落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話 

2013-04-22 10:20:02 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第46話 
「仮設住宅」




 「え?住宅のこんなにもまじかに、高速道路が走っているなんて・・・・」


 金髪の英治と茂伯父さんが、手招きをしながら立っているのは、
三陸高速道路とはすぐの目と鼻の先にある、最南端部に建てられた仮設住宅です。
仮設住宅の軒下から高速道路までは、わずかに約10m余り・・・・
観ている目の前を、高速の車が弾丸のように次から次へと通り過ぎていきます。

 「朝夕は特にうるさい。
 車の通行量が多すぎるためにね。
 それでも修復がすすんだおかげで、最近はずいぶんと静かになった。
 入居をした当初は路面に凸凹が残っていたために、
 夜中にトラックが通るたびに、ドンドンと凄い音がしました」


 と、茂伯父さんは事もなさそうに笑っています。
東松島市の奥松島ひびき工業団地に急きょ建設をされた、大規模なこの仮設住宅は、
三陸自動車道とは、極端なまでの至近距離で設置されました。
住宅と高速道の間を隔てているのは、わずかに金網のフェンスだけです。
玄関の戸を開ければとたんに、高速で飛んでくる乗用車やトラックなどが目に入ります。
敷地からの距離で最も近い場所では、わずかに10メートルあまりです。
このわずかな空間では、高速走行時の騒音などは、とても防ぐことなどできません。
復旧関連の人や物資の移動のための大動脈と化したこの三陸自動車道は
震災の直後から、信じられないほど急激に通行量が増加をしました。


 「仮設は基本的に、入居は2年までと決められています。
 それまでは、多少はうるさくても文句を言わずに、我慢しろと言う意味でしょう・・・
 いえいえ、ほんのつまらない、私の冗談です。
 騒音防止用の壁がまもなく出来あがります。
 どうぞ、あがってください。
 狭いところですが」


 招き入れられた茂伯父さんの仮設住宅は、1DKの間取りです。
東日本大震災で建てられた仮設住宅は、1DK(6坪)・2DK(9坪)・3K(12坪)
の3タイプにそれぞれ分かれています。
一人暮らしの場合は基本的には1DKで、あとは入居人数によって
部屋数の多い住宅などが割り当てられています。
広さは、もともと東松島の一戸建てに住んでいた人からすれば、
手狭に感じられるかもしれませんが、首都圏のアパートやマンションに
住んでいる者からすれば、そこそこと感じるスペースがあります。


 造りはプレハブですので、防音などの期待は一切できません。
しかし外観だけは、さすがに新築だけはありきわめてキレイそのものに仕上がっています。
室内には、お風呂、トイレ、シンクとコンロ、洗濯機の置き場があり、
ユニットバス方式ではなく、お風呂とトイレはそれぞれ別に設置されています。
設備も、洗濯機や冷蔵庫、炊飯器、テレビなどの基本的な家電類は
入居前からすべて設置をされています。
こうした備品類のほとんどは、日本赤十字社に送られた義捐金によって賄われています。
エアコンも設置されていますが、たとえ3DKであっても1台のみの設置です。


 支援物資の中から、食器類や調理道具、布団、掛け布団、
米10kg、トイレットペーパーなどが、入居時に限って支給をされます。
しかし、こうした支援物資による支給は、この1回のみの限定です。
こうして仮設住宅に入居をした瞬間から、おおくの被災者たちは、
自力での復興生活へのスタートを切るのです。
ベランダがあるわけではありませんので、洗濯物はやむを得ず外に干すしかありません。
ひさしがないので、雨が降れば濡れてしまいます。
他人が普通に通る場所へ洗濯物などを干すことになりますので、
(年頃となる)女性たちには、あまりいい気持ちがしないかもしれません。・・・・


 また、市街地からは一様にかなりの距離で離れています。
買い物に行くには、送迎用のバスを使うか、乗用車などを使わなければなりません。
それでも、プライバシーもなければ寝心地も悪く、
キッチンで自由に料理を作ることもできず、一人で入れるお風呂もなく、
トイレも共同であったという、あの避難所の生活から比べれば、
ここには天と地ほどの差があります。


 「私のように一人で住むのには、充分すぎます。
 そういえばあなたは、私が避難所で瀕死の折りに看護をしてくれた
 あの時の看護師さんのお一人だそうですね。
 どうもその人懐っこい笑顔に、なにやら見覚えが有ると思いました」


 「荻原浩子と申します。
 被災地でご縁のあったお方たちと、こうしてまた
 無事に再びお会いできるとは、私も夢にも思いませんでした。
 こうして元気そうなお顔が拝見できると、格別に嬉しいものがこみあげてきます。
 すっかりと回復をされた様子に、まずは心から安心をいたしました」


 「治った訳ではありませんが、とりあえず身体は落ち着きました。
 やはりあの時の、みなさんの看病のおかげです。
 こうして生きながらえてきたおかげで、
 思いがけなく、こうして身内の英治と再会することが出来ました。
 やはり・・・生きていてこそ、なんぼの世界です」



 「まさに、その通りだと思います。あははは」



 仮設住宅に、きわめて明るい浩子さんの笑い声が響き渡ります。
「ちょっと」と、金髪の英治が響を呼び出しました。
南に面したサッシの引き戸を開けると、そこはそのまま隣家と向かい合った路地です。
向かい合ったその空間が、そのままお互いの通路としての役割なども果たしています
足元のサンダルを突っかけた英治が、響を広場のほうへ誘います。


