落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第40話 

2013-04-16 09:21:09 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第40話 
「東北本線、松島駅」



 
 東北本線の松島駅は、海からはやや離れた場所に設置されています。
日本三景のひとつでもある松島海岸や有名な五大堂、マリンピア松島水族館などの
観光地区へは、仙石線の松島海岸駅の方が遥かに近く、かつ便利なために、
仙台駅では仙石線を利用するように、案内をしています。 


 「あら、予想外なほどお洒落で、真新しい駅舎だわ・・・・」


 響が駅舎を見上げて、驚きの声を上げています。
一日の利用客が、千人ちょっとの実績からは考えられないほど、
新築されたばかりの東北本線・松島駅は、和風で実にモダンな造りをしています。
入口付近は総ガラス張りで、広々とした開放的なデザインを誇り、
待合室も広く、室内には充分すぎるほどの明るさが満ち溢れています。



 「以前の松島駅は築後65年と、老朽化をしたために、
 つい最近、鉄骨平屋のモダンな和風駅舎として完成をしたばかりです。
 立て替えと同時に、それまではとても不便で、
 50センチ以上もあったホームとの段差も、ようやく解消をされました。
 スロープなども整備されて、全体にバリアフリー化されましたので、
 お年寄りたちにも、とても使いやすく、かつ便利になりました」

 
 待合室に他の人影は無く、待っていたのは元看護師さんの一人だけです。
荻原浩子ですと自己紹介をしたその人は、こちらが質問をする前から、
眼を細め、使いやすくなった松島駅の自慢話を、とうとうとはじめてしまいました。


 「あら、ごめんなさい。
 私ったら、いつでも、こうしておしゃべりをし過ぎるのよ。
 せっかく遠い群馬から知人を探しにやってきたというのに、いきなり
 場違いといえる、こんな田舎の駅を自慢をされても、
 ただただ面喰らうばかりですねぇ・・・あらまぁ、おほほほ」


 「いいえ。きわめて素敵だと思います。
 さすがに観光地の松島らしく、洒落ていて、とても美しい玄関口だと思います。
 バリアフリーが行き届いていると言うのも、今風で、
 とっても素晴らしい配慮だと思います]


 「あら、こちらのお嬢さんとは、なにやらお話が合いそうです。
 折角ですから、少し市内の方へ歩いて、甘いものなどをいただきながら、
 お探しの方の情報や、その他もろもろのお話などもしましょうねぇ~。
 そこを歩いて、すぐですから」

 『もろもろのお話もしましょうねぇ~』、という部分に、
響がいち早く、この女性に対する親しみを感じてしまいます。
(どんな女性が現れるのかと思っていたら、おしゃべりが大好きで、
おまけに甘いものも大好きで、堅いイメージの看護師さんと言うよりは、
何処にでも居るような、近所の人の良いおばちゃんだ・・・・)


 「先ほど、松島の海も拝見しましたが、、
 道路や橋の上などにもまだ、被害の傷跡などが残っていました。
 痛ましい景色に、思わずちょっと、胸の痛む思いがしました」


 「あれから一年が経ちましたが、
 3・11のたくさんの出来ごとは、自然や町の景色ばかりか、
 人の心の中にまで、修復しきれない痛みと、辛さをたくさん残しました。
 私も震災の当日から、石巻赤十字病院であの惨状とたくさんつき合ってきました・・・・
 まるで野戦病院のようなってしまった、あの医療の現場を、
 半年余りにわたって、私は毎日見続けてきました」


 「荻原さんはもしかしたら、そうした心労か何かが原因で、
 今は、看護師さんを休養中の身体なのですか?」

 
 「いえいえ・・・・そんなに体裁の良い話では有りません、お嬢さん。
 でも、荻原さんと呼ばれるのは、少々苦手です。
 遠慮しないで、浩子と読んでくださいな。
 休職に至ったのは、あくまでも、自分の不摂生が主な原因です。
 半年ほど、目一杯の仕事をしていたら、日ごろからの運動不足と体力の不足が原因で
 やっぱりてきめんに、身体を壊してしまいました。
 お酒と煙草が大好きで、おまけにカラオケ三昧という、
 きわめて、普通の人から見たら不健康そのものという趣味などを持っています。
 一人身で暮らしていますので、お仕事以外の時は、
 カラオケに入り浸っては、好きなだけお酒を呑み、煙草をふかすという
 暮らしに、長年にわたって明け暮れてまいりました。
 そのまま不健康な暮らしを続けて私は、
 気ままに一人身の一生を終える予定でいたのに、
 それが突然の、夢にも思っていなかった、あの大震災の発生でしょう。
 半年間は忙しさに追われて、もう夢中でお仕事をしましたが、
 お恥ずかしいことに長年の不摂生がたたり、体調をすっかりと崩してしまいました。
 やはり不養生というものはいけません。
 いまは無念の気持ちのまま、こうしてグダグダと休職中です。
 やはり普段から身体というものは、大切にしておかなければいけません。
 いざとなったその時では、もうまったく間に会いませんからね。あっはっは」



