忠治が愛した4人の女 (58)
第四章 お町ふたたび ⑩
「どうなるんですか、新五郎の兄貴。これから先のことは・・・」
忠治が、代貸の新五郎の耳へささやく。
新五郎が、眉をひそめる。
ぐるりと部屋の中を見回したあと、ほっと溜息を吐き、やがてがくりと肩を落とす。
「どうもこうもねぇや。残ったのはたったこれだけだ。
こんな少ない人数で殴り込みをかけても、返り討ちにされるが関の山だ。
悔しいが、もう、手も足も出ねぇ」
「これだけ?。ここに居ない全員が、裏切っちまったんですか!」
「そうさ。ここに居ねぇ全員が、助次郎と惣次郎に着いて行きやがった」
いま部屋に居るのは代貸の新五郎と、長年の子分が4人。
朝帰りしてきた忠治と文蔵。さらに廊下の隅にぽつんと座っている三下の清蔵。
全部で8人。たったこれだけが、いまの百々一家の総勢だ。
紋次親分の背中が、ことさら小さく見える。
「一番頼りにしてた木島の助次郎まで裏切るとは・・・
よほど俺に、甲斐性がねぇとみえる。
残ったおめえたち。
もうこれ以上、俺を、裏切ったりしないでくれよ、頼んだぜ・・・」
ふらりと立ち上がった紋次親分が、足をひきずりながら部屋から出ていく。
背中が、さっきよりもさらに小さく見える。
「明日の賭場は、どうするんでぇ?」忠治がふたたび、新五郎の顔をのぞきこむ。
「どうしょうもねぇなぁ・・・」新五郎の顔が、さらに歪んでいく。
「木島の助次郎と、武士の惣次郎を裏切らせた伊三郎のことだ。
いまごろは大黒屋に話をつけているだろう。
いまさら騒いでももう、あとの祭りだ」
「じゃ、伊三郎のやつらが、おれたちの境宿へ入って来るのを、
黙って、見逃せっていうんですかい!」
文蔵が血相を変えて立ち上がる。
「こうなりゃ俺たちの手で、伊三郎の首を取るだけだ。行こうぜ、忠治!」
懐の手裏剣を握り締め、文蔵がいきなり部屋から飛び出していこうとする。
「やめろ!。頭を冷やせ、文蔵。
伊三郎だって馬鹿じゃねぇ。おめえらがやって来るのは承知の上だ。
それどころか、十手を片手に手ぐすね引いて待ち構えているだろう。
殴り込みなんかかけてみろ。
待ってましたと俺たち全員が捕まえちまう。
あの野郎のすることは、ずる賢い。
おれたちが動き始めるのを、じっと待ちかまえているんだ」
「くそ!。汚い野郎だ、伊三郎のやつは!」
懐から手裏剣を取り出した文蔵が、奥の柱に向かってひゅっと投げつける。
見事な音をたてて、5寸釘の手裏剣が柱に突き刺さる。
奥の柱は傷だらけだ。
腹が立つたび文蔵が手裏剣を投げるため、そのたびに柱の傷が増えていく。
「文蔵さん・・・」廊下の隅に座っていた清蔵が、文蔵の顔を見上げる。
「おいらにはよく分かんないんですが・・・」と口ごもる。
何かを聞きたがっている三下を、文蔵が高い位置から見下ろす。
「なんでぇ、遠慮すんな。何か聞きたことがあるのなら言ってみな。
いまじゃもう、百々一家もたったこれだけの人数だ。
三下とはいえ、今じゃおめえも、百々一家をささえる大事な戦力だ。
なんでも聞きな。
知ってることは、全部俺がおしえてやる」
(59)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中です
第四章 お町ふたたび ⑩
「どうなるんですか、新五郎の兄貴。これから先のことは・・・」
忠治が、代貸の新五郎の耳へささやく。
新五郎が、眉をひそめる。
ぐるりと部屋の中を見回したあと、ほっと溜息を吐き、やがてがくりと肩を落とす。
「どうもこうもねぇや。残ったのはたったこれだけだ。
こんな少ない人数で殴り込みをかけても、返り討ちにされるが関の山だ。
悔しいが、もう、手も足も出ねぇ」
「これだけ?。ここに居ない全員が、裏切っちまったんですか!」
「そうさ。ここに居ねぇ全員が、助次郎と惣次郎に着いて行きやがった」
いま部屋に居るのは代貸の新五郎と、長年の子分が4人。
朝帰りしてきた忠治と文蔵。さらに廊下の隅にぽつんと座っている三下の清蔵。
全部で8人。たったこれだけが、いまの百々一家の総勢だ。
紋次親分の背中が、ことさら小さく見える。
「一番頼りにしてた木島の助次郎まで裏切るとは・・・
よほど俺に、甲斐性がねぇとみえる。
残ったおめえたち。
もうこれ以上、俺を、裏切ったりしないでくれよ、頼んだぜ・・・」
ふらりと立ち上がった紋次親分が、足をひきずりながら部屋から出ていく。
背中が、さっきよりもさらに小さく見える。
「明日の賭場は、どうするんでぇ?」忠治がふたたび、新五郎の顔をのぞきこむ。
「どうしょうもねぇなぁ・・・」新五郎の顔が、さらに歪んでいく。
「木島の助次郎と、武士の惣次郎を裏切らせた伊三郎のことだ。
いまごろは大黒屋に話をつけているだろう。
いまさら騒いでももう、あとの祭りだ」
「じゃ、伊三郎のやつらが、おれたちの境宿へ入って来るのを、
黙って、見逃せっていうんですかい!」
文蔵が血相を変えて立ち上がる。
「こうなりゃ俺たちの手で、伊三郎の首を取るだけだ。行こうぜ、忠治!」
懐の手裏剣を握り締め、文蔵がいきなり部屋から飛び出していこうとする。
「やめろ!。頭を冷やせ、文蔵。
伊三郎だって馬鹿じゃねぇ。おめえらがやって来るのは承知の上だ。
それどころか、十手を片手に手ぐすね引いて待ち構えているだろう。
殴り込みなんかかけてみろ。
待ってましたと俺たち全員が捕まえちまう。
あの野郎のすることは、ずる賢い。
おれたちが動き始めるのを、じっと待ちかまえているんだ」
「くそ!。汚い野郎だ、伊三郎のやつは!」
懐から手裏剣を取り出した文蔵が、奥の柱に向かってひゅっと投げつける。
見事な音をたてて、5寸釘の手裏剣が柱に突き刺さる。
奥の柱は傷だらけだ。
腹が立つたび文蔵が手裏剣を投げるため、そのたびに柱の傷が増えていく。
「文蔵さん・・・」廊下の隅に座っていた清蔵が、文蔵の顔を見上げる。
「おいらにはよく分かんないんですが・・・」と口ごもる。
何かを聞きたがっている三下を、文蔵が高い位置から見下ろす。
「なんでぇ、遠慮すんな。何か聞きたことがあるのなら言ってみな。
いまじゃもう、百々一家もたったこれだけの人数だ。
三下とはいえ、今じゃおめえも、百々一家をささえる大事な戦力だ。
なんでも聞きな。
知ってることは、全部俺がおしえてやる」
(59)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中です