忠治が愛した4人の女 (68)
第五章 誕生・国定一家 ②
宿場役人と死体の確認に行った紋次親分が、青い顔で戻って来た。
何も言わずそのまま、奥の部屋へ消えていく。
バタバタと飛びだしてきた姐さんが、あわてて酒の準備をする。
そんな姐さんの様子を見ているだけで、忠治と文蔵はすべてを理解した。
「文蔵の兄貴。
代貸が亡くなったらこの先、百々一家はいってえどうなるんですかい?」
忠治が、文蔵の顔を見つめる。
怖い顔のまま固まっていた文蔵が、懐から、愛用の手裏剣を取り出す。
ひゅっと空気を切って、手裏剣が文蔵の手から飛んでいく。
するどい音を立てて、いつもの柱へ手裏剣が突き刺さる。
「どうもこうもあるめぇ。
こうなったらもう、ウチの一家の生え抜きは、俺の面倒をみてくれた
岩松の兄貴だけだ。
兄貴に先頭に立ってもらい、代貸の仇を討つだけだ。
岩松の兄貴。いまからすぐ、伊三郎の首を取りに行きましょうぜ!」
「早まるな文蔵。
まだ伊三郎一家が手を下したと、決まったわけじゃねぇ。
やつらがやったという証拠がまだ、何ひとつつかめていねぇ状態だ」
「じれってえ話だ、まったくよぉ。
証拠なんかなくても、伊三郎が手下に指図したのに決まっていらぁ。
かまうもんか。いいから今から殴り込みをかけて、憎い伊三郎の奴を
八つ裂きにしてやりましょう!」
「まぁ落ち着け、文蔵。
たしかに伊三郎は、いつかは殺らなきゃならねぇ相手だ。
だが時期が悪い。たしかな証拠もねぇ。
それによ。殴り込みをかけるにしても、人数が少な過ぎる。
伊三郎の奴もバカじゃねぇ。復讐をおそれて警戒を強めているだろう。
そんなところへノコノコ出かけて行けば、返り討ちだ。
奴が油断するまでもうすこし、待とうじゃねぇか」
岩松が、文蔵の鋭い目線から目を逸らす。
岩松の言い分はわかる。しかし、文蔵の気持ちは収まらない。
文蔵が2本目の手裏剣を取り出す。ふたたび柱に向かって投げつける。
今度もまた乾いた音をたてて、手裏剣が柱に突き刺さる。
偉そうなことを言っていた岩松だが、その後の行動がよろしくない。
いつのまにか、百々一家から姿を隠す
日が暮れた頃。女を連れて、境の宿からこっそり姿を消した。
自分と、自分の女に災いがふりかかる前に、境の町から逃げ出していった。
翌朝。そのことを知った文蔵が、地団太を踏んで悔しがる。
「ばかやろう!
さんざん偉そうなことを言いやがったくせに、てめぇが一番の意気地なしじゃねぇか!。
今度見たら俺様が、岩松の首を引っこ抜いてやるぞ!」
代貸の新五郎が殺され、さらに中盆の岩松が逃げ出したことで、
百々一家の筆頭が文蔵ということになった。
ますます落ち目の百々一家に残ったのは、忠治と保泉(ほずみ)村の久次郎。
茂呂(もろ)村の孫蔵。山王道(さんのうどう)村の民五郎。八寸(はちす)村の才市。富塚村の角次郎の6人。
三下をしている宇之吉と、上中(かみなか)村の清蔵だけ。
この人数では、町はずれで小さな賭場を開くだけで精一杯だ。
そんなとき。
伊三郎が十手を片手に、子分どもを引き連れて、百々一家へ乗り込んで来た。
子分の中に、腕が立ちそうな浪人者の用心棒がまじっている。
(この野郎かもしれねぇな。代貸の新五郎兄貴を斬ったのは・・・)
忠治は用心棒を見た瞬間、それを直感した。
しかし。この用心棒が斬ったという証拠はどこにもない。
「紋次。おめえのとこに、小三郎という若い者がいるだろう。
実はな。そいつが今回の新五郎殺しの下手人だということが、判明した。
いるのなら素直に、そいつを俺に引き渡せ」
小三郎という男は、すでに百々一家にはいない。
2人の代貸が百々一家を裏切った時。
おおくの子分たちと一緒に、すでに伊三郎のもとへ下っている。
居るはずのない下手人を、百々一家の身内の人間に仕立てあげてるとは、
卑劣を言うにもほどがある。
だが伊三郎は早く連れて来いと、紋次親分の前で、大きく十手を振りかざす。
(69)へつづく
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第五章 誕生・国定一家 ②
