落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (71)       第五章 誕生・国定一家 ⑤  

2016-10-26 17:37:37 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (71)
      第五章 誕生・国定一家 ⑤  





 3ヶ月が経っても、紋次親分はいっこうに回復しない。
ついに再起が絶望的になった。
川田村の源蔵、八寸村の七兵衛、福田屋栄次郎の三人がやって来た。
3人が、病床の紋次と話し合う。
「忠治なら、2代目にしても大丈夫だろう」紋次が、ちいさな声でつぶやく。
こうして上州に、21歳の若い親分が誕生することになった。


 日光の円蔵が軍師として、正式に百々一家へやって来た。
「いいか。何事も、最初が肝心だ」目の前の一同を、円蔵が鋭い目で睨む。


 「忠治親分の存在を知ってもらうことが大切だ。
 襲名披露はなるべく派手にやる。
 そうだな。上州一円の主だった親分すべてに、招待状を出す」


 「そいつはいい考えだ。そうだ。派手に行こうぜ、派手に!」



 文蔵が、大声を上げる。
伊三郎にやられっぱなしのまま、人気を落とし、傾きかけている百々一家だ。
再起のためにも、襲名披露はなるべく派手なほうがいい。
しかし。いまの百々一家に金はない。
各地からおおぜいの親分衆を呼ぶとなれば、それなりの金がかかる。


 「しかしなぁ円蔵さん。
 落ち目の百々一家に、いまはそれほどの金はねぇ」


 「忠治親分。金のことなら心配しないでくれ。
 福田屋の親分に頼めば、そのくらいの金はなんとでもなる。
 親分は、そんな小さなことにこだわっちゃいけねぇ。
 資金集めは、この円蔵にまかせてくだせぇ」


 それにと、円蔵が言葉をつづける。


 「売り出し中の国定忠治が百々一家の跡目を継ぐとなれば、呼ばれた親方衆も
 それなりに気張るだろう。
 名の売れた親分さんが、半端なご祝儀を包むわけにはいかねぇ。
 派手に襲名披露をすれば、それなりに、金が集まって来るという寸法よ」


 たしかにこいつは、軍師として使えそうだと忠治が目を細める。
「それからな。こいつがもっとも肝心だ」と円蔵がさらに言葉をつづける。


 「島村の伊三郎にも、招待状を出す」


 「えっ、敵対している伊三郎も呼ぶのかよ。
 円蔵。敵をわざわざ呼ぶとは、いってぇ、どういう了見をしてるんでェ!
 そいつは賛成できねぇな。
 伊三郎を呼ぶというのは、おいらは反対だ!」


 文蔵がまっさきに反対の声をあげる。
そうだ、そうだと、他の子分たちも騒ぎ始める。


 「そんなケツの小せぇことを言ってたんじゃ、一家を張ってもすぐに潰れちまうぜ。
 伊三郎なんか、目じゃねぇってとこをみんなに見せつけるんだ。
 忠治は大物だぞというところを、集まって来た親分衆たちに見せるいい機会だ。
 呼ばれれば、しょうがなしに伊三郎もノコノコやって来る。
 やつがどのくらいご祝儀を張るかが、見ものだ」


 「なるほど大勢の親分衆の前じゃ、伊三郎も見栄を張るしかねぇ。
 おい。ホントに頭がいいな、お前ってやつは。
 日光の円蔵さんよ!」


 「お前と違って、おれは勉強したからな。
 だが手裏剣にかけちゃ、おめえが一番だ。三木村の文蔵さんよ。
 今日から俺たちは、上州で一番若い親分をささえる参謀だ。
 わかってんだろうな、そのくらいのことは?」



 参謀と呼ばれた文蔵が、えへへと苦笑いを浮かべる。
こうして3ヶ月後の8月に、忠治の襲名披露をおこなうことが決まる。
介添え人は、福田屋の栄次郎。
襲名披露が書かれた招待状が当初予定した上州一円どころか、ひろく
関八州一帯を、風のように飛び交う。


(72)へつづく

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