関とおるの鶴岡・山形県政通信

安心して住み続けられる山形県をめざして、住民の暮らし、県政の動き、そして私の考えと活動をお知らせします。

核兵器を無くせ~原水爆禁止世界大会へ鶴岡から~

2008年08月05日 | 平和と民主主義・外交
 4日(月)から原水爆禁止2008年世界大会が始まりました。

 核兵器廃絶・非核平和の日本をめざす、草の根の運動の代表が全国から集結するこの大会には、国連本部から軍縮担当上級代表という役職の方が初めて参加するということで、二年後に予定されるNPT(核不拡散条約再検討会議に向けて、世界の核兵器廃絶の世論と運動を推し進める重要な大会になりそうです。

 鶴岡田川からも10名の方が参加しています。

 私の自宅にも、田川原水協(田川地区原水爆禁止協議会)の方が案内チラシを持って見えられたので、少額の募金をさせていただきました。

 鶴岡田川の代表団には、被爆者の方、戦前生まれの方も参加されています。
 ヒロシマの地はさぞ暑いことでしょう。本当にご苦労さまです。




 

憲法記念日に訴える

2008年05月03日 | 平和と民主主義・外交

  笹山県会議員と鶴岡市議団で、憲法記念日の街頭宣伝をおこないました。

 今年は憲法施行から61年目となりますが、憲法「改正」を指向する国会議員が9割を占め、憲法「改正」を任期中におこなうと宣言した安部内閣が登場、読売新聞を始めとしてマスコミも「改正」を煽るなど、憲法は10年ほど前から激しい攻撃に晒されてきました。
 世論調査でも、「憲法を変えた方が良い」という回答が、「変えない方が良い」を上回る状況が続いてきました。

 しかし、ここ数年、世論調査でも、「憲法守れ」の声が次第に増加し、今年は「改正」の旗を振ってきた読売新聞でも「改正しない方がよい」が15年ぶりに「改正する方が良い」を逆転しました。
 それは、草の根から湧き起こった世論の力によってもたらされたものです。

 2004年6月、ノーベル賞作家の大江健三郎氏や評論家の加藤周一氏ら日本を代表する知識人九氏が呼びかけた「九条の会」が全国津々浦々に結成され、その数七千を超すに至っています。
 鶴岡でも、住職、医師、会社社長などなど、多彩な市民の参加で「鶴岡九条の会」が結成されています。
 
 世論形成に大きな影響力を持つマスコミは、戦後最大とも言えるこの運動をまともに報道していませんが、九条の会の運動がそれでもなお国民世論を動かしてきたことは、まさに草の根からの運動の力です。

 今、鶴岡では、今検討されている「平和都市宣言」の中に「核兵器廃絶」の文言を入れるかどうかが争われています。憲法九条に関わる問題です。
 また、国民健康保険税が納められないために正規の保険証が発行されていない人が1100世帯を超えています。憲法25条が問われています。
 
 現実の生活に憲法を活かす、現実の問題を憲法の理念の方向で解決していく。自分がよって立つところを改めて確認しながら、街頭で訴えました。


戦没者追悼式~追悼と、反省を~

2008年04月24日 | 平和と民主主義・外交
 荘内神社参集殿でおこなわれた「鶴岡市戦没者追悼式」に参加しました。

 献花するご遺族が皆さん相当の高齢となっている姿に、戦後63年の月日の長さを感じましたし、沈痛なその表情からは、これだけの年月を経ても癒されない、肉親を失った悲しみの深さを痛感しました。

 あの戦争によって、鶴岡(旧鶴岡市)でも1千名の市民が戦死したとされています。
 今の市民のご家庭にも、戦死した先祖の遺影が飾られていることは珍しくありません。
 再び悲劇を繰り返してはならない、そのことを市民みんなで胸に刻む日にしたいものだと思いました。


 ところで、今年の追悼式では、最初に「迎魂の儀」、終わりに「送魂の儀」という儀式がおこなわれました。
 何やら宗教的なニオイがプンプンとしていましたが、後で調べてみるとやっぱりそうでした。

