忠治が愛した4人の女 (72)
第五章 誕生・国定一家 ⑥
襲名披露の朝がやって来た。
境宿の旅籠は各地からやって来た親分衆たちで、朝から賑わっている。
そのせいだろうか。普段は大きな顔をして歩いている伊三郎の子分たちの姿が
今日はだれひとり見当たらない。
集まったのは八寸村の七兵衛。川田村の源蔵。玉村宿の佐重郎。
伊勢崎町の半兵衛。栄五郎の実兄で、大前田一家の親分である要吉。太田宿の与左衛門。
大笹村の寅五郎。木崎宿の孝兵衛。島村の伊三郎も顔をそろえた。
武州から藤久保の重五郎と、兄貴分の高萩の万次郎もやって来た。
木崎宿の孝兵衛親分と連れ添って現れた伊三郎は、新五郎の一件などは、
すっかり忘れたような顔をしている。
忠治のことを、「若いが、しっかりした親分だ」と褒めたたえた。
伊三郎が、5両の祝儀を置いて帰っていく。
忠治にしてみれば、そんな金は欲しくなかった。
しかし。亡くなった新五郎とお仙の香典だと思い、素直に受け取った。
祝儀の額を公表したわけではない。
だがいつの間にか、伊三郎の祝儀の額が宿場の中で噂になった。
伊三郎の親分は太っ腹だという噂が、ひろがっていく。
噂の出所は、伊三郎本人だった。
5両も出せば忠治が驚いて腰を抜かすだろうと、伊三郎はタカをくくっていた。
だが5両の祝儀をくれたのは、伊三郎だけではない。
大前田の要吉親分は忠治と初対面にもかかわらず、8両の祝儀をくれた。
介添え人の福田の親分は、10両の大金を忠治にくれた。
忠次は親分衆たちが見守る中。
紋次親分から、駒札と家宝の三尺近くもある長脇差を譲り受けた。
22歳の若さで百々一家の二代目を、堂々と襲名した。
晴れて百々一家の親分になった忠次だが、子分の数はすくない。
三ツ木の文蔵。保泉(ほずみ)の久次郎。山王道(さんのうどう)の民五郎。茂呂(もろ)の孫蔵。
八寸(はちす)の才市の5人と、三下奴の宇之吉と、上中(かみなか)の清蔵の2人。
客人の円蔵を入れても、たったの8人。
これでは、戦(いくさ)にもならない。
忠治が幼なじみたちに声をかける。
国定村の清五郎。曲沢(まがりさわ)村の富五郎。五目牛(ごめうし)村の千代松。
田部井村の又八。国定村の次郎の5人を子分に迎える。
嘉藤太(かとうた)も子分になると言ったが、お町の兄を子分にするわけにいかない。
兄弟分の盃を交わすことで、話がまとまった。
15人の子分が集まったことで、二代目・百々一家の士気があがる。
さっそく伊三郎一家へ殴り込みに行こうと盛り上がる一同を、円蔵が止める。
「止めるな、軍師の円蔵さん。
これだけの顔ぶれがそろったんだ。数は少ないが少数精鋭だ。
寝込みを襲えば伊三郎なんざ、いちころだ」
「文蔵の兄貴。戦(いくさ)を甘く見ちゃいけねぇ。
戦をするからには負けは許されねぇ。ぜったい勝たなくちゃいけねんだ」
「小難しい理屈なんか、どうでもいい。
伊三郎の首さえとれば、島村一家なんかおしまいだ。
取り上げられたシマも含めて、全部のシマが、二代目・百々一家のモノになる」
「甘いな、お前さんは。
伊三郎が殺されて、島村一家のおおぜいの子分が黙っていると思うか?。
おめえらが国越えしているあいだに、御隠居が殺される。
旅から返ってくる頃には、境の宿はぜんぶ、島村一家のものになっているだろう」
「なんでそんな事がわかるんでぇ、おめえには?」
「ものには順序がある。
まずは敵を、良く知らなきゃならねぇ。
この中でいま伊三郎が、どこで何をしているか、知っている奴がいるか?。
一家の奥座敷に居るか。妾のところに居るのか。
伊三郎の居場所を正確に知っている者が、この中にひとりでもいるか?。
居場所すら分からないのに、いったい何ができるっていうんだ。
そんなことじゃ絶対に無理だ。戦には勝てねぇ。
動くにゃ、まだまだ時期が早すぎる」
(73)へつづく
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第五章 誕生・国定一家 ⑥
