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ニッポンのゆる~い日常

“パクリ商法”と政府の保護政策で売る 韓流ビジネスモデルはアベノミクスで崩壊寸前

2013-04-21 21:14:09 | 北朝鮮・韓国
ロケット技術は北朝鮮以下、国策ウォン安もいよいよ終わる

“パクリ商法”と政府の保護政策で売る 韓流ビジネスモデルはアベノミクスで崩壊寸前


http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20130418-01/1.htm



円安が一気に進み、アベノミクスに強い反発を示すのが韓国だ。実は技術力がなく、ウォン安が最大の武器だった彼らは今、焦りに焦っている。



 リーマン・ショックからいち早く立ち直った韓国企業が世界中で躍進した一方、多くの日本企業が長く不遇の時期を過ごした。その間、日本メディアでは「韓国経済を見習うべきだ」などという主張があったが、大きな誤りである。なぜならば韓国企業の躍進は、構造的な欠陥を抱えたままの“虚飾の成功”だからだ。


 まず指摘したいのは技術力だ。韓国国内でよく見かける象徴的な事例を紹介すると、外観はとても綺麗な新しいマンションでも、中に入るとコンセントさえきちんと固定されていない。四隅のビスがどれも浮き上がっていて、驚くのは韓国人の誰もがそれに気づいていないし、指摘してもなお何が不満なのかと首を傾げることだ。細かなところに気を配る、ものづくりへの情熱に欠けている。


 背景には韓国に根付く階級意識もある。オフィスで指示を出すホワイトカラーが尊ばれ、現場で汗を流す作業は「底辺の仕事」として敬遠されて賃金も低い。どうしても現場の士気は低くなる。ブルーカラーは定着率も低い。したがって技術は蓄積も継承もされず、日本では「職人」「匠」と尊敬を集める熟練技術者が出てこない。その考えは商習慣においても健在で、完成品を組み立てるメーカーは部品を納入する下請け業者や工作機械メーカーよりも上であるという考えが支配的だ。結果、製造業の現場で独自の技術を生み出す力が育たない。




●日本の技術を使って原発を中東に輸出


 今年1月、韓国は悲願だった国産ロケット打ち上げに成功したが、これは“ロシア製国産ロケット”と揶揄されたように、一段目はロシア製のエンジンであり、二段目にもフランス製の部品が相当入っていた。独自のロケット技術がないにもかかわらず、「大成功」と喧伝しているわけだ。ことロケットに関しては、本当に独自にやっている北朝鮮のほうが技術は上だろう。


 海外市場を視野に入れたインフラ事業も同様だ。韓国はアラブ首長国連邦(UAE)での原発建設を186億ドルで受注して快哉を叫んだが、実は中核となる技術は東芝の子会社である米ウェスチングハウス社頼みである。


 その程度の技術水準にもかかわらず、国を挙げての手厚い大企業支援策で韓国企業の“躍進”が支えられてきた。韓国当局は認めないが、輸出企業支援のためウォン安誘導の為替介入が断続的に実施されてきたことはマーケットでは公然の秘密だ。公営企業である電力会社から発電原価を割り込むほどの低価格で電力が供給され、巨額の法人税割引もあった。国際的な価格競争力を国策で維持して成り立ってきたのが、今日の韓国経済なのだ。

 その結果、儲かるのは大企業オーナーばかりで、庶民は苦しい生活を強いられてきた。一般市民は通貨安による物価高、特に燃料代の高騰に苦しみ、市場が財閥系企業による寡占状態のため粗悪品を高く売りつけられる。多くの国民は安焼酎をあおりながら不満を募らせている。要は中国と同じ飢餓輸出の構図なのである。




●「リバースエンジニアリング」の限界を露呈


「脱デフレ」「円高是正」を掲げるアベノミクスは、図らずも韓国経済が“砂上の楼閣”であることを炙り出すだろう。韓国メディアは、今はまだアベノミクスについて「日本の右傾化の象徴である」などと感情的でピントの外れた論評をするだけだが、実質的な影響を受けるのはこれからだ。


 これまでの韓国の躍進は、いわゆるリバースエンジニアリング、つまり売れている先行商品を分解・解析してコピーし、より廉価で販売するというビジネスモデルで成立していた。一番の“お手本”を提供していたのは日本だから、エレクトロニクス(サムスン、LG)や自動車(現代)といった韓国企業の得意分野は、日本企業のそれとぴったり重複する。円安で日本メーカーが価格競争力を取り戻せば、韓国経済を支えたそれらの業種に大打撃を与える。