 「とりあえず、今のところ伯父さんは、
 病気の容態も、それなりには落ち着いてはいるようだ。
 しかし、いろいろと聞いたが、やはり油断はできない事態に変わりがないと思う。
 そこでこの際、秋田へ連れて帰るのがやっぱり一番だろうと俺は考えた。
 そこで、お前に相談だ。
 俺は此処に残って、早速、引越しの準備にとりかかりたいと思っている。
 やはり元気なうちに連れて帰るのが一番だと思うので、準備もできるかぎり急ぎたい。
 だが、そうなると、お前とは此処で別れることになる。
 お前さぁ・・・・ひとりで群馬に帰れるか?」


 英治の顔をじっと見つめながら話を聞いていた響が、
遠慮しすぎているその口ぶりに、思わず吹き出してしまいます。


 「何バカ言ってんの。
 私に遠慮なんかはいらないわよ。
 小学生じゃあるまいし。どこからでも桐生へ帰れます。
 あまりにも真剣な顔をして私を呼び出すものだから、もしかしたら
 頼むから俺のお嫁になってくれとか・・・・
 ここで一生、伯父さんの世話をして暮らしてくれとか、
 そんなお願いをされるとばかり、すっかり思い込んで覚悟を決めていたのに。
 な~んだ、そんなお話でおしまいなのか・・・・う~ん、残念。
 ちょこっとは、私なりに期待をしていたし、
 すっかり緊張して、力みすぎていたわ。
 ああ、なんだか損をしちゃった気分だなぁ」


 「あれ・・・・お前。
 俺がプロポーズをしたら、もしかしたら、
 受けてくれるつもりでいたのか?」


 「まさかあ。
 伯父さんのお世話なら引き受けても良いけど、
 あんたみたいな不良で出来損ないは、こっちからまっぴらご免だわ。
 早いとこ秋田に帰って、色白で純朴な秋田美人でも探したほうが
 英治のためになると思います」


 「そうだろうな、俺もそう思っていた。
 しかし、なんだかんだ言っても俺は、お前さんには世話になっちまった。
 そこでだが、俺からお前さんにささやかなお礼がしたい。
 お礼と言ったところで大したものじゃない。
 俺の使っていたノートパソコンが、まだ看護師のおばさんの車に積みっぱなしだ。
 それをお前にやるから、遠慮をしないで持っていけ。
 買ってからまだ半年余りで、最高級品だ。
 俺が持っていたのでは、またゲーム三昧が関の山だろう。
 お前の方が使い道が多そうだから、そいつをやるから持っていけ」


 「そりゃあ欲しいけど、あれはあんたの大事な遊び道具じゃないの。
 いいの、本当にもらっても。
 実は、いいパソコンだとは思っていたんだ・・・ほんとはね」

 「やるよ。
 それからな、当分の間は通信料は俺が払っておく。
 インターネットに繋がっているうちは、俺が金を払っていると思え。
 ただし、メールアドレスだけは変えないでそのままにしておいてくれよ。
 俺があたらしいパソコンを買ったときに、そっちにメールアドレスが残っていないと
 お前に、俺からの『愛のメール』が届かないことになっちまう。
 それくらいなら、つき合ってくれるよな」


 「どうしょうかな・・・・
 届いたら、真っ先に迷惑メールに振り分けるかもしれないわよ。
 冗談よ。よろこんであなたからの恋文を読むわ。
 でもさぁ・・・・英治。
 よかったね、元気なうちに伯父さんに会うことが出来て。
 伯父さんも生まれ故郷へ帰れるのが、やっぱり一番の保養になると思う。
 ここまで、やって来た甲斐があったわね。
 私も、あんたについて此処までこれてよかったわ、とても感謝してる。
 でもさ、お嫁さんには、遂になれなかったけどね・・・・」


 「ばかやろう。
 俺じゃ物足りないのは、お前自身が一番良くわかっていたくせに」


 「分かんないわよ私だって。あなたに真剣に口説かれたら・・・・」



 「じゃ今から必死で、口説こうか?」


 響の背後へ、茂伯父さんを引き連れた浩子さんがやってきました。
『あら、まあ、ごめんなさい。若いお二人は、ラブシーンンの真っ最中でしたか!』
響の背中で、浩子さんが目を細めています。
耳まで真っ赤になっている金髪の英治に向かって、浩子さんが黄色い声をあげます。

 「あら、嬉しい。久し振りに口説いてくださるの・・・・
 思いっきり口説いてくださいな、金髪君。 私でよければ、ですけれど。
 あら何よ、その不満そうな君のその顔つきは。
 失礼でしょ・・・・私だってまだ現役の女です。こう見えても。」


 明るい日差しの下で、気持ちよく笑う浩子さんの声がまた大きく響きわたります。
元気な笑い声はいつまでも仮設住宅の間で、こだまのように跳ね返ります。


 「いえいえ、皆さん。
 こんなところで、のん気に笑っている場合ではありません。
 これから群馬へ帰る響ちゃんを、仙台駅まで送らなければなりません。
 金髪君。私を口説くのは、その帰り道でも充分です。
 なにしろ響ちゃんという、強敵を送り出した後になりますので、
 ライバルはいないし、心おきなく私を口説いてくださいな。あっはっは。
 冗談はさておいて、金髪くんは、車を運転をしてくださいね。
 茂伯父さんもドライブがてら、響ちゃんを見送ってくださるそうです。
 そうなると私は、帰りは男性陣が両手に花ということに、なってしまいます。
 さあさ、とっとと参りましょう。
 目障りな群馬から来た田舎の美人はさっさと追い帰して、
 後は、私たちの3人で大いにもりあがりましょう!」


 「あら、私は湯西川ですから、出身は栃木県です」


 「群馬も栃木も一緒だわ。
 どちらも・・・・同じレベルで、北関東のド田舎者でしょう」


 再び浩子さんの大爆笑が、仮設住宅内に響き渡っていきます。





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