10月30日付 産経新聞より
「日米対等」に大き過ぎる代価 慶応大学教授・阿川尚之氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091030/plc0910300315001-n1.htm
≪率直にモノは言ってきた≫
鳩山政権が発足して40日が経った。圧倒的な民意で選ばれた政権の成功を祈るが、よく分からない点も多い。特に腑に落ちないのが、「緊密で対等な日米関係を築く」というマニフェストの政策だ。
先の訪米中、オバマ大統領との会談で総理は「対等」の部分に言及しなかった。信頼関係を構築するのが目的であり、個別問題には触れないとの説明があった。
しかし「対等な日米関係」は個別問題ではなく、新政権の目指す日米関係の基本的在り方を規定するものである。であれば日米関係について国内で行った公約の意味を、肝心の相手には伝えなかったということだ。しかもその後、中韓首脳との会談で、過大な対米依存をやめ、これからはアジアを重視すると述べた。米側は「対等な日米関係」が何を意味するのか、いぶかしく思うだろう。
そもそも「対等な日米関係を築く」という公約は、今までの日米関係が対等でなかったとの認識が前提だ。「これからは、お互い率直にものを言い合える関係」などとあいまいに表現されるが、私の知る限り最近の総理は皆かなり「率直」にものを言ってきた。もっと根本的なところで、これまでの日米関係のどこが「対等」でなかったのだろうか。
≪問題は「何をするか」に≫
形式的・物理的に日米関係はそもそも対等でない。アメリカの方が、国土が広く人口が多く、国民総所得が大きく、何よりも軍事力が圧倒的に強大である。戦前の日本は軍縮交渉、領土拡大、軍事拡張、大アジア主義を通じアメリカと国力において互角であろうとしたが、失敗に終わった。鳩山総理は、そのような意味での対等な日米関係を考えてはいまい。
日本は敗戦ですべてを失い、アメリカの占領下に置かれた。この時期ほど日米関係が対等でなかったことはない。しかし独立回復後も、日本は軍事においてアメリカと対等にならないという選択を意図的に行う。そのことは国防上の脆弱(ぜいじゃく)性を意味したから、日米安全保障条約を結び、アメリカの核の傘の下に入った。これが現在の日米安保体制の基本構造である。
しかしただ守ってもらうだけでは独立国同士対等な関係とはいえない。したがって日本は自らの防衛能力を向上させ、世界の安全保障に貢献し、アメリカの世界戦略にとって地政学的に価値の高い沖縄その他で基地を提供し、相互防衛の義務を負うことなしに双務性を確保して、同盟を維持してきた。憲法・法律・政治上のさまざまな制約下にありながらも、実質的に対等な日米関係を実現しようと努めた。その結果現在の日米関係は対等であると、筆者は考える。
それでもなお、鳩山総理はじめ現政権が現在の日米関係は対等でないと考え、是正せねばならないと信じるのであれば、問題はそのために何をするかである。
マニフェストは一方で「米国と役割を分担」し、日本の責任を「積極的に果たす」と記しながら、他方「日米地位協定の改定」を提起し「米軍再編や在日米軍基地のあり方」を「見直」すと述べる。後者は具体的に普天間の県外移設、インド洋での給油終了などを指すのだが、前者は抽象的な表現に留まっている。この状況下で後者のみを積極的に追求することは、現在の日米関係を不安定化する危険さえ孕(はら)んでいる。
≪相手言い分に無頓着では≫
日米関係が対等であるかどうかは、先方にも言い分がある。アメリカには安全保障のコスト負担において日米が対等でないとの認識が存在する。日本はそのことに若干無頓着である。給油中止や普天間県外移設の議論を進めれば、もっと大きな安全保障上の「役割」と「責任」を日本に期待する声が出てもおかしくない。
これに同意すれば日本は今より重い負担をすることになりかねない。逆に反発・拒否すれば、日米同盟基軸からアジア重視へシフトし、米軍基地を嫌い、核の傘からの離脱を望み、核の先制使用禁止を唱え、その一方で世界の安全保障維持のための責任分担は渋る日本というイメージが広がるだろう。日本同様米国では世論の影響が大きい。応分の責任を取らない国を防衛するコミットメントは思い切って減らせ。そんな要求さえ議会などで出るかもしれない。これまでの緊密で実質的に対等な日米関係が、緊密でも対等でもなくなる恐れがある。
普天間の県外移設やインド洋における給油中止は、わが国外交の目的ではありえない。あくまでわが国の安全と繁栄を確保する手段として、その有効性を検討すべきものである。同様に対等な日米関係構築はそれ自体が目的ではない。何のために対等性を目指すのか、具体的に何をするのかを明確にすべきだろう。幕末明治以来の感情的な自主独立の衝動だけでは、国民に説明がつかない。
現政権の一部はすでにこのことをよく分かっているはずだ。ただそうでない人もいる。日米関係の漂流を避けるため、オバマ大統領の訪日前にもう少し議論を整理してほしい。(あがわ なおゆき)