 「一般の慰霊とは違い、靖国神社の『慰霊』とは、『招魂』の儀をへて『神霊』と化した『忠魂』を慰めることである。その他一般の慰霊の対象とされる霊は、たとい慰霊祭によって祭られても、それはあくまでも人の霊であり、決して神の霊となることはない。人が神と化することができるのはきわめて稀で、特殊な場合を除いては『招魂』の儀を経て靖国神社に合祀されることによってのみ可能とされている」(大江志乃夫『靖国神社』)。

 あの戦争で国民も悲惨な体験をしましたが、同時に戦争が、アジアの国々に甚大な災厄をもたらした侵略戦争であったという事実を忘れることはできません。
 ところがそうではなく、「お国のため、アジア解放のための聖戦であった」などと主張するのが靖国神社です。
 この靖国神社の思想にもとづく儀礼を戦没者追悼式に持ち込むことは許されません。

 それから、追悼式の後に引き続きおこなわれる、戦没者遺族会大会では、「総理、閣僚等の靖国神社参拝の定着、国立の戦没者追悼施設新設構想断固阻止」などのスローガンが掲げられていましたが、富塚市長はこの会に出席し、挨拶をおこなったようです。
(「戦没者に対する国家補償、遺骨収集等を拡充強化する」などのスローガンは賛成です)

 この件も、いつか問いたださなければなりません。
 真の慰霊と不戦のために。

 


世界と日本の平和を鶴岡から~ワールドピースナウ鶴岡~

2008年03月23日 | 平和と民主主義・外交
 22日(土)、アメリカによるイラク侵略戦争開戦5周年に世界の平和を願う、ワールドピースナウ」がおこなわれ、鶴岡でも駅前広場で集会、近辺でのピースウオークがおこなわれました。

 開戦の日は20日ですが、行動は「参加しやすい日」ということでこの日になったようでした。
 マスコミに知らせるでも無くおこなわれたようで、参加者は60名程度でしたが、労働者(労働組合)、医療関係者、戦争体験者などなど、様々な方からの一言づつのスピーチがあり、平和への思いがヒシヒシと伝わってきました。

 ピースウオークは、天候にも恵まれて、大変気持ちよくおこなわれました。

 日本中でおこなわれたこの行動が、世界の人々の行動と一つとなって、イラクでのアメリカなどによる侵略・抑圧をできるだけ早くやめさせる力になることを願います。
 
 ワールドピースナウHPhttp://www.worldpeacenow.jp/

沖縄での米兵による少女暴行事件

2008年02月15日 | 平和と民主主義・外交

10日(日)に、沖縄で米軍人による少女暴行事件が発生しました。
 私の、体が震えるような怒りを言葉で表現することは控えさせて頂きます。

 一体何度このような事件が繰り返されるのでしょう。
 日本政府の「抗議」と、在日米軍の「綱紀粛正」の言葉に納得する人は希でしょう。

 「若い男が沢山いれば、問題を起こすヤツも出てくる」という話ではありません。
 沖縄復帰が日本に復帰して以後の30数年の間に、沖縄で五千件(全国で七千件)を超える米兵の犯罪が発生し、その一割以上は殺人や暴行などの凶悪犯罪だと言います。

 沖縄の米軍は、イラク戦争を始めとして世界の戦場(しかも、不正義の侵略戦争です)に送り込まれる部隊、平気で人が殺せるように日々訓練された「殺人マシーン」であるとともに、送り込まれた先で命を落とすかも知れない追い詰められた人間の集団です。

