忠治が愛した4人の女 (60)
第四章 お町ふたたび ⑫
いきり立つ文蔵の肩を、代貸が抑える。
「いいか。伊三郎の狙いは、俺たち百々一家をつぶすことだ。
おめえが伊三郎の子分を斬れば、待ってましたとばかり、ここへやって来る。
とうぜん、おめえは捕まる。
江戸送りにされる。もちろん、まちがいなく獄門だ。
おめえが旅に出て不在なら、代わりに誰かをしょっ引いて行く。
誰が捕まったにしろ、銭を積まなきゃ放しちゃもらえねえ。
首代は、30両。
だが伊三郎のやつは、30両じゃ納得しないだろう。
捕まえた誰か一人を、見せしめとして江戸へおくる。
それだけじゃねぇ。
難癖をつけて、次から次へ捕まえ、最後に残った伊勢屋の賭場も取り上げる。
そいつが伊三郎の本当の狙いだ。
奴の魂胆は、百々一家から境の宿を、根こそぎ奪い取ることだ」
「畜生。伊三郎の野郎め。それじゃ俺たちは、どうしたらいいんでぇ!」
よほど悔しいのだろう、文蔵がドンドンと地団駄を踏む。
「無駄に動くんじゃねぇ。今はただ、我慢するしかねぇ。
何をされても、じっと耐えて我慢することだ。
残った伊勢屋の賭場を守り抜くことが、俺たちのいまの仕事だ」
「いってぇ、いつまで我慢すれば、いいんですかい?」
「そいつは俺に分からねぇ。
文蔵だけじゃねぇ。
ここにいるおめえら全員、くれぐれも軽はずみな真似をするんじゃねぇぞ。
伊三郎の術中にはまることになる。
紋次親分は、きっとそんな風に考えている。俺も親分とおんなじ考えだ。
血気にはやるんじゃねぇぞ、忠治。なぁ文蔵」
代貸の新五郎が、怖い顏でじろりと2人を睨む。
忠治と文蔵はまったく納得がいかない。しかしそれでも、しぶしぶ同意する。
このときは、それで収まった。
しかし。いつまでもじっと我慢していられる2人ではない。
日が経つ中、忠治と文蔵が水面下で動きはじめる。
木崎の女郎宿へ遊びに行くと言い捨てて、ふらりと百々一家を出る。
その実。三ツ木村の文蔵の家で、ひそかに旅人姿に着替える。
手ぬぐいで顔を隠す。
そのまま島村一家の縄張りに乗り込んでいく。
2人は、賭場荒らしはじめる。
百々村から比較的遠い、利根川の向こう側。武州の中瀬河岸から手を付けた。
2人だけなので、大きな賭場は狙えない。
伊三郎の子分たちがひらいている小さな賭場を、ひとつずつ狙っていく。
小さな賭場とはいえ、素人衆たちがひらいている賭場より多額の金が動いている。
失敗することは許されない。
捕まれば2人とも簀巻にされて、そのまま利根川へ放り込まれてしまう。
中瀬河岸で一回。前島河岸で一回とどちらの賭場荒らしもうまくいく。
これで2人が味をしめる。
「伊三郎の子分どもは、腰抜けだ」とふたたび中瀬河岸へ乗り込んでいく。
梅雨があけたばかりの、蒸し暑い日のことだ。
森の中で蝉が、やかましく鳴いている。
賭場をひらいていそうなところを物色していくが、警戒を強めたのか、
この日はどこにも、子分たちの姿が見えない。
「おかしいなぁ。今日は見当たらねぇぞ・・・」
森をあきらめた2人が、街道へ戻る。
そのまま、島村の宿へ向かってまっすぐ歩いて行く。
賭場荒らしは不発に終わった。だがこのまま帰る気分になれなかった。
島村は、3大養蚕地のひとつ。
利根川の流れに沿った広い一帯に、多くの養蚕農家が点在している。
利根川が氾濫した時。
大量の水とともに、肥沃な土がこの一帯へ流れ込む。
クワの木が良く育つ肥沃な土地は、利根川の氾濫がもたらしたものだ。
ここはまた、江戸までの水運に恵まれている。
上州の各地で生産された繭や生糸、コメや麦などが集まって来る。
大量輸送を可能にする、江戸までつづく大きな河、それが利根川だ。
したがって利根川に面した河岸は、どこの河岸でも、たいへんな賑わいを見せている。
(61)へつづく
おとなの「上毛かるた」更新中
第四章 お町ふたたび ⑫