襲名披露の朝がやって来た。
境宿の旅籠は各地からやって来た親分衆たちで、朝から賑わっている。
そのせいだろうか。普段は大きな顔をして歩いている伊三郎の子分たちの姿が
今日はだれひとり見当たらない。
集まったのは八寸村の七兵衛。川田村の源蔵。玉村宿の佐重郎。
伊勢崎町の半兵衛。栄五郎の実兄で、大前田一家の親分である要吉。太田宿の与左衛門。
大笹村の寅五郎。木崎宿の孝兵衛。島村の伊三郎も顔をそろえた。
武州から藤久保の重五郎と、兄貴分の高萩の万次郎もやって来た。
木崎宿の孝兵衛親分と連れ添って現れた伊三郎は、新五郎の一件などは、
すっかり忘れたような顔をしている。
忠治のことを、「若いが、しっかりした親分だ」と褒めたたえた。
伊三郎が、5両の祝儀を置いて帰っていく。
忠治にしてみれば、そんな金は欲しくなかった。
しかし。亡くなった新五郎とお仙の香典だと思い、素直に受け取った。
祝儀の額を公表したわけではない。
だがいつの間にか、伊三郎の祝儀の額が宿場の中で噂になった。
伊三郎の親分は太っ腹だという噂が、ひろがっていく。
噂の出所は、伊三郎本人だった。
5両も出せば忠治が驚いて腰を抜かすだろうと、伊三郎はタカをくくっていた。
だが5両の祝儀をくれたのは、伊三郎だけではない。
大前田の要吉親分は忠治と初対面にもかかわらず、8両の祝儀をくれた。
介添え人の福田の親分は、10両の大金を忠治にくれた。
忠次は親分衆たちが見守る中。
紋次親分から、駒札と家宝の三尺近くもある長脇差を譲り受けた。
22歳の若さで百々一家の二代目を、堂々と襲名した。
晴れて百々一家の親分になった忠次だが、子分の数はすくない。
三ツ木の文蔵。保泉(ほずみ)の久次郎。山王道(さんのうどう)の民五郎。茂呂(もろ)の孫蔵。
八寸(はちす)の才市の5人と、三下奴の宇之吉と、上中(かみなか)の清蔵の2人。
客人の円蔵を入れても、たったの8人。
これでは、戦(いくさ)にもならない。
忠治が幼なじみたちに声をかける。
国定村の清五郎。曲沢(まがりさわ)村の富五郎。五目牛(ごめうし)村の千代松。
田部井村の又八。国定村の次郎の5人を子分に迎える。
嘉藤太(かとうた)も子分になると言ったが、お町の兄を子分にするわけにいかない。
兄弟分の盃を交わすことで、話がまとまった。
15人の子分が集まったことで、二代目・百々一家の士気があがる。
さっそく伊三郎一家へ殴り込みに行こうと盛り上がる一同を、円蔵が止める。
「止めるな、軍師の円蔵さん。
これだけの顔ぶれがそろったんだ。数は少ないが少数精鋭だ。
寝込みを襲えば伊三郎なんざ、いちころだ」
「文蔵の兄貴。戦(いくさ)を甘く見ちゃいけねぇ。
戦をするからには負けは許されねぇ。ぜったい勝たなくちゃいけねんだ」
「小難しい理屈なんか、どうでもいい。
伊三郎の首さえとれば、島村一家なんかおしまいだ。
取り上げられたシマも含めて、全部のシマが、二代目・百々一家のモノになる」
「甘いな、お前さんは。
伊三郎が殺されて、島村一家のおおぜいの子分が黙っていると思うか?。
おめえらが国越えしているあいだに、御隠居が殺される。
旅から返ってくる頃には、境の宿はぜんぶ、島村一家のものになっているだろう」
「なんでそんな事がわかるんでぇ、おめえには?」
「ものには順序がある。
まずは敵を、良く知らなきゃならねぇ。
この中でいま伊三郎が、どこで何をしているか、知っている奴がいるか?。
一家の奥座敷に居るか。妾のところに居るのか。
伊三郎の居場所を正確に知っている者が、この中にひとりでもいるか?。
居場所すら分からないのに、いったい何ができるっていうんだ。
そんなことじゃ絶対に無理だ。戦には勝てねぇ。
動くにゃ、まだまだ時期が早すぎる」
(73)へつづく
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