忠治が愛した4人の女 (67)
第五章 誕生・国定一家 ①
賭場荒らしの日から、10日が経った。
ふくろ叩きに有った忠治も、おとらのおかげでようやく回復してきた。
15日目が過ぎた頃。普通に歩けるようになった。
だが、久しぶりに顔を見に行ったお町が、「女の匂いがする」と素っ気ない。
無理もない。
回復するまでのほとんどを、忠治はおとらの旅籠で過ごしたからだ。
忠治が寝込んでいる間。とくに伊三郎の動きは無い。
忠治の回復を首を長くして待っていた文蔵が、懲りずにまた
賭場荒らしの計画を持ち込んで来た。
そんな矢先。百々一家の土台をゆるがす大事件が持ちあがった。
事件が発覚したのは、絹市が立つ日の朝。
賭場の準備で、朝から全員が忙しい。
そんな中。辰(たつ)の刻(午前八時)を過ぎても、代貸の新五郎の姿が見えないと
中盆の岩吉が騒ぎ始めた。
「代貸は几帳面なお人だ。滅多に遅れることなんかねぇ。
胸騒ぎがしてならねぇ。おい文蔵と忠治。
おめえら2人して、代貸が定宿にしているつた屋を見て来てくれ」
つた屋は宿場のはずれにある居酒屋。店主のお仙と代貸は男女の仲だ。
「お仙さんも、根っから好きな女だからな。
いまごろはまだ、しっぽり濡れて布団の中じゃねえのかな。2人とも」
イヒヒと目じりを下げ、文蔵がくちびるを舐めまわす。
それなら別段、問題は無い。
しかし。到着した居酒屋の様子が、おかしい。
閉店しているはずなのに軒先に、昨日のままの暖簾が揺れている。
入り口に手をかける。カギがかかっていない。
カラリと軽い音をたてて、入り口の戸が簡単に開いた。
「もしや!」と思って2人が踏み込む。店の中が荒れている。
器が落ちている。あちらこちらで徳利が割れている。
住まいにしている2階へ、2人が駆け上がっていく。代貸とお仙の姿はそこに無い。
そこもまた、めちゃくちゃに荒らされている。
2人が使っている布団が、ボロボロに切り裂かれている。
しかし血の跡はない。
危ないところを間一髪で、逃げ出したような気配がある。
「忠治。どうやら一大事だ。
襲ってきたのは、おそらく、伊三郎一家の子分たちだろう。
おめえは急いでこのことを中盆に伝えてくれ。
俺はこのあたりを、徹底的に探してみる!」
「おう。急を伝えたら、俺も急いで戻って来る!」
忠治が伊勢屋に向かって全速力で駆け出していく。
文蔵が納戸や物置を物色する。しかし2人の姿はどこにも見当たらない。
捜索範囲をひろげて探し回っているうち、忠治が戻って来た。
2人して、宿場を隅から隅まで駆け回る。
こころ当たりすべて探してみるが、2人の姿は何処にもない。
そうこうしているうち、昼近くになってしまった。
「駄目だ。無駄に探し回ってもラチがあかねぇ。いちど戻って中盆と相談しょうぜ」
と文蔵が言い出し、捜索を打ち切る。
2人が伊勢屋の前まで戻って来たときだ。
宿場役人が、紋次親分をたずねて姿を見せた。
世良田村のはずれで、あやしい死体がふたつ見つかったと、役人が斬り出した。
どうやら代貸の新五郎らしいので、確認してくれと宿場役人が言い渡す。
「えっ・・・代貸が、死体で見つかった・・・」
知らせを聞いた紋次親分も、中盆の岩吉も、忠治も文蔵も、
同時に言葉をうしなう。
そのまま全員が、その場でばたりと凍り付く。
(68)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第五章 誕生・国定一家 ①
賭場荒らしの日から、10日が経った。
ふくろ叩きに有った忠治も、おとらのおかげでようやく回復してきた。
15日目が過ぎた頃。普通に歩けるようになった。
だが、久しぶりに顔を見に行ったお町が、「女の匂いがする」と素っ気ない。
無理もない。
回復するまでのほとんどを、忠治はおとらの旅籠で過ごしたからだ。
忠治が寝込んでいる間。とくに伊三郎の動きは無い。
忠治の回復を首を長くして待っていた文蔵が、懲りずにまた
賭場荒らしの計画を持ち込んで来た。
そんな矢先。百々一家の土台をゆるがす大事件が持ちあがった。
事件が発覚したのは、絹市が立つ日の朝。
賭場の準備で、朝から全員が忙しい。
そんな中。辰(たつ)の刻(午前八時)を過ぎても、代貸の新五郎の姿が見えないと
中盆の岩吉が騒ぎ始めた。
「代貸は几帳面なお人だ。滅多に遅れることなんかねぇ。
胸騒ぎがしてならねぇ。おい文蔵と忠治。
おめえら2人して、代貸が定宿にしているつた屋を見て来てくれ」
つた屋は宿場のはずれにある居酒屋。店主のお仙と代貸は男女の仲だ。
「お仙さんも、根っから好きな女だからな。
いまごろはまだ、しっぽり濡れて布団の中じゃねえのかな。2人とも」
イヒヒと目じりを下げ、文蔵がくちびるを舐めまわす。
それなら別段、問題は無い。
しかし。到着した居酒屋の様子が、おかしい。
閉店しているはずなのに軒先に、昨日のままの暖簾が揺れている。
入り口に手をかける。カギがかかっていない。
カラリと軽い音をたてて、入り口の戸が簡単に開いた。
「もしや!」と思って2人が踏み込む。店の中が荒れている。
器が落ちている。あちらこちらで徳利が割れている。
住まいにしている2階へ、2人が駆け上がっていく。代貸とお仙の姿はそこに無い。
そこもまた、めちゃくちゃに荒らされている。
2人が使っている布団が、ボロボロに切り裂かれている。
しかし血の跡はない。
危ないところを間一髪で、逃げ出したような気配がある。
「忠治。どうやら一大事だ。
襲ってきたのは、おそらく、伊三郎一家の子分たちだろう。
おめえは急いでこのことを中盆に伝えてくれ。
俺はこのあたりを、徹底的に探してみる!」
「おう。急を伝えたら、俺も急いで戻って来る!」
忠治が伊勢屋に向かって全速力で駆け出していく。
文蔵が納戸や物置を物色する。しかし2人の姿はどこにも見当たらない。
捜索範囲をひろげて探し回っているうち、忠治が戻って来た。
2人して、宿場を隅から隅まで駆け回る。
こころ当たりすべて探してみるが、2人の姿は何処にもない。
そうこうしているうち、昼近くになってしまった。
「駄目だ。無駄に探し回ってもラチがあかねぇ。いちど戻って中盆と相談しょうぜ」
と文蔵が言い出し、捜索を打ち切る。
2人が伊勢屋の前まで戻って来たときだ。
宿場役人が、紋次親分をたずねて姿を見せた。
世良田村のはずれで、あやしい死体がふたつ見つかったと、役人が斬り出した。
どうやら代貸の新五郎らしいので、確認してくれと宿場役人が言い渡す。
「えっ・・・代貸が、死体で見つかった・・・」
知らせを聞いた紋次親分も、中盆の岩吉も、忠治も文蔵も、
同時に言葉をうしなう。
そのまま全員が、その場でばたりと凍り付く。
(68)へつづく
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