「日米対等」に大き過ぎる代価 慶応大学教授・阿川尚之氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091030/plc0910300315001-n1.htm
≪率直にモノは言ってきた≫
鳩山政権が発足して40日が経った。圧倒的な民意で選ばれた政権の成功を祈るが、よく分からない点も多い。特に腑に落ちないのが、「緊密で対等な日米関係を築く」というマニフェストの政策だ。
先の訪米中、オバマ大統領との会談で総理は「対等」の部分に言及しなかった。信頼関係を構築するのが目的であり、個別問題には触れないとの説明があった。
しかし「対等な日米関係」は個別問題ではなく、新政権の目指す日米関係の基本的在り方を規定するものである。であれば日米関係について国内で行った公約の意味を、肝心の相手には伝えなかったということだ。しかもその後、中韓首脳との会談で、過大な対米依存をやめ、これからはアジアを重視すると述べた。米側は「対等な日米関係」が何を意味するのか、いぶかしく思うだろう。
そもそも「対等な日米関係を築く」という公約は、今までの日米関係が対等でなかったとの認識が前提だ。「これからは、お互い率直にものを言い合える関係」などとあいまいに表現されるが、私の知る限り最近の総理は皆かなり「率直」にものを言ってきた。もっと根本的なところで、これまでの日米関係のどこが「対等」でなかったのだろうか。
≪問題は「何をするか」に≫
形式的・物理的に日米関係はそもそも対等でない。アメリカの方が、国土が広く人口が多く、国民総所得が大きく、何よりも軍事力が圧倒的に強大である。戦前の日本は軍縮交渉、領土拡大、軍事拡張、大アジア主義を通じアメリカと国力において互角であろうとしたが、失敗に終わった。鳩山総理は、そのような意味での対等な日米関係を考えてはいまい。
日本は敗戦ですべてを失い、アメリカの占領下に置かれた。この時期ほど日米関係が対等でなかったことはない。しかし独立回復後も、日本は軍事においてアメリカと対等にならないという選択を意図的に行う。そのことは国防上の脆弱(ぜいじゃく)性を意味したから、日米安全保障条約を結び、アメリカの核の傘の下に入った。これが現在の日米安保体制の基本構造である。
しかしただ守ってもらうだけでは独立国同士対等な関係とはいえない。したがって日本は自らの防衛能力を向上させ、世界の安全保障に貢献し、アメリカの世界戦略にとって地政学的に価値の高い沖縄その他で基地を提供し、相互防衛の義務を負うことなしに双務性を確保して、同盟を維持してきた。憲法・法律・政治上のさまざまな制約下にありながらも、実質的に対等な日米関係を実現しようと努めた。その結果現在の日米関係は対等であると、筆者は考える。
それでもなお、鳩山総理はじめ現政権が現在の日米関係は対等でないと考え、是正せねばならないと信じるのであれば、問題はそのために何をするかである。
マニフェストは一方で「米国と役割を分担」し、日本の責任を「積極的に果たす」と記しながら、他方「日米地位協定の改定」を提起し「米軍再編や在日米軍基地のあり方」を「見直」すと述べる。後者は具体的に普天間の県外移設、インド洋での給油終了などを指すのだが、前者は抽象的な表現に留まっている。この状況下で後者のみを積極的に追求することは、現在の日米関係を不安定化する危険さえ孕(はら)んでいる。
≪相手言い分に無頓着では≫
日米関係が対等であるかどうかは、先方にも言い分がある。アメリカには安全保障のコスト負担において日米が対等でないとの認識が存在する。日本はそのことに若干無頓着である。給油中止や普天間県外移設の議論を進めれば、もっと大きな安全保障上の「役割」と「責任」を日本に期待する声が出てもおかしくない。
これに同意すれば日本は今より重い負担をすることになりかねない。逆に反発・拒否すれば、日米同盟基軸からアジア重視へシフトし、米軍基地を嫌い、核の傘からの離脱を望み、核の先制使用禁止を唱え、その一方で世界の安全保障維持のための責任分担は渋る日本というイメージが広がるだろう。日本同様米国では世論の影響が大きい。応分の責任を取らない国を防衛するコミットメントは思い切って減らせ。そんな要求さえ議会などで出るかもしれない。これまでの緊密で実質的に対等な日米関係が、緊密でも対等でもなくなる恐れがある。
普天間の県外移設やインド洋における給油中止は、わが国外交の目的ではありえない。あくまでわが国の安全と繁栄を確保する手段として、その有効性を検討すべきものである。同様に対等な日米関係構築はそれ自体が目的ではない。何のために対等性を目指すのか、具体的に何をするのかを明確にすべきだろう。幕末明治以来の感情的な自主独立の衝動だけでは、国民に説明がつかない。
現政権の一部はすでにこのことをよく分かっているはずだ。ただそうでない人もいる。日米関係の漂流を避けるため、オバマ大統領の訪日前にもう少し議論を整理してほしい。(あがわ なおゆき)