忠治が愛した4人の女 (53)
第四章 お町ふたたび ⑤

忠治が奥座敷へ行く。
障子を開けると、お町が居る。
しかし振り向きもせず、中庭をじっと見つめている。
「しばらくだな、お町」と忠治が声をかけると、ようやくお町が振り返る。
着物に、娘の頃のような華やかさはない。しかし笑顔は、昔のままだ。
眉もちゃんとあるし、お歯黒もつけていない。
お歯黒も引き眉も、既婚婦人のしるしだ。
お歯黒は白い歯を染め、「二夫にまみえず」を誓う意味がこめられている。
剃りおとしたあと、もともとの眉の形を薄い墨で丁寧になぞったものが引き眉だ。
「懐かしいなぁ」と忠治がつぶやく。
どかりとお町の真正面に、忠治が腰をおろす。
しかし。当初の思惑から外れて、なぜかあぐらをかくはずが、正座をしてしまう。
お町が3年前よりも、はるかに美しくなっているからだ。
苦労した分だけ、痩せたような感も有る。
そのことがかえって、お町を色っぽく、かつ艶やかに見せる。
「お久しぶりです」目を伏せながら、お町がちいさくくちびるを動かす。
長いまつげが、はっきりふるえている。
「ああ・・・もう、おめえには、2度と会えねぇと思っていたからな」
お町を見つめる忠治の胸が、高鳴っていく。
(もう2度とこの女を放したくねぇな・・・)そんな想いが、心の底からこみ上げてくる。
それほど、お町はまぶしく見える。
「おかみさんは今井村の小町といわれるほどの、美人ですってね」
「おめえの比じゃねぇ。月とスッポンだぁ」
「相変わらず口が悪いのね。うふふ・・・
なんだか、安心しました。
やっぱり。あたしの知ってる、昔のままの忠治です」
「おう。俺は何一つ、変っちゃいねぇ。
嘉藤太から、はなしは全部聞いた。
おめえ。俺のためにせっかく嫁に行った五惇堂と、離縁してきたんだってな?」
「はい。道に外れてしまいました。
あたしはどうやら、堅気の暮らしが出来ない女のようです」
「そうだよな。可愛い顔をしているが、おめえの根はしぶてぇ。
花嫁道中に乱入した時だってそうだ。
あんたなんて大嫌いって、大声で平然と言ってのけるくらいだからな」
「仕方がなかったのよ、あのときは。
あなたのことを、大好きなんて言えないでしょう、嫁に行く女が。
あら。あのときのことをまだ根に持っているのかしら、あなたって人は?」
「そうじゃねぇ。だが、俺もずいぶんと傷ついた。
そんな気分も有ったから、おふくろにすすめられるままお鶴をもらったんだ」
「お鶴さんは、美人だもの。
そのほうがかえってよかったでしょう、あなたにとっては。
なにさ、ふん!」
「おいおい。人を呼びつけておきながら、文句を言うとはとんでもねぇ女だ。
俺だって本当は嬉しい。
こうしてまたおめえに逢えるとは、夢にも思っていなかったからな。
おめえさえよければ俺はもう、2度とおめえを離さねぇ」
「あら。嬉しい。
厄介事ばかりを口にする女ですが、途中で放り出さないでくださいな」
「放り出すもんか。嫌だと言っても俺は絶対におめえを離さねぇ。
おめえは今日から、俺の女だ」
「嬉しい。
じゃいますぐここであたしを抱いて。あんたの気持ちが覚めないうちに」
「ばっ・・・馬鹿野郎。
兄貴が居る家で、朝っぱらからお前を抱けるかよ」
「あら。兄さんは用事があって出かけたはずです。
家の中に誰もいなけりゃ、抱いてくれるんでしょ、ねぇ、忠治・・・
うっふっふ」
「ま、まいったなぁ、おめえって女にも」
(54)へつづく
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第四章 お町ふたたび ⑤

忠治が奥座敷へ行く。
障子を開けると、お町が居る。
しかし振り向きもせず、中庭をじっと見つめている。
「しばらくだな、お町」と忠治が声をかけると、ようやくお町が振り返る。
着物に、娘の頃のような華やかさはない。しかし笑顔は、昔のままだ。
眉もちゃんとあるし、お歯黒もつけていない。
お歯黒も引き眉も、既婚婦人のしるしだ。
お歯黒は白い歯を染め、「二夫にまみえず」を誓う意味がこめられている。
剃りおとしたあと、もともとの眉の形を薄い墨で丁寧になぞったものが引き眉だ。
「懐かしいなぁ」と忠治がつぶやく。
どかりとお町の真正面に、忠治が腰をおろす。
しかし。当初の思惑から外れて、なぜかあぐらをかくはずが、正座をしてしまう。
お町が3年前よりも、はるかに美しくなっているからだ。
苦労した分だけ、痩せたような感も有る。
そのことがかえって、お町を色っぽく、かつ艶やかに見せる。
「お久しぶりです」目を伏せながら、お町がちいさくくちびるを動かす。
長いまつげが、はっきりふるえている。
「ああ・・・もう、おめえには、2度と会えねぇと思っていたからな」
お町を見つめる忠治の胸が、高鳴っていく。
(もう2度とこの女を放したくねぇな・・・)そんな想いが、心の底からこみ上げてくる。
それほど、お町はまぶしく見える。
「おかみさんは今井村の小町といわれるほどの、美人ですってね」
「おめえの比じゃねぇ。月とスッポンだぁ」
「相変わらず口が悪いのね。うふふ・・・
なんだか、安心しました。
やっぱり。あたしの知ってる、昔のままの忠治です」
「おう。俺は何一つ、変っちゃいねぇ。
嘉藤太から、はなしは全部聞いた。
おめえ。俺のためにせっかく嫁に行った五惇堂と、離縁してきたんだってな?」
「はい。道に外れてしまいました。
あたしはどうやら、堅気の暮らしが出来ない女のようです」
「そうだよな。可愛い顔をしているが、おめえの根はしぶてぇ。
花嫁道中に乱入した時だってそうだ。
あんたなんて大嫌いって、大声で平然と言ってのけるくらいだからな」
「仕方がなかったのよ、あのときは。
あなたのことを、大好きなんて言えないでしょう、嫁に行く女が。
あら。あのときのことをまだ根に持っているのかしら、あなたって人は?」
「そうじゃねぇ。だが、俺もずいぶんと傷ついた。
そんな気分も有ったから、おふくろにすすめられるままお鶴をもらったんだ」
「お鶴さんは、美人だもの。
そのほうがかえってよかったでしょう、あなたにとっては。
なにさ、ふん!」
「おいおい。人を呼びつけておきながら、文句を言うとはとんでもねぇ女だ。
俺だって本当は嬉しい。
こうしてまたおめえに逢えるとは、夢にも思っていなかったからな。
おめえさえよければ俺はもう、2度とおめえを離さねぇ」
「あら。嬉しい。
厄介事ばかりを口にする女ですが、途中で放り出さないでくださいな」
「放り出すもんか。嫌だと言っても俺は絶対におめえを離さねぇ。
おめえは今日から、俺の女だ」
「嬉しい。
じゃいますぐここであたしを抱いて。あんたの気持ちが覚めないうちに」
「ばっ・・・馬鹿野郎。
兄貴が居る家で、朝っぱらからお前を抱けるかよ」
「あら。兄さんは用事があって出かけたはずです。
家の中に誰もいなけりゃ、抱いてくれるんでしょ、ねぇ、忠治・・・
うっふっふ」
「ま、まいったなぁ、おめえって女にも」
(54)へつづく
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