忠治が愛した4人の女 (63)
第四章 お町ふたたび ⑮
「おい。死ぬ前に名前くらい名乗ったらどうだ。
名無しのごんべぇじゃ、墓をたてることも出来ねぇだろう。
もっともおめえみたいなやつの墓を、立ててくれるやつがいたらの話だがな」
男たちが、ゲラゲラと大きな声をあげて笑う。
「武州無宿の、忠次郎ってもんだ」忠治がとっさに嘘の名を語る。
死ぬ前に、せめて本名を名乗りたかった。
しかし。忠治の脳裏に、代貸の新五郎の言葉が横切った。
窮地に立っている百々一家の紋次親分に、これ以上、迷惑をかけたくなかった。
「ほう。武州の、どこでぇ?」
代貸が思い切り、忠治の横っ腹を蹴りあげる。
「うっ」とうめいた忠治が、絞り出す声で「藤久保でぇ」と、必死にこたえる。
「藤久保村?。
そうするとてめぇは、獅子ケ嶽重五郎んとこの三下か?」
「違う、三下じゃねぇ。
三下なんかつまらねえから、飛びだしてきた」
「なんでぇ。てめえは、三下修行もつとまらねぇ半端者か。
中途半端なことしかできねぇ奴が、賭場荒らしなんて大それたことをするんじゃねぇ。
おう。かまわねぇから簀巻にして、とっとと利根川へ放りこんじまえ!」
代貸が簀巻にして放り込めと、若衆たちに言い付ける。
「へい」とこたえた男たちが、忠治の両手と両足をぐるぐる縛りあげる。
口にがっしりと、猿ぐつわをかませる。
身動きができなくなった忠治に、ぐるぐると筵(むしろ)を巻き付けていく。
完璧といえる、忠治の簀巻が出来上がる。
(畜生。まだ死にたくはねぇ。
こんなところでおしまいとは、俺もまったくついてねぇ。
だが、それもまた運命だ。
ああ・・・死ぬ前にもういちど、お町に会いてぇな。
女房のお鶴にも会いてぇ・・・
だがそれもこうなっちゃ、かなわぬ夢になっちまったな・・・)
忠治がすっかり覚悟を決める。
両目を閉じた忠治を、男たちが担ぎ上げる。
船問屋から急流で知られる利根川は、すぐ目と鼻の先を流れている。
「どうしたい、いってぇ?。たいそうな騒ぎじゃねぇか?」
「あ。こいつは、福田屋の親分さん。
どうもみなさんには、みっともねぇところをお見せしやした。
いやもう騒ぎのほうは、すっかり片付きやした。
見た通り、こいつを川へ流してしまえば、万事それで終わりです。
どうぞ部屋へ戻り、遊びをつづけてくだせぇ」
「そうかい。片付いたかい、そいつはよかった」
福田屋の親分と呼ばれた男が、ぐるぐる巻きにされた忠治の顔を覗き込む。
忠治も、福田屋の親分の話は聞いたことが有る。
たしか、紋次親分の兄弟衆のひとりだ。
むかし。福田屋の親分は、大前田英五郎と肩を並べる侠客だった。
英五郎が久宮一家の先代を闇討ちしたとき、助太刀を買って出たのもこの男だ。
そのため。英五郎とともに国越えをしたが、玉村の佐重郎の仲介のおかげで、
一足先に国に戻る事ができた。
いまは故郷の前橋で、福田屋という旅籠をかまえて十手も預かっている。
福田屋の鋭い目が、忠治の顔を覗き込む。
「おう、若いの。その様子じゃ、すっかり往生を決めたようだな。
その若さですべてを捨てて、死ぬ覚悟を決めるとはいい根性だ。
もう一度だけ聞く。おめえはいったい、どこの何者だ」
福田屋の鋭い目が、腫れあがり、ふさがりかけている忠治の目を覗き込む。
「誰でもねぇ。おれは武州無宿の、忠次郎ってもんだ。
三下にもなれねぇ、中途半端な男だ」
忠治が小さな声で、言い捨てる。
(64)へつづく
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第四章 お町ふたたび ⑮
