ブクログより
直木賞にノミネートされましたが残念ながら今回は逃しました。
戦前・戦中・戦後と激動の時代の中で常に最上のものを!という熱い思いを持ち続け、雑誌作りに情熱を傾けた人たちの物語。
そんな話を、主人公が平成の今、老人施設で夢うつつに思い起こしているという設定。
その主人公のもとに、昔につながる人物が訪れ、当時戦争によってあやふやになっていた事実が、感動的に解明するのです。
久々にすがすがしい話を読みました。
無学でも懸命に努力する姿、好きな仕事に対する姿勢、物がないという事実に協力し合い助け合う、昭和のその特殊な時代を懸命に生き抜いた人々の姿に感銘を覚えます。
彼方の友へ / 伊吹有喜
☆☆☆☆☆
《加藤兄弟のこと》
先日、古い岳人を読んでいたら、加藤滝男さんの逝去の記事を見つけました。
不謹慎ながら懐かしい気持ちでいっぱいになりました。
滝男さんは、高校の時から谷川岳の岩場でその腕を磨き、1967年にマッターホルン北壁を、69年にはアイガー北壁の山麓から頂上までまっすぐに伸びるルートを開拓されました。(「日本直登ルート」と呼ばれています。)
自ら隊長を務められたその時のパーティーは、ジャパン・エキスパート・クライマーズクラブで、メンバーには今井道子さんや、弟の保男さんなどもおられました。
私には弟の保男さんのほうがなじみ深くて、長身で、甘いマスクというだけでなく、やはり華々しい経歴に惹かれました。
エベレストをネパール、チベット両側からの登頂、エベレスト3シーズン(春・秋・冬)登頂、いずれも世界初という快挙です。
しかし1982年冬季エベレスト登頂を果たした後、下山途中に消息を絶ってしまわれました。
その昔、新田次郎の山岳小説を読み漁っていた時期があり、実在人物を扱ったのも多数あり、加藤兄弟はモデルにはなっていませんが、今井道子さんのモデルの小説を読みそこから加藤兄弟にたどり着いたんだと思います。
今回たまたま久しぶりにお名前を拝見できて、その当時のことがぶわっと思い出されたのでした。
1973年からスイス在住で、山岳ガイドをされていたとか。2020年3月に亡くなられています。
脳溢血で享年76歳とのことです。
山で命を落とすことなく、好きな山に携わる毎日で、良い人生を送られたのではないでしょうか。
もう一つ思い出したことが。新田次郎が亡くなった時のことです。
あ~もうこれでこの人の山岳小説は読めなくなってしまった・・・と大変落胆したことを思いだしました。
今も、新田次郎以上の山岳小説にはめぐり合っていません。