落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第38話

2013-04-14 06:22:27 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第38話 
「響の、隠れた特技」




 ホテルへ戻った二人は朝食を済ませてから、部屋へ戻ります。
ようやく落ち着いた様子を見せた響は、頬にもしっかりとした赤みが戻ってきました。


 「お前・・・まるで、林檎みたいに真っ赤なほっぺたをしているぜ。
 無茶するなよ。ずっかりと冷え切っちまったようだ」

 「じゃあ、温めてくれる?
 ふふん・・・・冗談よ。
 食事をしたから、だいぶ落ち着きました。
 3月の半ばだというので、すっかり関東と同じつもりでいたのよ。
 東北を早春を甘く見ていたら、やっぱり、ひどい目に有っちゃっいました」


 「初めて来ると、此処では、みんなそんな体験をするさ。
 それよりもこれを見てくれ。
 茂伯父さんへの手がかりになりそうなメールが、今届いた」



 英治が開いたノートパソコンを、響へ手渡します。
そこには、いまでも石巻赤十字病院で働いている看護師さんから、もしかしたらという
但し書き付きで、あの日の事をしるした一通のメールが届いています。


 3月11日の東日本大震災によって、4000人近い死者と
行方不明者を出した宮城県石巻市では、市内にあったおおくの医療施設でも
きわめて深刻な被害を受けていました。
多くの病院や診療所が市内のあちこちで被災をしましたが、それでも医療関係者たちは
ヘドロとがれきの中から立ちあがり、必死の救護活動をはじめていました。


 津波被害を免れた石巻赤十字病院がその先頭に立ち、
災害の発生当初から、ほとんどの医療機関が診療不能に陥ってしまった、
被災地・石巻市での医療を、ほとんど全面的に支えました。
患者たちが続々と詰めかけ大混乱をする中で、石巻赤十字病院のスタッフ達は
数々の生と死に、真正面から向き合いました。

 発生直後の被災地では、水と食料が圧倒的に不足をする中で
感染症などの二次災害も広がりはじめます。
地域医療の最後のとりでとなった赤十字病院では、すべてのスタッフたちが、
病院に集まる患者たちの医療と救済と共に、全国から集まった応援部隊と力をあわせて
衛生状態が悪化した避難所の環境改善にのために、全力で駆け回り始めます。
津波の発生以降この石巻赤十字病院には、7か月で、延べ約1万5000人にものぼる
医師と看護師らが、支援のために駆けつけています。


 「茂伯父さんの特徴を詳しく書いて、
 特に石巻周辺で医療に当たったNPOや、ボランティア団体、医療機関などへ、
 片っ端から問い合わせのメールを送ってみた。
 特に、原発で長く働いていたために、原発病などの可能性もあると書き添えておいたら、
 もうしかしたらということで、この返事が返ってきた」


 文面の中には、たしかにそんな記述がありました。
だがメールを送ってくれたのは面接をした当の本人ではなく、震災直後に
同じ赤十字病院で献身的に働いていた元同僚から、そんな話を
かすかに聞いた覚えがあるという文面です。
『今その方と連絡を取っている最中です』と、メールが絞めくくられています。


 「元同僚と言う意味は、いまは石巻日赤には居ないと言う意味だよね・・・・
 でも、なんとか手掛かりにはなりそうなお話だわね。
 いま連絡を取っていると書いて有るから、
 うまく、そのひとが見つかるといいわね。英治」


 「うん。会ったこともない人から、こんな温かいメールが返ってくるんだ。
 有りがたいよなぁ、ネットと人の情けというやつは。
 今までは、ゲームばっかりやっていたが、パソコンがこういう風に役に立つとは、
 俺も今日まで、まったく考えてもいなかった」


 「文明の利器っていうのは、人間にとっては両刃の剣になるもの。
 上手に使えば、人類の役にたつけど、使い道を誤れば破滅への原因にもなるわ。
 よかったわね、パソコンのゲームからやっと解放をされて」


 響がキーボードに指を乗せた瞬間、もう発信者に向けて、
お礼のメールなどを打ち始めました。
画面には、ものの見事に文章が打ち込まれ、あっというまに謝礼の文章が書き上がりました。
傍らに居た英治は覗きこんだまま、その動きを止める暇さえありません。
随分と打ち慣れた様子に唖然としたまま、ただただパソコンの画面だけを見つめています。



 「あら、言わなかったかしら。
 私、短大の専攻は、情報処理関係だったのよ。
 といっても、パソコンンをつかって、集計用の簡単なソフトを作ったり
 エクセルを応用して、家計簿なんかを作る程度の、
 初期的なものしかできませんけどね」


 「それにしても、見事な指のつかいこなしぶりだ。
 俺なんか未だに、右手と左手の人差し指しか、使えないと言うのに。
 まるで魔法みたいな指さばきぶりだぜ、響は。
 しかしお前、それにしても、見事に上手い文章を書くな・・・・
 ちょっとした紀行文や、小説ならあっというまに書けそうなほどの文章力だ。
 第一、文章自体に『艶(つや)』がある」


 「艶 ? 何それ」


 「うまくは説明できないが、
 ネットでいろんな人の文章を読んでいると
 明らかにこの人は、何かが違うと言う印象を受ける時が、たまに有る。
 言葉の中に気持ちがちゃんと籠っているし、、
 ドンぴしゃりという表現が、『かゆい所に手が届く感じ』ような感じで
 収まっていると場合が時たま有る。
 そんなときに俺は、文章から、何故か艶みたいなものを感じる。
 お前の文章にも、そんな『艶』が潜んでいる。
 もったいないな、お前。文才が有るぜ」


 「ふぅ~ん・・・そうなかしら・・・・」


 英治の言葉を軽く聞き流しながら、
響は、ポンとキーを叩いて、感謝文の返信メールを送り出します。


 「で、どうするの。この先は。
 とりあえず、茂伯父さんの手がかりらしきものは有ったけど、
 有力情報も、再メール待ちでは手詰まりだわね。
 無為に歩きまわっても仕方がないし、果報は寝て待つとするか」


 「待て待て、響。俺の話をちゃんと聞け。
 お前、自分でも気がついていないようだが、見る物や聞くものにたいして
 鋭い感性みたいなものが、人一倍働くようなところがあるぞ。
 そういえば観察眼や、洞察力にも鋭いものを感じさせるときもよく有るようだ。
 お前、そう言う意味では、物が書ける人間のひとりかもしれないぞ。
 あんなに簡単に、感謝メールを書き上げるなんてただ者じゃない。
 そういう類の仕事ができるかもしれないぞ、お前は」


 「なにいってんのさ。
 定型文に、ちょっとだけ、感謝の気持ちを込めて、
 書きあげただけの、社交辞令の文章です。
 そのくらいのメールを打つ女の子なら、いまどきなら掃いて捨てるほどいるわ。
 朝から歩き過ぎて、少しだけ疲れたわ。
 ひと眠りするから、変な気を起して私にちょっかいなんか出さないでね。
 あ。新しいメールが届いたら起こして頂戴。
 興味が有るの。じゃ、そういうことで、とりあえずは、お休みなさい」

 
 そういうなり、自分のベッドへジャンプをして
あっというまに毛布を被り、響はスヤスヤと寝入ってしまいました。





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