「おい。死ぬ前に名前くらい名乗ったらどうだ。
名無しのごんべぇじゃ、墓をたてることも出来ねぇだろう。
もっともおめえみたいなやつの墓を、立ててくれるやつがいたらの話だがな」
男たちが、ゲラゲラと大きな声をあげて笑う。
「武州無宿の、忠次郎ってもんだ」忠治がとっさに嘘の名を語る。
死ぬ前に、せめて本名を名乗りたかった。
しかし。忠治の脳裏に、代貸の新五郎の言葉が横切った。
窮地に立っている百々一家の紋次親分に、これ以上、迷惑をかけたくなかった。
「ほう。武州の、どこでぇ?」
代貸が思い切り、忠治の横っ腹を蹴りあげる。
「うっ」とうめいた忠治が、絞り出す声で「藤久保でぇ」と、必死にこたえる。
「藤久保村?。
そうするとてめぇは、獅子ケ嶽重五郎んとこの三下か?」
「違う、三下じゃねぇ。
三下なんかつまらねえから、飛びだしてきた」
「なんでぇ。てめえは、三下修行もつとまらねぇ半端者か。
中途半端なことしかできねぇ奴が、賭場荒らしなんて大それたことをするんじゃねぇ。
おう。かまわねぇから簀巻にして、とっとと利根川へ放りこんじまえ!」
代貸が簀巻にして放り込めと、若衆たちに言い付ける。
「へい」とこたえた男たちが、忠治の両手と両足をぐるぐる縛りあげる。
口にがっしりと、猿ぐつわをかませる。
身動きができなくなった忠治に、ぐるぐると筵(むしろ)を巻き付けていく。
完璧といえる、忠治の簀巻が出来上がる。
(畜生。まだ死にたくはねぇ。
こんなところでおしまいとは、俺もまったくついてねぇ。
だが、それもまた運命だ。
ああ・・・死ぬ前にもういちど、お町に会いてぇな。
女房のお鶴にも会いてぇ・・・
だがそれもこうなっちゃ、かなわぬ夢になっちまったな・・・)
忠治がすっかり覚悟を決める。
両目を閉じた忠治を、男たちが担ぎ上げる。
船問屋から急流で知られる利根川は、すぐ目と鼻の先を流れている。
「どうしたい、いってぇ?。たいそうな騒ぎじゃねぇか?」
「あ。こいつは、福田屋の親分さん。
どうもみなさんには、みっともねぇところをお見せしやした。
いやもう騒ぎのほうは、すっかり片付きやした。
見た通り、こいつを川へ流してしまえば、万事それで終わりです。
どうぞ部屋へ戻り、遊びをつづけてくだせぇ」
「そうかい。片付いたかい、そいつはよかった」
福田屋の親分と呼ばれた男が、ぐるぐる巻きにされた忠治の顔を覗き込む。
忠治も、福田屋の親分の話は聞いたことが有る。
たしか、紋次親分の兄弟衆のひとりだ。
むかし。福田屋の親分は、大前田英五郎と肩を並べる侠客だった。
英五郎が久宮一家の先代を闇討ちしたとき、助太刀を買って出たのもこの男だ。
そのため。英五郎とともに国越えをしたが、玉村の佐重郎の仲介のおかげで、
一足先に国に戻る事ができた。
いまは故郷の前橋で、福田屋という旅籠をかまえて十手も預かっている。
福田屋の鋭い目が、忠治の顔を覗き込む。
「おう、若いの。その様子じゃ、すっかり往生を決めたようだな。
その若さですべてを捨てて、死ぬ覚悟を決めるとはいい根性だ。
もう一度だけ聞く。おめえはいったい、どこの何者だ」
福田屋の鋭い目が、腫れあがり、ふさがりかけている忠治の目を覗き込む。
「誰でもねぇ。おれは武州無宿の、忠次郎ってもんだ。
三下にもなれねぇ、中途半端な男だ」
忠治が小さな声で、言い捨てる。
(64)へつづく
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