宿場役人と死体の確認に行った紋次親分が、青い顔で戻って来た。
何も言わずそのまま、奥の部屋へ消えていく。
バタバタと飛びだしてきた姐さんが、あわてて酒の準備をする。
そんな姐さんの様子を見ているだけで、忠治と文蔵はすべてを理解した。
「文蔵の兄貴。
代貸が亡くなったらこの先、百々一家はいってえどうなるんですかい?」
忠治が、文蔵の顔を見つめる。
怖い顔のまま固まっていた文蔵が、懐から、愛用の手裏剣を取り出す。
ひゅっと空気を切って、手裏剣が文蔵の手から飛んでいく。
するどい音を立てて、いつもの柱へ手裏剣が突き刺さる。
「どうもこうもあるめぇ。
こうなったらもう、ウチの一家の生え抜きは、俺の面倒をみてくれた
岩松の兄貴だけだ。
兄貴に先頭に立ってもらい、代貸の仇を討つだけだ。
岩松の兄貴。いまからすぐ、伊三郎の首を取りに行きましょうぜ!」
「早まるな文蔵。
まだ伊三郎一家が手を下したと、決まったわけじゃねぇ。
やつらがやったという証拠がまだ、何ひとつつかめていねぇ状態だ」
「じれってえ話だ、まったくよぉ。
証拠なんかなくても、伊三郎が手下に指図したのに決まっていらぁ。
かまうもんか。いいから今から殴り込みをかけて、憎い伊三郎の奴を
八つ裂きにしてやりましょう!」
「まぁ落ち着け、文蔵。
たしかに伊三郎は、いつかは殺らなきゃならねぇ相手だ。
だが時期が悪い。たしかな証拠もねぇ。
それによ。殴り込みをかけるにしても、人数が少な過ぎる。
伊三郎の奴もバカじゃねぇ。復讐をおそれて警戒を強めているだろう。
そんなところへノコノコ出かけて行けば、返り討ちだ。
奴が油断するまでもうすこし、待とうじゃねぇか」
岩松が、文蔵の鋭い目線から目を逸らす。
岩松の言い分はわかる。しかし、文蔵の気持ちは収まらない。
文蔵が2本目の手裏剣を取り出す。ふたたび柱に向かって投げつける。
今度もまた乾いた音をたてて、手裏剣が柱に突き刺さる。
偉そうなことを言っていた岩松だが、その後の行動がよろしくない。
いつのまにか、百々一家から姿を隠す
日が暮れた頃。女を連れて、境の宿からこっそり姿を消した。
自分と、自分の女に災いがふりかかる前に、境の町から逃げ出していった。
翌朝。そのことを知った文蔵が、地団太を踏んで悔しがる。
「ばかやろう!
さんざん偉そうなことを言いやがったくせに、てめぇが一番の意気地なしじゃねぇか!。
今度見たら俺様が、岩松の首を引っこ抜いてやるぞ!」
代貸の新五郎が殺され、さらに中盆の岩松が逃げ出したことで、
百々一家の筆頭が文蔵ということになった。
ますます落ち目の百々一家に残ったのは、忠治と保泉(ほずみ)村の久次郎。
茂呂(もろ)村の孫蔵。山王道(さんのうどう)村の民五郎。八寸(はちす)村の才市。富塚村の角次郎の6人。
三下をしている宇之吉と、上中(かみなか)村の清蔵だけ。
この人数では、町はずれで小さな賭場を開くだけで精一杯だ。
そんなとき。
伊三郎が十手を片手に、子分どもを引き連れて、百々一家へ乗り込んで来た。
子分の中に、腕が立ちそうな浪人者の用心棒がまじっている。
(この野郎かもしれねぇな。代貸の新五郎兄貴を斬ったのは・・・)
忠治は用心棒を見た瞬間、それを直感した。
しかし。この用心棒が斬ったという証拠はどこにもない。
「紋次。おめえのとこに、小三郎という若い者がいるだろう。
実はな。そいつが今回の新五郎殺しの下手人だということが、判明した。
いるのなら素直に、そいつを俺に引き渡せ」
小三郎という男は、すでに百々一家にはいない。
2人の代貸が百々一家を裏切った時。
おおくの子分たちと一緒に、すでに伊三郎のもとへ下っている。
居るはずのない下手人を、百々一家の身内の人間に仕立てあげてるとは、
卑劣を言うにもほどがある。
だが伊三郎は早く連れて来いと、紋次親分の前で、大きく十手を振りかざす。
(69)へつづく
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