 また、アップルがサムスンを訴えたように、パクリ製品には世界から厳しい目が向けられるようになった。特許権侵害には莫大な賠償の支払い命令が下されるケースが増えており、“パクリ商法”は割に合わなくなりつつある。

 危機感を覚えた韓国企業が方針転換し、技術革新を起こして競争力を高めようにも、生産現場を担うブルーカラーの人手不足が深刻だ。現代重工業のような韓国を代表する大企業が、賃金も他の中小企業のブルーカラーとは比べ物にならないほどの好待遇で社員を募集しているのに、若い労働者が集まらず定年延長で急場を凌ぐ事態に陥っている。前述したような、「現場軽視」の国民意識が遠因になっていると考えられる。

 韓国経済崩壊のカウントダウンは始まっている。




●アップルとは訴訟合戦、半導体売上高は激減が予想される
               実は韓国人も大嫌いなサムスンが直面する内憂外患


 韓国のGDP(国内総生産)の2割以上を稼ぎ出すのがサムスングループだ。韓国経済の“躍進”を牽引したサムスンもまた、内憂外患の苦しみを抱えている。


                         *


 サムスンが韓国国内で意外なほど嫌われ者だと解説するのは柳町功・慶應義塾大学総合政策学部教授(経営学)だ。


「サムスンは数字の上では韓国経済に大きく貢献しているが、国内の雇用ではごく一握りのサムスン社員を除けば、待遇のよくない下請け、中小企業の比重が大きい。多くの国民は自分たちが恩恵を享受できない中でサムスンが独り勝ちしていると感じていて、反発が強い。

 だから労働災害などの問題が表面化すると、世論は反サムスンで激しく燃え上がる。生産強化を猛スピードで進めた結果、サムスンは従業員の安全対策で不十分な点も少なくないので、裁判に発展するケースも多い」

 2011年にサムスン電子の半導体工場の従業員に白血病が相次ぎ、裁判所が工場勤務との因果関係を認める判決を下して大問題となったが、中間層以下はそうしたきっかけさえあれば猛烈なサムスン叩きに走り出す状況なのだ。

 国内で反感が強まる一方、国外でのビジネスも難関が待ち受ける。ウォン高による影響に加え、サムスンは今、収益構造の抜本的変革を迫られている。


 世界各国でアップルと特許侵害訴訟を繰り広げ、その影響からかアップルはiPhoneなど主要商品の部品調達先からサムスンを外す動きを見せており、サムスンの半導体売上高は2013年に大きく減るとされる。部品供給メーカーとしての比重が減り、機器メーカーとして勝負しなければならなくなるわけだ。


「これまでのサムスンにはクリエイティブな力はなかった。テレビもスマホもタブレットも、サムスンが創造した市場ではない。日本やその他の国のメーカーが作り出した市場に後発で入り、ダイナミックな投資で競争に勝ってきた。しかし、これからは自らが新しいものを生み出さなくてはならない。応用研究に比べ基礎研究が弱いという問題意識は内部にもあるものの、解決策はまだ見えてこない」(柳町氏)

 グループ中核企業のサムスン電子は昨年も過去最高益を大きく更新したが、内外に潜む問題が表面化すれば、我が世の春は長くは続かない。

(SAPIO 2013年4月号掲載) 2013年4月18日(木)配信









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日本人に生まれて、まあよかった 

2013-04-03 12:49:29 | 正論より
4月3日付    産経新聞【正論】より


日本人に生まれて、まあよかった    比較文化史家、東京大学名誉教授・平川祐弘氏


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130403/plc13040303080006-n1.htm


 明治42年9月2日、夏目漱石は大学予備門同窓の満鉄総裁中村是公の招きで満州に向かった。『満韓ところどころ』は大連、旅順、二〇三高地、奉天まで、満鉄を中心とする日本人の植民地経営見聞記で、10月17日に帰京するとすぐ朝日新聞に連載、年末に打ち切った。奉天まで書けば、満鉄のPRはもう十分と思ったのだろう。



 ≪漱石の見聞記『韓満所感』≫


 漱石はその先、長春、ハルビンまで北上し、次いで韓国に南下してなお見物したのだが、続きは書かずに終わった。そこが物足りない。というのは、50日間の大名旅行から帰国直後、伊藤博文がハルビン駅頭で暗殺されたからだ。