 また、在日米軍は、犯罪を起こしても、公務中であれば第一次裁判権が米側にあるなど、「日米地位協定」でさまざまな特権が与えられています。
 
 このように、異常な集団である「軍隊」を抱え込み、それに特権を与えて厚遇するということが、日米軍事同盟体制の一部である訳です。

 早く無くしたい、日米軍事同盟、在日米軍基地、アメリカの侵略戦争と日本の荷担・・。今回のような犯罪被害者を生まない日本を、できるだけ早く。

 雪道を、ランドセルを背負って歩く子らを眺めながら、強く念じました。


海外派兵法に、みのもんた氏も・・

2008年01月12日 | 平和と民主主義・外交

 11日の衆議院本会議で、海上自衛隊をインド洋に再派兵するための新テロ特措法が与党の賛成多数で再議決されたことを告発する街頭宣伝をおこないました。

 この法律をめぐって、与党の行き詰まりと、民主党の本性が露呈したのではないかと思います。
 
 可決された与党案は、アメリカの報復戦争を支援する憲法違反の法律であるとともに、国連やアフガン政府も主張している、平和的手段でのテロ根絶にも逆行します。直近の国政選挙である、昨夏の参議院選挙の結果野党が多数となった参議院での「否決」を無視し、衆議院での再議決をおこなったという手法の点でも暴挙です。


 同時に、民主党が国会に提出した「対案」(アフガン復興支援法)は、与党案以上に危険な内容でした。
 そのことは、民主党という政党が、アメリカ追随の海外派兵を進めるという、日本政治の根本問題で、自民党と同質の政党であるということを改めて示しました。
 与党案に真に反対を貫くことができなかったという点で、大きな責任があるということです。

 昼ご飯を食べながらテレビを見ていたら、「おもいっきりテレビ」でみのもんた氏がこんなことを言っていました(大要)。
 「今、国内はどうなっているか。値上がりした灯油買えない人たくさんいる。介護受けられない人、(労働条件が大変な)介護士。こんな中で、こんなやり方で決めなければならない法律ですか。税金の使い方を考えなければならない」
 
 みの氏がどんな政治・信条をお持ちの方か知りませんが、まさに国民の声の代弁と思いましたし、バラエティー番組の中では随分思い切った発言だと感心しました。


「平和守ろう」と集会とデモ行進

2007年10月20日 | 平和と民主主義・外交
 19日夜、鶴岡公園で「10.21国際反戦デー」の集会とデモ行進がおこなわれました。

10.21(「じゅってんにいいち」と読みます)国際反戦デイとは、1966年10月21日にアメリカ軍のベトナム戦争介入に反対する全国的行動がおこなわれたことに始まった全国的行動で、以来、平和の問題を中心に全国各地で続けられています。
 「10.21」が19日におこなわれるというのは、やや変な感じもありますが、「日曜日より集まり易い」ということでこの日になったようです。
 主催は、共立社鶴岡生協、庄内医療生協、鶴岡田川地域労連、田川地区平和センター、高退協の5団体で、政治的方針の枠を超えて、一致点で共同しているということが重要です。

 鶴岡のこの取り組みは、5年程前から共同の取り組みとして始まったもので、当時は私が地域労連の仕事をやってた関係で事務局を受け持っていましたので、思い入れのある取り組みです。

 日中雨が降り、集会中も雨がパラつくあいにくの天気でしたが、50名余りの市民が集まり、主催者挨拶などの後に市内をデモ行進しました。かつては、最大300名を超える参加があったこともありましたが、今年はエラく少なくてちょっと残念でしたが、関係者の皆さんも色々忙しかったのでしょう。そういうこともあります。

 アメリカの戦争を支援する「イラク特措法」を廃止させる取り組みが国政の大きな焦点になっており、これからの取り組みが大変重要です。
 私も何度か街頭宣伝などに取り組んできましたが、今後一層力を入れていこうと決意を新たにしました。

不戦の誓い~終戦記念日にあたって~

2007年08月16日 | 平和と民主主義・外交

 今日は、62回目の終戦記念日、毎年恒例の街頭宣伝をおこないました。
 訴えたことは以下のようなものです。

 日本の侵略戦争によって、二千万人と言われるアジアの人々の命を奪い、日本国民自身も310万人が命を落としました。県内でも20万人が戦争に動員され、内33000人が戦死しました。
 女性、子ども、お年寄りも、食料から衣料、燃料、日用雑貨に至るまで配給制の非常に厳しい窮乏生活を強いられたと言
います。
 その悲惨な体験をしっかりと受け継ぐこと、過ちを過ちとして直視することが、再び同じ間違いを犯さないために必要なことです。
 今日、多くの市民がそのことを誓い合う日となることを心から願います。

