忠治が愛した4人の女 (69)
第五章 誕生・国定一家 ③
「小三郎の奴は新五郎の女、お仙に横恋慕していた。
自分のものにしようと居酒屋へ乗り込んだ。追い回したあげく、お仙を盗み出した。
世良田村まで逃げたが、知らせを聞いた新五郎が追いついた。
2人で争った末。新五郎は深手を負い、まもなく死亡。
女は言うことを聞かず、最後まで抵抗した。そのため小三郎に切り殺された。
そのまま小三郎は行方をくらましちまったんだ。
という風に調べはついた。
紋次よ。まさかおめぇ、かくまってなんかいねぇだろうな?。
下手人の小三郎のやつを?」
じろりと紋次親分を、伊三郎が睨みあげる。
紋次親分の額にみるみる、怒りの青い筋が浮かび上がる。
「寝言を言うな。馬鹿なことを言うんじゃねぇ、伊三郎。
小三郎はとっくの昔に俺を裏切って、お前さんのところへ逃げこんだ男だ。
いまはおめえの子分のはずだ。
つまらねぇいいがかりをつけるのも、いい加減にしろい!」
「いいがかりなんかじゃねぇぞ。
世良田の森で2人が言い争っているのを、見たという人間がいる。
これ以上、隠し立てなんかすると、ためにならねぇぞ。
やい紋次!。素直に小三郎を出せ!」
「ふざけるな伊三郎。
小三郎がやったというのなら、それはおめえがそそのかしたからだ。
自分で筋書きを書いたくせに、俺に難癖をつけるとは、呆れた十手持ちだ」
「笑わせるな。
俺はおめえの子分だった男を面倒見るほどの、お人よしじゃねぇ。
丹念に調べあげた結果、小三郎が下手人と判明したんだ。
居ないとどこまでもシラをきるんじゃ、しょうがねぇ。
今日のところは引き上げてやる。
だがよ、これで終わったなんて思うなよ。
また来るからな。邪魔したな紋次」
おい帰るぞと、伊三郎が子分たちを振りかえる。
肩を怒らした子分たちが、ぞろぞろと百々一家から出ていく。
中の様子を覗き込んでいたやじ馬たちが、あわてて、道をあける。
「ふざけやがって、伊三郎の野郎め。
おい、塩をまいておけ。2度と来ねぇように山盛りでまいておけ!」
顔を真っ赤にした紋次親分が、文蔵に向かって言い付ける。
いわれのない言いがかりをつけられた紋次親分の怒りは、すでに頂点に達している。
「汚ねぇ真似をしやがって、くそやろう!」と、背中を見せたときだった。
ぐらりと紋次親分の身体が揺れる。
支えを失い、そのままどたりと音を立てて畳へ崩れ落ちる。
倒れた原因は、この当時、中風と呼ばれていた脳卒中だ。
境の宿で2年前から開業していた蘭方医がいる。
急いで医者を呼んだため、紋次親分は、さいわい命をとりとめる。
だが半身に麻痺が残った。
しゃべることもままならない生活がはじまる。
とつぜんの事に、子分たちの動揺が止まらない。
紋次親分が倒れたと聞き、伊三郎はその後、何も言ってこなくなった。
百々一家が、消滅するのを待っているのだろう。
沈みかかった舟は、放っておいても勝手に沈む。
伊三郎は駆け引きにかけて、たいへんずる賢い判断のできる男だ。
落ち目のうえ、中風まで患った紋次親分を、見舞う客は少ない。
市が立つ日の賭場は、文蔵が中心となってひらいた。しかし、客の入りはすくない。
鉄火場というより、まるで通夜のような空気がただよっている・・・
ときどき、紋次親分の兄弟分が見舞いにやって来た。
川田村の源蔵。八寸(はちす)村の七兵衛。それに前橋から福田屋栄次郎がやって来た。
前回、忠治を助けた円蔵も伴に連れている。
忠治の顔を見た福田屋栄次郎が、苦笑を浮かべる。
「あれ、おめえは確か?・・・」
「へぇ。いつぞやは、たいへん世話になりやした。
本名を名乗れず、申し訳ありやせんでした。あっしが、国定村の忠治です」
「そうかい。やっぱりおめえが忠治か。
よかったぜ、俺の目に狂いはなかったようだ。なぁ、円蔵」
見舞いにやって来た福田屋の栄次郎がようやく、にこりと笑う。
(70)へつづく
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第五章 誕生・国定一家 ③