 そのプラットホームは、つい先日、漱石の靴の裏を押し付けた所だ。倒れんとした伊藤公を抱きかかえたのは中村是公だ。負傷した田中清次郎は満鉄理事の社宅ですき焼きを御馳走(ごちそう)してくれた。当然漱石は強い刺激を受けたはずだ。なのに触れない。となるとあれは『満韓ところどころ』ではない、『漱石ところどころ』だと揶揄(やゆ)された。胃痛の話ばかり出てくる。体調が悪いと文章も冴(さ)えない。

 だが漱石は、伊藤公狙撃の凶報に触発されてやはり書いていた。記事は11月5、6日付のトップに掲載されたが、満洲日日新聞は発行が大連なものだから、『漱石全集』にも洩(も)れたのである。黒川創が見つけて、新潮2月号に出たこの『韓満所感』を読むと、漱石は植民地帝国の英国と張り合う気持ちが強かったせいか、ストレートに日本の植民地化事業を肯定し、在外邦人の活動を賀している。



 日韓併合に疑義を呈した石黒忠悳や上田敏のような政治的叡智(えいち)は示していない。正直に「余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た」「余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた」と書いている。「まあ」に問題はあろうが、ともかくも日本帝国一員として発展を賀したのだ。


 新発見を報じた産経新聞はそんな漱石の結論も載せたが、朝日新聞には肝心のその感想がない。さては漱石発言を差別的と感じて隠蔽(いんぺい)したかと疑ったら、後の同紙文芸時評に「余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた」を引き、「この当代きっての知識人さえもがこうした無邪気な愛国者として振る舞っていたのか、といううそ寒い感慨」に囚(とら)われたと松浦寿輝氏が書いている。私は東アジアの中で日本に生まれた幸福を感じているから、漱石の自覚はまあそんなもので、「うそ寒いは嘘だろう」と内心思った。





 ≪中国批判抑制要求に「ノー」≫


 何でそんなことを言うかといえば、私は1974年、『西欧の衝撃と日本』を書いて編集者ともめた。当時は日中国交回復で一大友好ブームとなった。すると歴史書の内容の書き換えを求められたのである。「現時点ではソ連の批判は宜(よろ)しいですが、中国については批判めいたことはお控え願えませんか」。私はきっぱり断って原文のまま出版した。そして前書きに「二十世紀の後半、東アジアの諸国の中で日本のように言論の自由が認められている国に生を享けたことは、例外的な幸福である」と書き足した。日本人に生まれて、まあよかったという意味である。

 学問や言論の自由がある日本に生きてよかった、と大学を去る時も教授会で挨拶(あいさつ)した。余計な気兼ねなしに率直に書いた私の歴史書は、マッテオ・リッチや東西の試験制度や黄禍論など中国の問題も視野に入れて論じたせいか、東アジアの留学生の間で好評だった。




 ≪中韓がはまった精神の蟻地獄≫


 植民地主義は二級市民を生むが故に悪だ。韓国では伊藤博文を暗殺した安重根を義士として讃(たた)える切手も出した。だが世の中には植民地主義よりさらに悪い一党独裁制もある。大陸は台湾の併合を狙うが、教育水準の高い台湾に根付いた民主主義が大陸に広まる方が人民共和国国民にも幸せだろう。しかし、中南海の新政権担当者は中華文明至上のアイデンティティーを護(まも)ると称して西洋文明を拒否し民主主義を受け入れるまい。


 保守的富裕層は「中国対西洋」という二項対立の自己防御的思考に陥る。西洋を他者と捉え、非西洋的なものとして中国民族主義の自己を規定しようとする。それゆえ、人権、民主主義、文化多元主義などの「西洋的」価値を否定する度合いが強ければ強いほどより純粋な愛国者と見做(みな)されるという「精神の蟻地獄(ありじごく)」にはまり込む。


 それはいってみれば、韓国で自国の業者によって斡旋(あっせん)された女性をも、他国の軍によって強制的に連行されたといい、虚言癖の人の発言のみを引用し、その数を多く増やして述べるほど純粋な愛国韓国(朝鮮)人と見做されると信じる、憎日主義的愛国主義の倒錯に似ている。慰安婦像を建てれば建てるほど韓国の名誉になるというのか。そのうちに従軍慰安婦の愛国記念切手でも出すつもりか。

 渋谷には米兵相手の女性が彼らに送る手紙を代書した恋文横丁の記念碑はあるが、そうした女性たちの像などは米国大使館の前にない。私はそんな日本に生まれて、まあよかった、と感じている。(ひらかわ すけひろ)









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