 昨年発足した安倍内閣は、「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、教基法改悪とそれに続く教育関連三法改悪、憲法改悪のための手続き法、防衛省法などなどの悪法を、手法の面でも数の力で強行に継ぐ強行という最悪のやり方で進めてきました。
 戦後レジームからの脱却とは、憲法九条を放棄し、世界中でアメリカと一緒に戦争ができる国にすること、憲法に基づいて拡大してきた国民の権利を否定し、社会保障解体と庶民増税、大企業の飽くなき利潤追求を最優先にする経済・社会体制づくり=戦後築かれてきた平和と民主主義のレジーム(枠組み)を覆すことに他なりません。
 
 こういう政治に厳しい審判が下ったのが先の参議院選挙でした。
 安倍首相は、「基本路線は国民の理解を得ている」などと強弁して政権に居座っていますが、この市政に「納得できない」国民が74%、「戦後レジームからの脱却に共感できない」が51%、「憲法改正に共感できない」が62%です。今や、国民の声がまったくわからない「KY内閣」とさえ言われています。

 自衛隊の海外派兵に賛成する方は、「国際貢献が必要だ」と考える方が多いようです。
 自分の国のことだけではなく、世界の平和と安定に貢献していくことは実に大事なことであり、国際貢献の必要性を理解する見識には私は大いに敬意を表します。
 しかし、自衛隊の派兵が世界の人々のお役に立つのかということを考えなければなりません。
 イラクに派兵された自衛隊の活動には、昨年陸上自衛隊が撤収するまでで約743億円の税金が使われたとされますが、当初の目的と言われていた「人道復興支援」(道路や橋をつくるとか、医療とか)に使われたお金はわずか4%で、後は「駐留経費」=「自衛隊が居る」ことに費やされたといいます。(朝日新聞)
 現在残されている航空自衛隊の仕事は、米軍の兵隊や武器・弾薬を輸送することです。「武装勢力掃討」などと言いながら、「動くものすべてに発砲する」と言われる米侵略軍の住民虐殺を直接支えているのです。
 政府・与党などが主張する「国際貢献」の実態はこういうものなのです。

 「国際貢献」というものを考えた時に私は、ある日本人医師のことを思い浮かべます。
 アフガニスタンで20年以上に渡って、医療活動にとどまらない、巨大な住民支援活動をおこなってきた中村哲という先生です。
 この方は、1984年にある縁でアフガニスタンに派遣されたことをきっかけに、医療活動を開始し、今では1つの病院と4つの診療所で年間15万人の診療をおこなうのみならず、現地の人々とともに一千を超える井戸を掘って25万人に水を提供、現在は農村社会の自立をめざして灌漑等も含む包括的なプロジェクトを推進していると言います。
 この先生と、共に活動するペシャワール会という団体は、03年には「アジアのノーベル賞」と言われるマグサイサイ賞をも受賞しました。
 受賞理由の中では、「政治、宗教、民族を 越えた相互依存を実践」「人類にとってこれこそが平和への鍵だと中村医師は信じている。」とされ、現地の人々のみならず、アフガンの時々の支配勢力からも厚い信頼を得ていることが述べられています。(以上、ペシャワール会のHPを参照しました)

 アメリカによるアフガン攻撃がおこなわれるまで、ほとんどの日本人が場所も知らなかった遙かな地で、数十万に及ぶ現地の人々の命を守るために身を粉にして活動し、日本人として大きな信頼をも得てきたこの方々の活動には、「国際貢献」などという在り来たりの言葉で表現することすら申し訳なく思われるほどです。
 「国際貢献」と言えば、アメリカに言われたこと、近年では軍事的なことばかりを持ち出して来る政府・与党は、恐らくはもっと存在するであろう、心ある日本人の国際的活動を刮目して見るべきです

 平和の問題では、市政も問われています。
 鶴岡市は、平和都市宣言を上げている市として毎年夏の時期におこなってきた平和都市宣言事業のわずか百万円の予算を「行政改革」などと言って廃止してしまいました。それも戦後60年の節目の年にです。
 また議会でも、今年6月に市民から提出された「『従軍慰安婦』問題の真の解決を求める請願」が、新政、黎明公明の反対によって不採択にされています。
 平和の問題について、市民の願いがどこにあるのか、もっともっと明確にしていかなければなりません。