「小三郎の奴は新五郎の女、お仙に横恋慕していた。
自分のものにしようと居酒屋へ乗り込んだ。追い回したあげく、お仙を盗み出した。
世良田村まで逃げたが、知らせを聞いた新五郎が追いついた。
2人で争った末。新五郎は深手を負い、まもなく死亡。
女は言うことを聞かず、最後まで抵抗した。そのため小三郎に切り殺された。
そのまま小三郎は行方をくらましちまったんだ。
という風に調べはついた。
紋次よ。まさかおめぇ、かくまってなんかいねぇだろうな?。
下手人の小三郎のやつを?」
じろりと紋次親分を、伊三郎が睨みあげる。
紋次親分の額にみるみる、怒りの青い筋が浮かび上がる。
「寝言を言うな。馬鹿なことを言うんじゃねぇ、伊三郎。
小三郎はとっくの昔に俺を裏切って、お前さんのところへ逃げこんだ男だ。
いまはおめえの子分のはずだ。
つまらねぇいいがかりをつけるのも、いい加減にしろい!」
「いいがかりなんかじゃねぇぞ。
世良田の森で2人が言い争っているのを、見たという人間がいる。
これ以上、隠し立てなんかすると、ためにならねぇぞ。
やい紋次!。素直に小三郎を出せ!」
「ふざけるな伊三郎。
小三郎がやったというのなら、それはおめえがそそのかしたからだ。
自分で筋書きを書いたくせに、俺に難癖をつけるとは、呆れた十手持ちだ」
「笑わせるな。
俺はおめえの子分だった男を面倒見るほどの、お人よしじゃねぇ。
丹念に調べあげた結果、小三郎が下手人と判明したんだ。
居ないとどこまでもシラをきるんじゃ、しょうがねぇ。
今日のところは引き上げてやる。
だがよ、これで終わったなんて思うなよ。
また来るからな。邪魔したな紋次」
おい帰るぞと、伊三郎が子分たちを振りかえる。
肩を怒らした子分たちが、ぞろぞろと百々一家から出ていく。
中の様子を覗き込んでいたやじ馬たちが、あわてて、道をあける。
「ふざけやがって、伊三郎の野郎め。
おい、塩をまいておけ。2度と来ねぇように山盛りでまいておけ!」
顔を真っ赤にした紋次親分が、文蔵に向かって言い付ける。
いわれのない言いがかりをつけられた紋次親分の怒りは、すでに頂点に達している。
「汚ねぇ真似をしやがって、くそやろう!」と、背中を見せたときだった。
ぐらりと紋次親分の身体が揺れる。
支えを失い、そのままどたりと音を立てて畳へ崩れ落ちる。
倒れた原因は、この当時、中風と呼ばれていた脳卒中だ。
境の宿で2年前から開業していた蘭方医がいる。
急いで医者を呼んだため、紋次親分は、さいわい命をとりとめる。
だが半身に麻痺が残った。
しゃべることもままならない生活がはじまる。
とつぜんの事に、子分たちの動揺が止まらない。
紋次親分が倒れたと聞き、伊三郎はその後、何も言ってこなくなった。
百々一家が、消滅するのを待っているのだろう。
沈みかかった舟は、放っておいても勝手に沈む。
伊三郎は駆け引きにかけて、たいへんずる賢い判断のできる男だ。
落ち目のうえ、中風まで患った紋次親分を、見舞う客は少ない。
市が立つ日の賭場は、文蔵が中心となってひらいた。しかし、客の入りはすくない。
鉄火場というより、まるで通夜のような空気がただよっている・・・
ときどき、紋次親分の兄弟分が見舞いにやって来た。
川田村の源蔵。八寸(はちす)村の七兵衛。それに前橋から福田屋栄次郎がやって来た。
前回、忠治を助けた円蔵も伴に連れている。
忠治の顔を見た福田屋栄次郎が、苦笑を浮かべる。
「あれ、おめえは確か?・・・」
「へぇ。いつぞやは、たいへん世話になりやした。
本名を名乗れず、申し訳ありやせんでした。あっしが、国定村の忠治です」
「そうかい。やっぱりおめえが忠治か。
よかったぜ、俺の目に狂いはなかったようだ。なぁ、円蔵」
見舞いにやって来た福田屋の栄次郎がようやく、にこりと笑う。
(70)へつづく
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