落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (66)       第四章 お町ふたたび ⑱

2016-10-19 17:21:18 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (66)
      第四章 お町ふたたび ⑱




 おとらが旅籠の中を駆けまわり、軟膏を集めてきた。
筑波山の名物、がまの油まで入っている。


 がまの油は、大坂夏の陣に徳川方として従軍した筑波山・中善寺の
住職光誉上人がもちいていた陣中薬。
後年。そのガマの油が、なぜか路上で販売されるようになる。
行者風の衣装をまとった香具師が、綱渡りなどの芸で客を寄せたあと、
霊山・筑波でしか捕獲できない「四六のガマ」から、油をしぼり取る方法を語る。


 香具師は、ガマの油は万能だと語る。
止血作用があることを示すため、刀を手に持つ。
刀には仕掛けがしてある。切っ先だけがよく切れるようになっている。
和紙を手にとる。「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚」と
徐々に小さく切っていく。



 小さくなった紙片を、紙吹雪にして吹き飛ばす。
刀の切れ味を見せつけたあと、切れない部分を使って自分の腕を切る。
腕には血糊が塗ってある。これで切り傷があらわれる。
切り傷にガマの油をつける。たちまちのうちに血が消えて、傷が見事に治る。
ガマの油の止血効果を、このようにして客に見せつける。



 「ばかやろう。切り傷じゃねぇ、打ち身だ。おれの怪我は!」


 暴れる忠治を、おとらが上から押さえつける。
身動きできなくなった忠治の全身に、おとらがガマの油を塗りつける。


 「ガマの油の効能は、先ず第一に火傷。アカギレ。霜焼の妙薬。
 切傷、出痔、いぼ痔、走り痔、脱肛、打ち身、くじき、はれものに効くとあります。
 それだけではありませぬ。
 大の男が七転八倒転がって苦しむ虫歯の痛みも、ピタリと止まるそうです。
 まだまだあります。
 赤ん坊の汗疹、カブレ、おむつのタダレなどには、ガマの油の空箱や、
 つぶれた箱を見せただけで、ピタリと止まるそうです」


 「おいおい。まるっきり香具師の口上じゃねぇか、そいつは。
 そんなもんにガマの油が効いたら、誰も苦労なんかしないぜ・・・うん?」


 「どうしたの。あんた?」



 「いや、なんだか変だなぁ。あそこが急にモソモソしてきたぞ」

 
 「あら、やだ。全身傷だらけだというのに、とつぜん元気になったわね。
 うふふ、この子ったら」


 「バカやろう。おめえのせいだ。
 よせばいいのに、余計なところまでガマの油を塗るから、こうなるんだ!」


 「いいじゃない。それだけクスリの効き目が有るという証でしょ。
 ね。どうすんの、これ。こんなに元気になっちゃって・・・」


 「ガマの油に、こんな効能が有るとはしらなかった。
 よせよ、おい。触れば触るほど、ますます元気になっちまうじゃねぇか!。
 責任をとれよ、このすけべ女」


 「どうせ私は、すけべな女です。
 美人で知られるお町さんや、働き者のお鶴さんには逆立ちしても勝てません。
 でもね。布団の中なら、お2人さんに負けません。うふふ」


 立ち上がったおとらが、いきなり、はらりと帯を解く。
はだけた着物から、雪のような白い肌と、赤いけだしがちらりと覗く。
おとらが、もどかしそうに赤いけだしの紐に手をかける。



 「帰さないわよ、傷が治るまでの、とうぶんの間・・・」
うふふと笑ったおとらが、赤いけだしをはらりと畳へ落とす。


 第四章 お町ふたたび 完

 
 (67)へつづく



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