 鶴岡でも急速に国際化が進む中で、アジアを始めとする世界の人々と共に考え・働くことのできる人間を育てていくことが求められています。
 そういう未来を考えた時にも、戦争と平和の問題でも真実を伝えていくことの大切さが強く実感されます。私もこれからもそのことのために頑張って行きたい、今日は決意を新たにしました。

 
 大体以上のような趣旨ですが、頭の中では整理しているのですが、いざ街頭で話すとなると、あっちに飛んだり、こっちを落としたり、書いているほど立派なものにはなりません。
 しかし、精一杯心を込めて訴えました。外に出るのも憚られるような日にネクタイつけて日なたでやる訳ですので、汗ダラダラで、温和しい方なら「何事か」とギョッとされたかも知れませんが、耳を傾けてくれ、笑顔で会釈して下さる方も沢山あって、手応えのある街頭宣伝でした。
 夜のビールも殊更旨いものとなりました。(最近この絵が多いです)


せかいでいちばんつよい国~憲法記念日にあたって~

2007年05月04日 | 平和と民主主義・外交

 昨日、5月3日は憲法記念日。今年は、日本国憲法が施行されて60年目に当たる年です。そして今、安倍内閣が「自分の任期中に憲法を変える」と明言し、国会も民主党も含めて改憲勢力が議席の3分の2を占め、今国会で憲法改正のための手続き法案が審議を進められるという、緊張した情勢の中で迎える憲法記念日となっています。
 
 私は、大学に行って初めて憲法を学びました。その中で憲法制定に至る歴史を知り、かつて大学生も戦争に動員されて、大学に行くことすらできずに命を奪われた時代があったことをしって衝撃を受けました。その痛苦の反省に基づいて憲法が制定されたということを胸に刻みました
 卒業後鶴岡に戻って医療の職場に就職し、今日の医療や社会保障制度、暮らしの関わるあらゆる制度が、憲法25条「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条文を拠り所にして、一歩一歩築かれてきたものだということを知りました。
 一昨年、市議会議員の仕事を拝命してからの1年半、鶴岡の市民生活の中で、憲法の理念にそぐわない現実が進みつつあることを実感しました。特に、25条からの後退です。私はそれ=鶴岡の現実を、憲法の理想の方向で解決していくために頑張っていこうと考えています。

 「憲法は古くて現実に合わなくなった。非現実的だ」などという主張があります。
 しかし、長い目で見ると、憲法の理想に基づいて、戦後の60余年の日本の平和な国づくり、民主的国づくりが進められ、そのことは国民が評価しています。
 今年の読売新聞の世論調査では、憲法が「日本に平和が続き経済的発展をもたらした」と考える人が87%、九条改正に反対の人・改正不要と考える人が56%で、これは年々増加するという結果になっています。

 「空想」と「理想」は違います。

 後者は、「今はとても実現できないけれど、できれば実現させたいこと、未来には可能性があること」です。そしてそういう理想に基づく努力が、社会を発展させていく力です。それは、一人一人の人間にとっての「理想」とも同じことなのかなあと思います。

 今日は、そういう思いを込めて、鶴岡市内13ヶ所で街頭宣伝をおこないました。
 人通り・車通りの多い場所を中心にしましたので、一ヶ所で数百人・数百台の車の市民の皆さんの目に触れたかと思いますが、かなり多くの方々から声援・激励を戴きました。憲法をめざすべき理想として頑張っていきたいという思いを新たにしました。

 さて、憲法に関わって感じることがあった絵本を紹介します。
 「世界でいちばんつよい国」です。

 むかし大きな強い国がありました。大きな国は大統領の命令の下、「せかいじゅうの人びとをしあわせにするために」、他の国をつぎつぎと征服していきます。
 そして、最後に残った小さな国に攻めていくと、なんとその国には兵隊がいませんでした。
 大きな国の兵隊は、小さな国の人々に歓迎され、ごちそうを食べ、歌や遊びを習い、仕事を手伝うようになりました。
 大統領は怒り、「たるんでしまった兵隊」たちを国に帰し、「しゃきっとした兵隊」と入れ替えますが、「しゃきっとした兵隊」もしばらくするとやはり同じようになってしまいました。
 大統領は、ちっぽけな国のことなんかどうでもいいやと思い直して国に戻ることにしました。なつかしい大きな国に戻ってみると・・。