いきり立つ文蔵の肩を、代貸が抑える。
「いいか。伊三郎の狙いは、俺たち百々一家をつぶすことだ。
おめえが伊三郎の子分を斬れば、待ってましたとばかり、ここへやって来る。
とうぜん、おめえは捕まる。
江戸送りにされる。もちろん、まちがいなく獄門だ。
おめえが旅に出て不在なら、代わりに誰かをしょっ引いて行く。
誰が捕まったにしろ、銭を積まなきゃ放しちゃもらえねえ。
首代は、30両。
だが伊三郎のやつは、30両じゃ納得しないだろう。
捕まえた誰か一人を、見せしめとして江戸へおくる。
それだけじゃねぇ。
難癖をつけて、次から次へ捕まえ、最後に残った伊勢屋の賭場も取り上げる。
そいつが伊三郎の本当の狙いだ。
奴の魂胆は、百々一家から境の宿を、根こそぎ奪い取ることだ」
「畜生。伊三郎の野郎め。それじゃ俺たちは、どうしたらいいんでぇ!」
よほど悔しいのだろう、文蔵がドンドンと地団駄を踏む。
「無駄に動くんじゃねぇ。今はただ、我慢するしかねぇ。
何をされても、じっと耐えて我慢することだ。
残った伊勢屋の賭場を守り抜くことが、俺たちのいまの仕事だ」
「いってぇ、いつまで我慢すれば、いいんですかい?」
「そいつは俺に分からねぇ。
文蔵だけじゃねぇ。
ここにいるおめえら全員、くれぐれも軽はずみな真似をするんじゃねぇぞ。
伊三郎の術中にはまることになる。
紋次親分は、きっとそんな風に考えている。俺も親分とおんなじ考えだ。
血気にはやるんじゃねぇぞ、忠治。なぁ文蔵」
代貸の新五郎が、怖い顏でじろりと2人を睨む。
忠治と文蔵はまったく納得がいかない。しかしそれでも、しぶしぶ同意する。
このときは、それで収まった。
しかし。いつまでもじっと我慢していられる2人ではない。
日が経つ中、忠治と文蔵が水面下で動きはじめる。
木崎の女郎宿へ遊びに行くと言い捨てて、ふらりと百々一家を出る。
その実。三ツ木村の文蔵の家で、ひそかに旅人姿に着替える。
手ぬぐいで顔を隠す。
そのまま島村一家の縄張りに乗り込んでいく。
2人は、賭場荒らしはじめる。
百々村から比較的遠い、利根川の向こう側。武州の中瀬河岸から手を付けた。
2人だけなので、大きな賭場は狙えない。
伊三郎の子分たちがひらいている小さな賭場を、ひとつずつ狙っていく。
小さな賭場とはいえ、素人衆たちがひらいている賭場より多額の金が動いている。
失敗することは許されない。
捕まれば2人とも簀巻にされて、そのまま利根川へ放り込まれてしまう。
中瀬河岸で一回。前島河岸で一回とどちらの賭場荒らしもうまくいく。
これで2人が味をしめる。
「伊三郎の子分どもは、腰抜けだ」とふたたび中瀬河岸へ乗り込んでいく。
梅雨があけたばかりの、蒸し暑い日のことだ。
森の中で蝉が、やかましく鳴いている。
賭場をひらいていそうなところを物色していくが、警戒を強めたのか、
この日はどこにも、子分たちの姿が見えない。
「おかしいなぁ。今日は見当たらねぇぞ・・・」
森をあきらめた2人が、街道へ戻る。
そのまま、島村の宿へ向かってまっすぐ歩いて行く。
賭場荒らしは不発に終わった。だがこのまま帰る気分になれなかった。
島村は、3大養蚕地のひとつ。
利根川の流れに沿った広い一帯に、多くの養蚕農家が点在している。
利根川が氾濫した時。
大量の水とともに、肥沃な土がこの一帯へ流れ込む。
クワの木が良く育つ肥沃な土地は、利根川の氾濫がもたらしたものだ。
ここはまた、江戸までの水運に恵まれている。
上州の各地で生産された繭や生糸、コメや麦などが集まって来る。
大量輸送を可能にする、江戸までつづく大きな河、それが利根川だ。
したがって利根川に面した河岸は、どこの河岸でも、たいへんな賑わいを見せている。
(61)へつづく
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