10月31日付 産経新聞【正論】より
中国攻勢への抵抗が新時代開く 大阪大学大学院教授・坂元一哉氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121031/plc12103103330002-n1.htm
尖閣諸島をめぐる中国の言動について、ある気鋭の中国研究者が、文化大革命時代を思い出しますね、と言っていた。すなわち「文攻武嚇」。狙った相手を文章で攻め、武力で嚇(おど)す、その激しさが文革の際の中国によく似ている、というのである。
≪文で攻め武で嚇す文革の手法≫
文革時代は毛沢東主席に逆らう「反革命分子」が相手。だが、いまは、尖閣諸島を国有化し、胡錦濤主席が「絶対に許さない」と言ったという、日本(政府)が相手である。
「文攻武嚇」だけでは足りないとばかり、日本製品不買など、経済でも圧力をかけるいわば「経圧」もいれて、なんとか日本を屈服させたいようだ。
もし日本が屈服しないと、中国政府は国民から外交無能を批判される。そのことは、貧富の格差や汚職の蔓延(まんえん)に批判が高まるなか、国内を、それこそ文革の時のように混乱させる引き金になるかもしれない。そういう危惧が中国政府の激しい態度の背景になっているとの指摘もあるが、それはここではおく。
ともかく中国政府の激高ぶりと、暴徒化した反日デモの凄(すさ)まじさは野田佳彦首相も「想定外」だったらしい。事態の展開を見て、日本国内には、国有化は間違いだったとか、タイミングが悪かったとかいう批判が出た。
だが、そうした批判は、正しいかどうかは別にして、もはやあまり意味のない批判だと思う。こうした事態になってしまえば、仮に日本政府が国有化を取り消しても、それで日中関係がうまくいくはずがないからである。覆水盆に返らず。もう後戻りはできないとの覚悟で臨むべきだろう。
後戻り、つまり日本の譲歩を中国に期待させてしまうような「棚上げ」に戻るのではなく、尖閣の主権と実効支配では譲歩できないことを明確にしつつ、問題を沈静化させる。そのうえで東アジア国際政治の大局に立って、新たな日中関係を切り開く。そういう道を探るしかない。
「文攻武嚇」と「経圧」に日本が負けないことは、その大前提になるだろう。
≪米国は世界戦略のために戦う≫
まず「武嚇」には日米同盟の抑止力で対抗する。中国はこれまで、海空軍力を大増強してきたが、日米同盟に勝てる力はまだない。同盟がしっかりしていれば、嚇しようがないだろう。
米国が尖閣のような小さな島のために中国と戦うかどうかを疑問視する声もある。
しかし、もし尖閣で日中の軍事衝突が起これば、米国は小さな島のためではなく、米国の世界戦略のために戦うだろう。戦わねば日米同盟は壊れる。そして日米同盟が壊れれば、米国の世界戦略も保てないからだ。
むろん大事なのは抑止である。実際に戦わなくてすむよう、同盟の相互協力をさらに強化する必要がある。とくに、これは日本の主権の問題だから、日本自身の努力が大切である。
「経圧」は、経済的相互依存が進んだ日中関係において相互に痛みをもたらす。中国進出企業をはじめ、日本企業のなかには死活問題になる場合があるかもしれない。だが中国も、日系企業の雇用だけでなく、日本との経済関係が生む雇用を奪われるし、日本企業からの投資も減少しよう。
日本企業はいらない。他国の企業が代わりになるとの見方が中国にはある。
だが、日本製品がないと困る中国企業は少なくないし、なにより、政治的主張を「経圧」で押し通そうとする中国の「リスク」を、他国と他国の企業がどう見るかという問題がある。政治の安定を経済成長に頼る中国にとっては危険な手段ではないか。
≪大声と宣伝に理屈で反論を≫
もう一つの「文攻」はどうだろう。
中国政府は、「文」にまともな理屈がたたないところを大声と宣伝で補いたいようだ。たとえば米国の新聞に広告を出し、日本が「尖閣を強奪した」と喧伝(けんでん)する。だが「強奪された」のに、なぜその後、75年間も黙っていたのかにはまともな説明がない。
しかし、相手がまともでないから、こちらは反論しないというのはまずいだろう。国際社会の風向きがいつなんどき、中国がそこまで言うのなら、日本も少し譲歩が必要では、とならないとも限らないからである。
それを防ぐためにも日本は、中国の主張がまったくの無理筋であることを国際社会にきちんと説明しなければならない。同時に、中国には、もし主張に自信があるのなら国際社会のルールにのっとり、国際司法裁判所に提訴してはどうかと奨めるのがよい。
文革時代を想起させるいまの中国の対日攻勢に抵抗することが、日本の国家としての存立に欠かせないことはいうまでもない。だがそれとともに、この抵抗は、21世紀の日中関係を平和、互恵、国際法重視で結んでいくのに不可欠の抵抗にもなると思う。(さかもと かずや)
