を、無防備で出かけるにもほどが有る。
 目が覚めて寝床を見たらもう居ないし、窓から見たらマフラーもしないで
 寒さの中を、背中を丸めて歩いているお前の姿が見えた。
 仕方ないから、こっちも着替えて、急いでこいつを持って飛んできた」

 
 そう言いながら、響の首へ2重にマフラーを巻き付けていきます。
さらにポケットから、温かそうな手袋を取り出しました。



 「馬鹿だなぁ、ほら、氷みたいな冷たい手をしているぜ。
 それにしてもお前、ずいぶん可愛い顔をして眠るんだなぁ・・・・
 夜中にトイレに起きた時、ふとのぞき込んで、思わずドキリとしちまった。
 よかったぜ、俺、酔っ払っていたから」


 「なんで酔っ払っているから、よかったのさ・・・」

 「俺、酔っ払っちまうと、まるっきり、あっちのほうは駄目になる。
 だから昨夜は、お前さんは、完璧に安全だったというわけだ」


 「あっきれた・・・・朝から。
 あんたの頭の中には、『女とやりたい』という本能しか
 棲んでいないようだわね。
 でも、マフラーと手袋をありがとう。とても暖かい」



 アーケードのある商店街を、二人は肩を並べて歩き始めます。
朝が早いことも有り、ほとんどの商店のシャッターは閉じられたままです。
所々に、コンパネでウインドーをふさいでいる店舗なども見えます。
「場所を変えて営業しています」という貼り紙や、「震災の影響で休業中です」という
貼り紙などを、至る所で見かけます。
励ましの寄せ書きが、張りだされているお店もありました。


 アーケード街を右に折れると、突然として飲み屋街のような一角があらわれます。
店舗はすべて閉まっていますが、なぜか雑然とした気配が漂っている様子からみると
夜は、ほとんどのお店が営業をしているような雰囲気があります。


 「被災地の飲み屋街は、ある意味で復興バブルの真っ最中だ。
 初期の復興事業はその多くが、肉体労働と雑用といえる仕事ばかりだ。
 屈強な男たちが、群れるように全国から集まってくる。
 用事の無い夜ともなれば、憂さ晴らしの酒と女をもとめて全員の目の色が変わる。
 復興が進む前に、まず、飲み屋街があちこちで復活をする。
 男たちが遊ぶための歓楽街が
 最初に復興するのは、実はそう言う背景がある。」


 (へぇ、そうなんだ・・・・復興と言うのは、
 表向きの、綺麗事だけでは進まないんだ。なるほどね、表が有れば裏もあるという事か)
そんな説明を聴きながらも、何故か人の温かさが恋しくなってきて
思わず英治に寄り添うような体勢に響がなりはじめています。
通り過ぎてきたいくつかの空き店舗の中に、支援団体が活動拠点にしているような、
そんな雰囲気をもったお店もあります。


 呑み屋街を抜け、さらにその先へ進むと突然、旧北上川にぶつかりました。
あの日、石巻市を襲った大津波は、この北上川を数十kmにもわたって遡上をしました。
川に沿って海岸方面に向かって岸辺を下って行くにつれて、地震にくわえ、
津波で受けた被害の大きさが、周囲にやたらと顕著に目立ってきました。


 すこし下ったところでは、急設したと思われる排水ポンプが
ものすごい勢いで濁った水を、大きな音を立てながら常に川面へ吐きだしています。
川の水位は驚くほど高く、傷だらけの堤防すれすれを渦を巻きながら流れていきます。
川の向こう側には、地元出身の漫画家・石ノ森萬画館が建っていました。
一時は被災者たちの避難場所となり、今はその再開に向けて修復中で、
現在でも休館を続けたままです。
見渡す限りのあちこちで、復旧と復興のための各種重機が置かれています。



 「あれ(工事用の重機)も、金儲けの種になる。
 震災の翌日から、東北一帯では猛烈な重機の買い占めがはじまった。
 復興事業での需要をにらんでの、いち早い投資目的による買い占めだ。
 やくざとゼネコンが、いりみだれて利権を奪い合った。
 金儲けは早い者勝ちだ。強欲むき出しのすこぶる恐い話さ。
 政治家どもが何もしないで手をこまねいているから、被災地では
 こんな無法が、大手をふってまかり通るんだ」


 「だから、あれほど福島や東北の被災地へ、
 岡本のおっちゃんたちが熱心に、足を運んでやって来るわけなのね。
 そうか此処には、そういう裏の事情もあったんだ」


 
 濁りきって異常に高い水面のまま、海に向かって流れていく北上川の様子を
見つめながら、響が思わず深いため息を洩らします。



 「ねぇ英治。これほどまでに変わり果ててしまった哀しい景色が、
 石川啄木が『柳青める北上の、岸辺目に見ゆ 泣けと如くに』と詠んだ
 あの、北上川の景色なの。」


 「あの日、津波はここから10数キロ以上も皮を遡上した。
 あれから一年が経ったと言うのに、まだこの岸辺には、あの日の衝撃が
 まざまざと克明に残ったままだ。
 青く萌えるはずの柳も、根こそぎ倒されて流されたままだ。
 それでも季節は巡って、北上川にも春はまたやってくる。
 まもなく此処にも、それはやってくるはずさ」


 「それにしたって・・・・いったい何のさ。
 あまりにも変わり果ててしまったこの土手からの姿は、哀しすぎるわ。
 むき出しの荒れくれた大地と柳の消えた土手の姿は、
 見るからに寂しすぎる景色そのものだ」


 
 「響。 東北の被災地は全て一緒だ。
 どこへ行っても、此処と似たような光景が残されている。
 津波によって破壊された規模が、はるかに格段に大きすぎたためさ。
 いまだに、20万人以上の人たちが、仮設住宅や公営住宅で避難暮らしをしたままだ。
 いっぽうでは、巨額な復興の利権をめぐって、
 震災の直後から、やくざやゼネコンが暗躍をし続けている。
 ボランティアの人達が汗をかいて、復興のために懸命に頑張っている裏側では、
 復興特需と、巨額の復興予算をめぐって、
 しのぎを削りあっている汚れた連中がたくさんいる。
 ここには、善意の人達とは別に、金に汚い連中がようよと集まってくるんだ。
 だからこそ、いまだにこの北上川は、泣いているんだろう・・・・」

 
 「いまだに北上川が、泣いている・・・
 ほんとうだね、英治。 柳を失った川が、春を返せと泣いているように見えるもの。
 川幅いっぱいに、涙を溜めながら流れているみたいだ・・・・」

 
 荒涼とした寂しすぎる景色を見つめているうちに、
思わず、いつのまにか英治の背中で響がひっそりと涙ぐんでいます。

(37)へつづく


 

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