忠治が愛した4人の女 (55)
第四章 お町ふたたび ⑦
伊三郎はあいかわらず、百々一家の縄張りを狙っている。
しかし。いまのところ表立った動きはない。
それでも伊三郎の子分たちが様子をうかがうため、ときどき境の市へやって来る。
だが境の町で騒ぎを起こすことはしない。
そのため。平穏を保ったまま百々一家の賭場は、いつも賑わっている。
紋次親分も子分たちに、伊三郎の縄張りへ入ることを禁じている。
もちろん喧嘩も禁じている。
客人としてやってきた忠治も、いつの間にか紋次親分の子分になっている。
騒ぎが起きるたび、忠治は文蔵といっしょに飛びだしていく。
縄張り内で発生するもめ事には、きりがない。
絹市の取引をめぐっておきるいざこざ。酒の席での喧嘩騒ぎ。
すりや盗人。ゆすり、たかり。果ては、痴話げんかしている夫婦の仲裁まで、
騒ぎが起これば、2人はすぐさま駆けつける。
そうした騒ぎをおさめ、解決することが主な仕事だ。
騒ぎをおさめれば、それなりの礼金ももらえる。
騒ぎが起きれば誰よりも早く、2人はそうした現場へ駆けつけた。
絹市が立つのは、二日、七日、十二日、十七日、二十七日の計6回。
順番に、西の上市。中央の中市。東の下市と市が立つ。
百々一家の賭場もそれに順じて、上・中・下とひらかれていく。
上町では煮売茶屋「伊勢屋」の2階。仲町は、質屋「佐野屋」の離れ。
下町では煮売茶屋「大黒屋」の2階で賭場がひらかれる。
忠治と文蔵は、新五郎の配下に回された。
新五郎はいつも、上市の伊勢屋の賭場に詰めている。
代貸しの新五郎が、客の銭を、賭場の駒札(こまふだ)に替える。
中盆(なかぼん)は周吉。この男が、丁半の駒札を揃えて勝負を進行させる。
駒が揃うと淵名(ふちな)村の岩吉が、勝負の壷(つぼ)を振る。
忠治と文蔵は、賭場ではまだ、ただの下っ端に過ぎない。
客のためにお茶を出す。または煙草盆を客にすすめたり、中盆や壺振りに
言いつけられた雑用をせっせとこなす。
手入れがあったとき。真っ先に客を逃がすもの下っ端の大事な仕事だ。
下っ端はまず、雲助専用の賭場で経験を積む。
雲助たちを相手に、壺を振る。
素人衆に安全に遊んでもらうためだ。そのためにまず、雲助たちの賭場で修行する。
雲助たちは気が荒い。すぐにカッとする。ささいなことで暴れ出す。
果てには、負ければ銭も払わず夜逃げしてしまう。
そうした連中をうまく扱えないと、とてもではないが賭場で一人前とは言えない。
文蔵と忠治は汗臭い人足部屋で、毎日毎日、修行のための壺をふった。
ある日のこと。文蔵が、人足部屋で壺をふっているときだった。
「兄貴・・・文蔵の兄貴。ちょっと」と三下の清蔵が、暗い顔で入り口にあらわれた。
「なんでぇ、どうした急用か?」文蔵が立ち上がり、表へ出ていく。
文蔵の耳に清三が、なにやら小さな声でささやく。
「なんだってぇ!・・・」話を聞き終えた文蔵の顔色が、変わる。
「本当かよ。それが本当なら一大事だ。
おい、忠治。のんびり壺なんかふっている場合じゃねぇ。
組の中で、一大事が勃発した!」
「なんでぇ、血相を変えて?。何がどうした。
殴り込みか?、それともどこかで、喧嘩でもおっぱじまったか?」
「裏切り者が出た。それも、代貸したちが裏切りやがった。
悪いが今日の賭場は、これでおひらきだ」
「そういう事情じゃ仕方がねぇ。悪いなぁみんな。
今日の賭場はこれで終わりにするぜ。
だが、こっちの都合で勝手にうちきりだ。
テラ銭は全部、ここへ置いて行くから、別に文句はねえだろう」
あわてて忠治も立ち上がる。
賭場をあずかっている代貸しが裏切ったとなると、これはただ事ではない。
三下の清蔵は、佐野屋で賭場を仕切っている啓蔵の手下だ。
ということは、紋次一家の大黒柱のひとり、代貸しの啓蔵が裏切ったということなる。
「まさか、そんなバカなことが起こるなんて・・・」
忠治の胸があやしく騒ぎはじめる。
(56)へつづく
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第四章 お町ふたたび ⑦
