落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (61)       第四章 お町ふたたび ⑬

2016-10-12 16:33:21 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (61)
      第四章 お町ふたたび ⑬




 島村の宿へ入ると、まわりが急に賑やかになる。
すぐ近くに河岸が有るため、舟人足たちの姿がやたらに目立つ。


 船運につかわれる高瀬船は、上州で誕生した。
吃水が浅く、長さは14,5尋(27m)。幅は1丈23尺(4m)。
500~600俵のコメを軽々と積み、江戸まで運んでいく。
往復に、早くても10日ほどかかる。
船頭や舟子たちが生活できるよう、船首部分に船室が作られている。



 関宿よりも上流部では、もう少し吃水の浅い舟が使われる。
上州平田舟だ。
長さは15mから24mほどあり、横幅はおおむね、3mから4m。
この船は、荷物を運ぶだけではない。
奥州路から江戸へ入る人々を運ぶための客室がついている。


 平田舟には、大きな帆柱が有る。
主に風の力で帆走していく。
しかし、流れの早いのぼりの場合、曳船によって運航していく。
牛馬が舟を引く場合も有る。
しかし、おおくの場合、人足たちが綱をもつ。
陸地から力を合わせて上流へと、平田舟を引きあげた。



 宿場の真ん中まで歩いてきたとき。
辻から若い男が、ふらりと2人の目の前にあらわれた。
あまり風体がよくない。案の定、伊三郎一家の三下だった。



 「お2人さん。時間があるようでしたら、いい賭場へ案内いたしやすぜ」


 「へっ、賭場をひらいてんのか、こんな真昼間から?」



 「お客さん。此処は泣く子も黙る島村の、伊三郎親分のおひざ元ですぜ。
 ここでは伊三郎親分が、すべてのことを決めていやす。
 安全な賭場であることは、あっしが保証します」



 「三下に保証されても、信用することなんか出来ねぇなぁ。
 なぁ忠太郎。おめえもそんな風に思うだろう?」


 文蔵が忠治のことを、忠太郎と呼ぶ。
忠治も阿吽の呼吸で、「おう。まったく信用できねぇ」と三下を突き放す。
三下があわてて両手をひろげて、2人の前に立ちはだかる。


 「いやいや。見れば、ご同業のお2人さんのようだ。
 絶対に損はさせねぇ。百聞は一見にしかずだ。まずは賭場を見てくれ。
 堅気の旦那衆が10人あまり寄っている。
 やりかた次第でお2人さんに、たんまりとした稼ぎが入るかもしれませんぜ」



 「ほう。素人の旦那衆が10人も集まってんのか。そいつは豪勢だな。
 素人なら、赤子の手をひねるようなもんだ。
 どうする忠太郎。すこし遊んでいこうじゃねぇか」



 「そうだな・・・」2人が、三下につづいて歩き出す。
小さな道が堤防を越える。平塚の河岸に向かう小路を三下が下っていく。
平塚の河岸は、江戸と上州を結ぶ航路として栄えている。



 茅(かや)葺や、瓦で葺いた回船問屋と、たくさんの土蔵が見えてきた。
伊三郎が最初に縄張りをもったのが、いま2人の目の前にひろがってきた平塚の河岸だ。
伊三郎はもともと、裕福な船問屋のせがれとして生まれている。


 小路を下ったところから、三下が脇道へ入っていく。
船問屋の裏手に回りこむ。そのまま離れのような建物に近づいて行く。
離れの前に、屈強そうな男2人が立っている。
そのうちのひとりが、腰をかがめる。
「お腰のものを預からせていただきます」文蔵に向かって丁寧に頭をさげる。


 賭場へ刃物は持ち込めない。
うなずいた文蔵が、ゆっくり長脇差を抜く。
受けとろうとして、男が手を伸ばした瞬間。文蔵が刀の柄で、男の頭をいきなり叩く。
不意を突かれた男が、もんどりうって倒れていく。
もうひとりが身構えた瞬間。文蔵の右のこぶしが、男の腹へのめり込む。



 「なんでぇ、いきなり。ちえ、やっぱり賭場荒らしをやるのかよ。
 しょうがねぇな、こうなりゃ問答無用だ。
 じゃこっちの三下は、俺がたたきのめしておくか」


 振りかえった忠治が三下の顔を、思い切りこぶしで叩く。
充分な手ごたえのあと。三下が白目をむいて地面へ崩れ落ちていく。
入り口の男たちを、あっという間にかたずけた文蔵と忠治が、「行くぜ」と
声を掛け合う。そのまま奥に向かってずんずんと踏み込んでいく。


(62)へつづく

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