忠治が愛した4人の女 (54)
第四章 お町ふたたび ⑥
「ほら。
やっぱりあんたは、大ウソつきだ。
やっぱりあんたが、本物の忠治じゃないのさ!。
あたし。ウソを言う男は大嫌い。ふん、なにさ!」
木崎宿の飯盛り女、おとらが頬をふくらませて怒っている。
女郎宿へ通い始めて2年。忠治は決まって必ず、おとらを指名する。
「おめえが勝手に勘違いしたんだ。
国定村の忠治は、身の丈が、6尺あると思い込んでいた。
1尺足らねえ俺がいくら本人だと言っても、おめえは信用しなかっただろう」
「ねぇ。あたしの故郷、出雲崎へ行ってきたんだって?」
「おう。真冬の日本海を見てきた。すげぇところだ、吹きっさらしで。
灰色の海に、毎日、真っ白い雪が舞い落ちる。
あんな寒いところで育ったんだ。おめえもずいぶん、苦労しただろう」
「おあいにくさま。いまのほうが苦労しています、あたしは。
五惇堂のお内儀さんをしていたお町という女を、お妾さんにしたんだって?」
「なんでぇ。誰に聞いた、そんな話を?」
「誰だっていいじゃないの。ねぇ、お嫁さんのお鶴さんはどうすんのさ?」
「お鶴はお鶴だ。どうもこうもねぇ、嫁のまんまだ」
「自宅に本妻のお鶴さん。田部井村にお妾のお町さん。
木崎の女郎宿に、このわたし。
あんたも大変だねぇ、3ヵ所に女が居ると身体を休めるひまがなくてさ」
「うるせぇ。おおきなお世話だ。
文句が有るのなら、2度と来ねぇぞ、このあばた」
「何言ってんの。あばたもえくぼと昔から言うでしょ。
本当はわたしにしんそこ惚れているくせに、いまさらワルぶっても無駄です。
ホント。往生際が悪いんだから、あんたって人も」
「勝手にしろ、このばか女・・・」
嫁のお鶴はすでに、お町の存在に気がついている。
忠治が、田部井村にいるお町に会いに行っていることも承知している。
しかし。取り乱すわけではない。別れてくれとも言い出さない。
素知らぬ顔のまま、いつものように母とともに日々の仕事に精を出している。
お鶴は、そういう女だ。
しかし。忠治の気持ちは複雑だ。
お鶴と別れお町といっしょになりたいと思っているが、現実がそれを許さない。
母親をささえているお鶴に「別れてくれ」とは言いだせない。
長岡家の養蚕の仕事は忙しい。
10人近い女たちをひとつにまとめ、蚕を飼い、繭を生産する。
出来上がった繭から生糸を引く。それは女たちの仕事だ。
それだけではない。
売れ残ったくず糸を使い、太絹を織りあげる。それもまた女たちの仕事だ。
上州の女たちは夜も寝ないで、せっせと絹を織りあげる。
お町はお鶴のように母と一緒に、養蚕や機織りに精を出すような女ではない。
忠治としても、お町にそんなことはさせるつもりはない。
そのうち一家をはったとき。
お町に姐御になってもらいたいと、勝手に、都合のよいことを考えている。
2人の女の間に入り、上手に機嫌を取りながら、ときどき女郎宿で気持ちを休める。
たまにやって来る忠治を、おとらはいつも口を尖らせて出迎える。
「あたしはいつだって、都合のいい女なんでしょ、あんたにとって」
と必ず口にする。
それがおとらの、毎度毎度の口癖だ。
(55)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中です
第四章 お町ふたたび ⑥
「ほら。
やっぱりあんたは、大ウソつきだ。
やっぱりあんたが、本物の忠治じゃないのさ!。
あたし。ウソを言う男は大嫌い。ふん、なにさ!」
木崎宿の飯盛り女、おとらが頬をふくらませて怒っている。
女郎宿へ通い始めて2年。忠治は決まって必ず、おとらを指名する。
「おめえが勝手に勘違いしたんだ。
国定村の忠治は、身の丈が、6尺あると思い込んでいた。
1尺足らねえ俺がいくら本人だと言っても、おめえは信用しなかっただろう」
「ねぇ。あたしの故郷、出雲崎へ行ってきたんだって?」
「おう。真冬の日本海を見てきた。すげぇところだ、吹きっさらしで。
灰色の海に、毎日、真っ白い雪が舞い落ちる。
あんな寒いところで育ったんだ。おめえもずいぶん、苦労しただろう」
「おあいにくさま。いまのほうが苦労しています、あたしは。
五惇堂のお内儀さんをしていたお町という女を、お妾さんにしたんだって?」
「なんでぇ。誰に聞いた、そんな話を?」
「誰だっていいじゃないの。ねぇ、お嫁さんのお鶴さんはどうすんのさ?」
「お鶴はお鶴だ。どうもこうもねぇ、嫁のまんまだ」
「自宅に本妻のお鶴さん。田部井村にお妾のお町さん。
木崎の女郎宿に、このわたし。
あんたも大変だねぇ、3ヵ所に女が居ると身体を休めるひまがなくてさ」
「うるせぇ。おおきなお世話だ。
文句が有るのなら、2度と来ねぇぞ、このあばた」
「何言ってんの。あばたもえくぼと昔から言うでしょ。
本当はわたしにしんそこ惚れているくせに、いまさらワルぶっても無駄です。
ホント。往生際が悪いんだから、あんたって人も」
「勝手にしろ、このばか女・・・」
嫁のお鶴はすでに、お町の存在に気がついている。
忠治が、田部井村にいるお町に会いに行っていることも承知している。
しかし。取り乱すわけではない。別れてくれとも言い出さない。
素知らぬ顔のまま、いつものように母とともに日々の仕事に精を出している。
お鶴は、そういう女だ。
しかし。忠治の気持ちは複雑だ。
お鶴と別れお町といっしょになりたいと思っているが、現実がそれを許さない。
母親をささえているお鶴に「別れてくれ」とは言いだせない。
長岡家の養蚕の仕事は忙しい。
10人近い女たちをひとつにまとめ、蚕を飼い、繭を生産する。
出来上がった繭から生糸を引く。それは女たちの仕事だ。
それだけではない。
売れ残ったくず糸を使い、太絹を織りあげる。それもまた女たちの仕事だ。
上州の女たちは夜も寝ないで、せっせと絹を織りあげる。
お町はお鶴のように母と一緒に、養蚕や機織りに精を出すような女ではない。
忠治としても、お町にそんなことはさせるつもりはない。
そのうち一家をはったとき。
お町に姐御になってもらいたいと、勝手に、都合のよいことを考えている。
2人の女の間に入り、上手に機嫌を取りながら、ときどき女郎宿で気持ちを休める。
たまにやって来る忠治を、おとらはいつも口を尖らせて出迎える。
「あたしはいつだって、都合のいい女なんでしょ、あんたにとって」
と必ず口にする。
それがおとらの、毎度毎度の口癖だ。
(55)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中です