伊三郎はあいかわらず、百々一家の縄張りを狙っている。
しかし。いまのところ表立った動きはない。
それでも伊三郎の子分たちが様子をうかがうため、ときどき境の市へやって来る。
だが境の町で騒ぎを起こすことはしない。
そのため。平穏を保ったまま百々一家の賭場は、いつも賑わっている。
紋次親分も子分たちに、伊三郎の縄張りへ入ることを禁じている。
もちろん喧嘩も禁じている。
客人としてやってきた忠治も、いつの間にか紋次親分の子分になっている。
騒ぎが起きるたび、忠治は文蔵といっしょに飛びだしていく。
縄張り内で発生するもめ事には、きりがない。
絹市の取引をめぐっておきるいざこざ。酒の席での喧嘩騒ぎ。
すりや盗人。ゆすり、たかり。果ては、痴話げんかしている夫婦の仲裁まで、
騒ぎが起これば、2人はすぐさま駆けつける。
そうした騒ぎをおさめ、解決することが主な仕事だ。
騒ぎをおさめれば、それなりの礼金ももらえる。
騒ぎが起きれば誰よりも早く、2人はそうした現場へ駆けつけた。
絹市が立つのは、二日、七日、十二日、十七日、二十七日の計6回。
順番に、西の上市。中央の中市。東の下市と市が立つ。
百々一家の賭場もそれに順じて、上・中・下とひらかれていく。
上町では煮売茶屋「伊勢屋」の2階。仲町は、質屋「佐野屋」の離れ。
下町では煮売茶屋「大黒屋」の2階で賭場がひらかれる。
忠治と文蔵は、新五郎の配下に回された。
新五郎はいつも、上市の伊勢屋の賭場に詰めている。
代貸しの新五郎が、客の銭を、賭場の駒札(こまふだ)に替える。
中盆(なかぼん)は周吉。この男が、丁半の駒札を揃えて勝負を進行させる。
駒が揃うと淵名(ふちな)村の岩吉が、勝負の壷(つぼ)を振る。
忠治と文蔵は、賭場ではまだ、ただの下っ端に過ぎない。
客のためにお茶を出す。または煙草盆を客にすすめたり、中盆や壺振りに
言いつけられた雑用をせっせとこなす。
手入れがあったとき。真っ先に客を逃がすもの下っ端の大事な仕事だ。
下っ端はまず、雲助専用の賭場で経験を積む。
雲助たちを相手に、壺を振る。
素人衆に安全に遊んでもらうためだ。そのためにまず、雲助たちの賭場で修行する。
雲助たちは気が荒い。すぐにカッとする。ささいなことで暴れ出す。
果てには、負ければ銭も払わず夜逃げしてしまう。
そうした連中をうまく扱えないと、とてもではないが賭場で一人前とは言えない。
文蔵と忠治は汗臭い人足部屋で、毎日毎日、修行のための壺をふった。
ある日のこと。文蔵が、人足部屋で壺をふっているときだった。
「兄貴・・・文蔵の兄貴。ちょっと」と三下の清蔵が、暗い顔で入り口にあらわれた。
「なんでぇ、どうした急用か?」文蔵が立ち上がり、表へ出ていく。
文蔵の耳に清三が、なにやら小さな声でささやく。
「なんだってぇ!・・・」話を聞き終えた文蔵の顔色が、変わる。
「本当かよ。それが本当なら一大事だ。
おい、忠治。のんびり壺なんかふっている場合じゃねぇ。
組の中で、一大事が勃発した!」
「なんでぇ、血相を変えて?。何がどうした。
殴り込みか?、それともどこかで、喧嘩でもおっぱじまったか?」
「裏切り者が出た。それも、代貸したちが裏切りやがった。
悪いが今日の賭場は、これでおひらきだ」
「そういう事情じゃ仕方がねぇ。悪いなぁみんな。
今日の賭場はこれで終わりにするぜ。
だが、こっちの都合で勝手にうちきりだ。
テラ銭は全部、ここへ置いて行くから、別に文句はねえだろう」
あわてて忠治も立ち上がる。
賭場をあずかっている代貸しが裏切ったとなると、これはただ事ではない。
三下の清蔵は、佐野屋で賭場を仕切っている啓蔵の手下だ。
ということは、紋次一家の大黒柱のひとり、代貸しの啓蔵が裏切ったということなる。
「まさか、そんなバカなことが起こるなんて・・・」
忠治の胸があやしく騒ぎはじめる。
(56)へつづく
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