落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (74)       第五章 誕生・国定一家 ⑧

2016-10-29 17:01:04 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (74)
      第五章 誕生・国定一家 ⑧



 「おなごに壺を振らせるんだ」


 円蔵の提案に、「ええ~!」と一同の目が真ん丸になる。
女渡世人の噂はときどき聞く。
そしてそのほとんどが、なぜか別嬪だ。
目の覚めるような別嬪が、片膝を立てて勝負の壺を振る。
想像するだけでも壮観だ。


 女壺振りには、男には真似できない芸当が有る。
勝負が白熱してくる。当然、警戒心が薄れてきて、女渡世人の膝がゆるむ。
男どもの視線が、女渡世人の股座(またぐら)へ集中する。
こうなるともう勝負どころではなくなってくる。
いいところを見せようと、気前よく、言われるままに駒を張る。
あげくにぜんぶ取られてしまう。



 「女渡世人や、大年増なら見たことは有る。
 だがよ。目の覚めるような壺振りの別嬪なんぞ、俺は見たことがねぇ。
 こんな片田舎には居ないだろう。別嬪の壺振りなんか・・・」

 「いや。居るんだ、それが。
 初めてみた時は俺も驚いたが、なかなか良い女だった」


 円蔵が自信たっぷりに、ニヤリと笑う。
居ると聞いた瞬間、文蔵が目の色を変えて身体を乗り出す。 

 
 「ホントかよ!。本当に居るのか!、別嬪の壺振りが!。
 そいつは願ってもねぇ好都合だ。で、そいつはいったいどこの何者なんだ!」


 「弁天のおりんという女でな、こいつは片膝を立てて壺を振る。
 それだけじゃねぇ。
 惜しげもなく、片肌を脱ぐ。
 白い肌をさらして壺を振る姿は、男ならだれでもしびれる。
 あ・・・残念ながら裸じゃねぇ。胸にはサラシを巻いている」



 一同の脳裏に、片肌を脱ぎ、膝をたてて壺を振る女の姿があらわれる。
そんな女が賭場で壺を振ったら、おおきな人気を集めるだろう。
「たまらねぇぜ」と、文蔵がぺろりとくちびるを舐める。


 「だがよ。どこにいるんでぇ。その女渡世人は?」


 「最後に見かけたのは、信州の松本だ。
 この女が壺を振れば、賭場が大入り満員になることはまず間違いない。
 なにしろ。俺が惚れこんじまったくらいの女だからな」

 「なにっ。おまえさんの女か。弁天のおりんという渡世人は!」

  
 「いや。残念ながらまだそこまではいってねぇ。
 おれがただ一方的に、おりんに熱をあげてるだけだ。
 しかしいい機会だ。なんとか口説いて、おりんを上州へ連れてくる」


 「なるほどな。円蔵さんにしてみれば一石二鳥のうまい話というわけだ。
 じゃ、おりんさんの件は円蔵さんに任せて、留守のあいだ、
 俺たちは何をすればいい?」



 「伊三郎をやるのは、後まわしだ。
 まずはなわばりをひろげていく必要がある。
 久宮一家がのさばっている国定と田部井村を、百々一家の縄張りにしょう。
 国定は、忠治親分が生まれた村だ。
 大義名分はじゅうぶんに、俺たちの側に有る」


 「大義名分が必要なのか、やっぱり?」


 「義のねぇ戦いは、堅気の衆たちの反発を招く。
 おれらが動くときは、いつでも、堅気の衆に支持されなくちゃいけねぇ。
 俺たちは、堅気の衆にメシを食わせてもらってんだぜ」

 「百々一家は、堅気の衆を大事にするのか。なるほど。
 十手を振りかざして、悪事ばかりを働いている腹黒い伊三郎とは、だいぶ違うな」


 「そうよ。義に生きた越後の上杉謙信と同んなじだ。
 民衆の支持があれば、取締役の八州様も幕府も、まったくもって怖くねぇ。
 義を重んじて、民衆を守る。
 これが百々一家の、あたらしい生き方でぇ!」


(75)へつづく



おとなの「上毛かるた」更新中