 この絵本は、英国の絵本作家デビッド・マッキーの作で、2005年に発行されています。
 言うまでもなく、アメリカが世界の世論を無視して強行したイラク侵略戦争がすっかり行き詰まった時期です。
 既にイラクでは10万人と言われる人々の命が奪われました。イラク戦争を全面的に支持し協力してきた日本の私たちにとって(英国の人たちにとっても)、余りにも重い現実です。
 しかし、そういう現実に対し、憲法九条が希望の道を示していることを感じさせてくれる絵本だと私は思いました。


 このように書くと、大人向きの本のように思われますが、この絵本はそれだけではなく、「本当の強さとは何か」考えさせてくれますし、「強い者」と「弱い者」の融和の希望をも示してくれるようです
 作家が日本国憲法九条について知っているのかどうかわかりませんが、「『人の道』から平和を考えると九条に行き着く」、ということが自然に伝わってくると思いました。

 まず、お父さん、お母さんから手にしてみてもらいたいと思います。

 5月3日(木)「しんぶん赤旗」 平和支え憲法60年 
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-05-03/2007050301_01_0.html

 同 憲法施行60周年にあたって 日本共産党書記局長談話
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-05-03/2007050302_04_0.html

 「せかいでいちばんつよい国」絵本ナビ
  http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=7805

 デビット・マッキーの他の本
  http://www.ehonnavi.net/author.asp?n=1168


戦没者追悼式典~再び過ちを犯さない~

2007年04月25日 | 平和と民主主義・外交

 昨日の午前中、荘内神社参集殿でおこなわれた、戦没者追悼式に出席しました。
 会場は、先の大戦で亡くなられた方々のご遺族、関係者の方々で埋まり、会場正面に設けられた慰霊塔に向かって祈りを捧げる姿に、60年以上の歳月を経ても癒されることのない悲しみの深さが伝わってきました。
 

 ところで、会の最初におこなわれた鶴岡市社会福祉協議会、鶴岡市、鶴岡市戦没者遺族会の三者の主催者挨拶の中で、富塚鶴岡市長と榎本政規市議会議長は、「英霊を追悼し」と述べました。
 「英霊」とは、一般的に「亡くなられた方への尊称」という使い方もあるようですが、「天皇陛下のために命を捧げた人」を讃える言葉として広く使用されています。
 それは、先のアジア・太平洋戦争が、天皇の名の下におこなわれた侵略戦争であり、アジアの人々に大変な災厄をもたらしたものであって、日本が犯した重大な過ちであることを否定する言葉に他なりません。
 実際に、「英霊」の言葉を使う方が、先の大戦での日本の過ちを認めることは少ないようです。
 元平政クラブ(自民党)の市議会議員であった遺族連合会会長に至っては「今日の会の目的は英霊を顕彰すること。・・首相の靖国参拝を続けてもらいたい」などと述べていました。
 
 
~市役所前に学童疎開の記念碑があります~

 日本は、小泉内閣の時期からアメリカのイラク侵略戦争に深く荷担してしまいました。数万~十数万人と言われるイラク国民が命を奪われたこの戦争に重い責任を負うという状況に至っています。
 そして今、安倍首相・自公政権は、従軍慰安婦問題などの過ちを否定するなど、あの戦争の侵略性を否定するとともに、九条を中心とする現憲法の改悪をおこなおうとしています。そのための国民投票法案が衆議院を通過して参議院の審議が始まっています。
 彼の戦争で亡くなられた方々を「お国のため(=天皇のため)に命を捨てた」と「顕彰」し、政府がおこなっている新たな過ちを正当化することに利用しようという動きが強まっています。
 しかしそうではなく、「誤った戦争の犠牲者」として「悼む」ことによってこそ、本当の慰霊がなされるのではないかと思います。

~内川の桜が綺麗でした~