落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (64)       第四章 お町ふたたび ⑯

2016-10-16 18:17:30 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (64)
      第四章 お町ふたたび ⑯




 「若いの。そいつはさっき聞いた。
 俺が知りてえのは、おめえの本当の名前だ。
 その若さで腹をくくり、死ぬ覚悟を決めるとは見上げた根性だ。
 冥途の土産だ。もういちどだけ聞く、おまえはいったい、どこの何者だ」


 「おれは武州無宿の、忠次郎だ」


 「強情な奴だ。おまえという男も。まぁいい。
 代貸の藤十(とうじゅう)さんよ。頼みがあるんだが、いいかい?。
 この若いのを、俺に預からせてくれねぇか?」


 福田屋が代貸の藤十に声をかける。
「えっ」と、代貸の藤十が大きな声を上げる。



 「たった2人で賭場を荒らそうなんて、たいした度胸じゃねぇか。
 どうだろう。俺に免じてこの若いのを、俺に払い下げてくれねぇか」


 「福田の親分。そいつはできねぇ相談だ。
 こいつはあっちこっちで悪さをしている野郎です。
 野放しにしたらどこかでまた、きっと悪さをするのに決まっていますぜ」

 
 「そのあたりのことは、俺がよく言って聞かせておく。
 それに、利根川で土左衛門があがれば、伊三郎親分にも面倒がかかることになる。
 実は今日は、少々訳アリでな。
 できることなら、無駄な殺生は見たくないんだ」



 「親分さんがそこまで言うなら、好きなようになさってくだせぇ。
 おい三下。運が良かったな。
 こちらのお方は前橋でおおきな旅籠をしている、福田屋の親分さんだ。
 このお方に免じて、おまえは無罪放免だ。
 せいぜい感謝することだな。お前さんを助けてくれた命の恩人に」


 ケっと唾を吐き、代貸の藤十が賭場へ戻っていく。
「おい、円蔵。縄を解いてやんな」福田の親分が、うしろに立っている男を呼びつける。
「へい」と答えた男が、前に回って忠治の縄を解いていく。


 「よく我慢したな、おまえ。
 あんときに刀を抜いていたら、こんなことじゃ済まなかっただろうぜ」


 男の声に聞き覚えがある。
手下どもに囲まれたとき。耳元で「刀を抜くんじゃねぇ」とささやいた声だ。


 「賭場の中で手助けしたんじゃ、こっちにまで余計なとばっちりが来る。
 しょうがねぇから、刀は抜くなと忠告したんだ。
 それにしてもよく我慢した。
 ふつうなら刀を抜いて、やけっぱちで暴れまわるところだ。
 怪我人が出ればおまえさんは、たたっ斬られて、今ごろはあの世に行っている。
 親分。やっぱりこいつは、ただ者じゃありませんねぇ」


 「ほう円蔵。おまえもやっぱりそう思うか。
 ひと足先に逃げ出した野郎も、機転が利いて、たいしたもんだった。
 だが素手で大勢と渡り合おうとしたおまえさんの根性も、なかなかのもんだ。
 もう一度だけ聞く。おまえの本当の名前は、なんて言うんだ?」


 「おれの名前は、武州無宿の忠次郎だ」



 「強情や奴だな、おまえも」円蔵が苦笑いを浮かべる。
「ほらよ。おめえの刀も取り返しておいたぜ。大事にしろよ」
愛刀の義兼を手渡す。
礼を言おうとすると、福田屋の親分が手を振りながら大きな声で笑う。


 「いいってことよ。
 実はな。帰りに百々一家の紋次を訪ねるつもりだった。
 若くて元気のいい男が入ったと聞いた。実は、そいつに会ってみたかったんだ。
 知っているかい?、国定村の忠治という若い衆だ。
 だがよ、手間が省けたかもしれねぇな。
 忠次郎さん、無茶をしちゃいけねぇぜ。親からもらったいのちは、ひとつしかねぇ。
 何か有ったら、前橋の福田屋という旅籠をたずねておくれ。
 わしならいつでも、そこに居る」


 (65)へつづく



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