四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

心に残る風景

2024年01月14日 09時40分16秒 | 日々の歩み

 ある冊子の求めに応じて「心に残る風景」を取りまとめてみました。
そこから抜粋し、ここに記したいと思います。

 私の心に残る風景としてまず第一に浮かぶのは・・・、
「小諸なる古城のほとり」の歌碑が建立されている、長野県小諸市にある
懐古園から眺める千曲川の景色です。
信州の大地を北に向かって蛇行しながら、ゆったりと流れるその川の雄大さと、
たたずまいは今でも鮮明に胸に焼き付いています。

 当時、住んでいた佐久市から高校のあった上田市まで約二時間をかけて
通学していました。小諸は小海線の乗換え駅で、土曜日などは途中下車して、
懐古園まで学友たちとよく散策に出向いたものでした。

 二年生となり、進路について家の経済状態も含めてかなり悩み、鬱々と
した日々が続きました。

そんなある日、土曜日で早めに帰れたこともあり一人で懐古園を訪れました。
丁度、雲水のお坊さんが歌碑の前で、草笛を奏でている場面に出会いました。
公園はまさに秋たけなわで、見事に染まった紅葉があたり一面を覆っており、
もみじ狩りの人出も多く、そこそこの賑わいでもありました。

 たまたま「藤村詩集」を図書館から借りて持っていましたので、雲水の
奏でる曲に合わせて「千曲川旅情の歌」の詩をなぞっていました。
その中に、

 ♪ 昨日もまたかくてありけり
   今日もまたかくてありなむ
   この命なにをあくせく          
   明日をのみ思ひわづらふ

の詩が目に入りました。草笛の切なくなるような響きと、その詩が
胸いっぱいに広がった瞬間でした。詩の深い意味は解らないながらも
「この命なにをあくせく」の言葉が強烈に胸に刺さったことを、今でも
鮮明に思い出します。
「一日一日を精一杯生きよう。その結果を素直に受け入れよう」と、
なぜか開き直って考えられるようになったのも、その瞬間でした。

 そんな想いで眺めた千曲川の景色。佐久平を削りながら、北へ向かって
伸びる雄大なその景観は、なぜかとっても新鮮に映り、私の行く末を暗示して
くれているかに感じました。
西に傾き始めた陽に照らされ、輝きながらゆったりと流れる千曲川は太古から
変わらぬ姿で水を湛え、田畑を潤し、多くの民人に豊穣の
実りを届けてきた
ことは言うまでもありません。そんなことすら
そ知らぬふりで滔々と流れる
川の姿は「くよくよするな」とも
言っているようでした。

 その後、自分を信じ、理系の学びを経て大手の電機会社の本社に入社し、
当時黎明期であったコンピュータのソフトウエア開発の世界にどっぷり
浸かっていきました。
 コンピュータがICT社会の中枢になっていった時代、数々のプロジェクトの
リーダーとして、寝る間も惜しみ多くの開発現場に転戦を重ねてきました。
その中で、100名を超えるSE部隊を率いてシステム開発等を担う責任者として、
厳しいながら得難い経験を積むことも出来ました。
技術者として、また、ビジネスマンとしても環境にも、同僚、先輩にも
恵まれた良き時代を過ごすことができました。

 今思えば、島崎藤村の詩に触れ、千曲川の雄大な眺め「忘れ得ぬ風景」に
勇気づけられたあの日々が、出発点であったとしみじみ思っています。

コメント (6)
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