中国攻勢への抵抗が新時代開く 大阪大学大学院教授・坂元一哉氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121031/plc12103103330002-n1.htm
尖閣諸島をめぐる中国の言動について、ある気鋭の中国研究者が、文化大革命時代を思い出しますね、と言っていた。すなわち「文攻武嚇」。狙った相手を文章で攻め、武力で嚇(おど)す、その激しさが文革の際の中国によく似ている、というのである。
≪文で攻め武で嚇す文革の手法≫
文革時代は毛沢東主席に逆らう「反革命分子」が相手。だが、いまは、尖閣諸島を国有化し、胡錦濤主席が「絶対に許さない」と言ったという、日本(政府)が相手である。
「文攻武嚇」だけでは足りないとばかり、日本製品不買など、経済でも圧力をかけるいわば「経圧」もいれて、なんとか日本を屈服させたいようだ。
もし日本が屈服しないと、中国政府は国民から外交無能を批判される。そのことは、貧富の格差や汚職の蔓延(まんえん)に批判が高まるなか、国内を、それこそ文革の時のように混乱させる引き金になるかもしれない。そういう危惧が中国政府の激しい態度の背景になっているとの指摘もあるが、それはここではおく。
ともかく中国政府の激高ぶりと、暴徒化した反日デモの凄(すさ)まじさは野田佳彦首相も「想定外」だったらしい。事態の展開を見て、日本国内には、国有化は間違いだったとか、タイミングが悪かったとかいう批判が出た。
だが、そうした批判は、正しいかどうかは別にして、もはやあまり意味のない批判だと思う。こうした事態になってしまえば、仮に日本政府が国有化を取り消しても、それで日中関係がうまくいくはずがないからである。覆水盆に返らず。もう後戻りはできないとの覚悟で臨むべきだろう。
後戻り、つまり日本の譲歩を中国に期待させてしまうような「棚上げ」に戻るのではなく、尖閣の主権と実効支配では譲歩できないことを明確にしつつ、問題を沈静化させる。そのうえで東アジア国際政治の大局に立って、新たな日中関係を切り開く。そういう道を探るしかない。
「文攻武嚇」と「経圧」に日本が負けないことは、その大前提になるだろう。
≪米国は世界戦略のために戦う≫
まず「武嚇」には日米同盟の抑止力で対抗する。中国はこれまで、海空軍力を大増強してきたが、日米同盟に勝てる力はまだない。同盟がしっかりしていれば、嚇しようがないだろう。
米国が尖閣のような小さな島のために中国と戦うかどうかを疑問視する声もある。
しかし、もし尖閣で日中の軍事衝突が起これば、米国は小さな島のためではなく、米国の世界戦略のために戦うだろう。戦わねば日米同盟は壊れる。そして日米同盟が壊れれば、米国の世界戦略も保てないからだ。
むろん大事なのは抑止である。実際に戦わなくてすむよう、同盟の相互協力をさらに強化する必要がある。とくに、これは日本の主権の問題だから、日本自身の努力が大切である。
「経圧」は、経済的相互依存が進んだ日中関係において相互に痛みをもたらす。中国進出企業をはじめ、日本企業のなかには死活問題になる場合があるかもしれない。だが中国も、日系企業の雇用だけでなく、日本との経済関係が生む雇用を奪われるし、日本企業からの投資も減少しよう。
日本企業はいらない。他国の企業が代わりになるとの見方が中国にはある。
だが、日本製品がないと困る中国企業は少なくないし、なにより、政治的主張を「経圧」で押し通そうとする中国の「リスク」を、他国と他国の企業がどう見るかという問題がある。政治の安定を経済成長に頼る中国にとっては危険な手段ではないか。
≪大声と宣伝に理屈で反論を≫
もう一つの「文攻」はどうだろう。
中国政府は、「文」にまともな理屈がたたないところを大声と宣伝で補いたいようだ。たとえば米国の新聞に広告を出し、日本が「尖閣を強奪した」と喧伝(けんでん)する。だが「強奪された」のに、なぜその後、75年間も黙っていたのかにはまともな説明がない。
しかし、相手がまともでないから、こちらは反論しないというのはまずいだろう。国際社会の風向きがいつなんどき、中国がそこまで言うのなら、日本も少し譲歩が必要では、とならないとも限らないからである。
それを防ぐためにも日本は、中国の主張がまったくの無理筋であることを国際社会にきちんと説明しなければならない。同時に、中国には、もし主張に自信があるのなら国際社会のルールにのっとり、国際司法裁判所に提訴してはどうかと奨めるのがよい。
文革時代を想起させるいまの中国の対日攻勢に抵抗することが、日本の国家としての存立に欠かせないことはいうまでもない。だがそれとともに、この抵抗は、21世紀の日中関係を平和、互恵、国際法重視で結んでいくのに不可欠の抵抗にもなると思う。(さかもと かずや)