 東北本線・松島駅から市内へ向かって7~8分も歩くと
やがて周囲の様子が変わりはじめます。
市の中心部へ向かうという雰囲気が、町並の様子からも濃厚に漂ってきました。
商店街らしい密集が近づいてくるにつれて、民家の間にある店舗の数も増えてきます。
その中のひとつで、「甘味処」と書かれたドアを、まるで自分の家のように
「そうぞ」と言いながら、荻原浩子が茶目っけたっぷりに、丸いお尻で押し開けました。
民家を思わせるような落ち着いた室内には、可愛いテーブル席が3つほど並んでいます。


 「お友達がやっているお店ですが、今は私のアジトです!
 ダイエットをする必要があるのですが、やはり美味しいものには勝てません。
 あなたはまだお若いから、気にすることはないようです。
 そちらの金髪さんは、甘いものは大丈夫かしら?」


 「下戸(げこ)ですが、甘いものも実は、得意でありません。
 でも折角のすすめですので、頂きたいと思います」


 緊張気味の金髪の英治が、目を白黒とさせながら、ようやくのことで答えています。
浩子さんは目を細めて笑いながら、まだ立ったままでいる二人に椅子をすすめます。
二人が着席をして、居ずまいを整えたのをしっかりと見届けてから、『さて、』と
前置きをしてから、ようやく、今日の本題を切りだしました。


 「お尋ねの方かどうかは、確信はありません。
 でも、原爆病の可能性があるということでは、一人だけ心当たりが有ります。
 震災の直後は、どこの医療機関でもてんてこまいでした。
 どこもかしこも、被災した人たちであふれていましたし、
 状況の把握を出来ないままに、次々にけが人が運ばれてきました。
 書類の整理もままならず、記録もろくに取れないまま、
 まずは患者さんを治療することが、ただただの最優先でした。
 地域医療のもうひとつの大きな仕事は、あちこちに点在をしている避難所と
 在宅のまま避難している人たちへの、巡回医療の業務です。
 仙石線の乗ってこられたのなら、すでに気がついたと思いますが、
 被害の大きかった野蒜(のびる)駅地区の周辺では、
 高台に沿って、急きょいくつかの避難所が作られました。
 そのひとつの避難所で、そうした男の人とお会いした覚えがあります」


 浩子さんが、テーブルの上で、ゆっくりと指を組み直しています。
ふうっと短い息をはきだしたあと、天井をじっと見つめているその眼は、慎重に
次に言うべき言葉を探していました
金髪の英治が、ごくりと生唾をのみこみます。


 「被災から一カ月ほどが経ってくると、
 避難所や被災者たちの病気や症状などが、微妙に変わりはじめてきます。
 ストレスや不衛生な状態などからくる伝染病、精神的な不安からくるさまざまな
 体調の不良などが、日を追うごとに目立ってきます。
 その中でも、明らかに異変を抱えていたものの、
 まったく、その原因がつかめないという患者さんが一人いました。
 症状をみて、原爆症の可能性が有ると見破ったのは、
 広島から応援に来てくれた、一人のボランティアのお医者さんです。
 原発で長く働くと、知らないうちに被ばくを重ねるそうです。
 それがまったくの低濃度でも、長く体内での被ばく状態が続くと、それが原因で
 さまざまな健康被害が発生をするそうです。
 いろいろと聞いていく中でその人は、原発を転々としながら
 生活をしたということを話してくれ始めました。
 ただ、被ばくをしたと言う話を自ら公にしてしまうと、
 医療を受ける際には、いろいろと不利になります。
 きわめて複雑な問題がいろいろとからんでくるために、みなさんは
 一様に口を閉ざしてしまい、なかなか事実を話してくれないのが現状だそうです。
 それでもその人は私たちにたいして、最後には。ついに心を開いてくれました。
 3・11の直後まで、福島の第一原発で働いていたそうです」


 「そうだと思います。
 茂伯父さんが最後に働いていた原発が、たぶん福島です。
 震災の前までは、何度も福島からの送金が届いていました・・・・」


 「原発で働いている労働者さんたちには、被ばく量の厳しい制限があるそうです。
 しかしその患者さんは、その後に何度も名前を変えながら、
 福島第一原発内で、大量のがれき撤去作業に参加をしたというお話です。
 広島から来た医師の話では、あの時点での
 原発内のがれき撤去の作業こそが、もっとも危険な作業の一つだったようです。
 炉心溶解によって飛び散った放射能は、がれきに付着して大量に
 原発の敷地内にも振り積もりました。
 どこにどれだけの放射能が潜んでいるかも解らないままに、
 その後の復旧作業を進めるために最優先で、連日にわたって敷地内を埋め尽くしている
 がれき撤去の作業が繰り返されたそうです。
 原子炉の建屋以外で、きわめて危険値の高濃度の放射線が確認された場所が
 後になってから、敷地内のあちこちから次々と発見をされました。
 おそらく、そこで作業を続行されていた人たちは、
 きわめて危険と思われる、相当量を被爆したと考えられます」


 「それでも生きてはいるんだ、そのひとは。
 たぶん茂伯父さんだろう、そのひとが。で、その人は今どこに・・・・」


 「高台の避難所から、内陸部へ5キロほど行ったところに、
 ひびき工業団地があり、そこへ大規模な仮設住宅が建てられました。
 幸い、その患者さんもそこへの入居が出来たようです。
 今朝、そのご本人と確認がとれました」


 「生きてる! 生きているんだ。・・・・茂伯父さんは! 」




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