(その3はこちら)
■旧島崎藤村宅
島崎藤村が昭和16年(1941)2月から昭和18年(1943)8月に71歳で亡くなるまでの間の2年余を過ごした家。建物は大正後期から昭和初期にかけて別荘等に使用する目的で建築されたものと考えられている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/6e/bb287bdd8b574b22fde11eeac4dcc4c6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/25/fb619e3b4cb79440b71cb97c6205c7e0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/88/27ccb0ee1865cc44ab260b5c809aa14d.jpg)
■上方見附跡
宿場の京都側の出入口跡。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/2f/dd932c3f17dde00cea700656ff3f3271.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/81/7a110e5525e1ce1733bb5e1438ec0471.jpg)
東海道沿いの松並木。
■こゆるぎの浜
大磯の西側に位置する約3キロメートルの自然浜。「ゆるぎ」は「波の動揺」という意味で、古代から「よろぎ」「ゆるぎ」「こよろぎ」「「こゆるぎ」と呼ばれ、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集などの歌や日記、紀行文にしばしば登場した。歌枕の「小余綾の磯」は大磯から国府津までの海岸一体を指すといわれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/d6/7491f9be917339a75d78d130bfbddcef.jpg)
■滄浪閣跡
初代総理大臣伊藤博文の旧宅跡。建物は明治29年(1897)に建てられた。明治30年(1898)に伊藤博文が大磯に本籍を移してからは滄浪閣が政治の中心舞台となった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/4c/ad9a049a691ecd1d5b99d0ae259b971b.jpg)
■旧吉田邸
戦後総理大臣を務めた吉田茂の邸宅。幼少期より養父である吉田健三が大磯に購入した邸宅で過ごし、首相在任中にはここで週末を過ごし、退任後には隠棲生活をした。退任後も政界への影響力は絶大で、多くの政治家が吉田のもとに通い「大磯詣」と称された。平成21年3月に焼失。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/02/a40699ca09ae5be757aae19b90c85b5a.jpg)
■神奈川県立大磯城山公園
旧三井財閥別邸跡に作られた公園。園内には縄文時代の遺跡や、横穴墓、鎌倉古道等が発見され、中世には小磯城が建てられていた。明治31年(1899)に三井財閥本家の別荘地となり、中心的建築物「城山荘」や展望室「降鶴亭」、織田有楽斎が建てた国宝の茶室「如庵」などが建てられた。財閥解体後ほとんどの土地が三井家の手を離れ、残った土地も放置されていたが、
平成2年(1990)に県立公園として公開。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/d1/cc94fb6d6de5418c20b810af2acd6fac.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/c4/d5988875b02cdf6fc5271c6e4ef5584b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/2b/38aae96deeebc21b04d16257184a25f6.jpg)
展望台。箱根連山や富士山が目の前にそびえ、伊豆半島と相模湾を一望することができる。関東の富士見百景スポットに選定されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/7b/e8ef3bb3b5530a393d25be5e21ed0b0c.jpg)
夕暮れ時の展望台からの眺め。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/5d/dbf3e981bc210d0d7af04c9061861bdb.jpg)
夕日に染まる富士山。
■大磯町郷土資料館
大磯と周辺地域に関する展示や教育活動等を行う施設。常設展では「湘南の丘陵と海」を核に「生活の芽生えと定住文化」「相模国府」「街道と宿場」「海水浴場と別荘」の4つのテーマの展示を行う。企画展も開催。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/2d/e40a0f7c6f1f8c01a27b343186aaf080.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/6d/8d699601bff17817582b3bc1e61b569e.jpg)
吉田茂の等身大の写真。館内は撮影禁止だがこの写真は撮影可能。
■国府本郷の一里塚跡
江戸日本橋から17番目の一里塚の跡。実際の一里塚はこの場所より200メートル江戸よりに位置していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/75/ba4182330affeba36e7ca84da836f99a.jpg)
■ガラスのうさぎ像
昭和56年(1981)に平和祈念のために建立された、戦争体験記「ガラスのうさぎ」(高木敏子著)の主人公の像。昭和20年(1945)8月の空襲で当時12歳の少女だった主人公は二宮駅で父を失った。少女が胸に抱えているのは、父の形見となったガラスのうさぎ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/34/37c3c48e6aa3488a7f026080d715b094.jpg)
下からライトアップされているので顔が怖く見える。
■旧島崎藤村宅
島崎藤村が昭和16年(1941)2月から昭和18年(1943)8月に71歳で亡くなるまでの間の2年余を過ごした家。建物は大正後期から昭和初期にかけて別荘等に使用する目的で建築されたものと考えられている。
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■上方見附跡
宿場の京都側の出入口跡。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/2f/dd932c3f17dde00cea700656ff3f3271.jpg)
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東海道沿いの松並木。
■こゆるぎの浜
大磯の西側に位置する約3キロメートルの自然浜。「ゆるぎ」は「波の動揺」という意味で、古代から「よろぎ」「ゆるぎ」「こよろぎ」「「こゆるぎ」と呼ばれ、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集などの歌や日記、紀行文にしばしば登場した。歌枕の「小余綾の磯」は大磯から国府津までの海岸一体を指すといわれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/d6/7491f9be917339a75d78d130bfbddcef.jpg)
■滄浪閣跡
初代総理大臣伊藤博文の旧宅跡。建物は明治29年(1897)に建てられた。明治30年(1898)に伊藤博文が大磯に本籍を移してからは滄浪閣が政治の中心舞台となった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/4c/ad9a049a691ecd1d5b99d0ae259b971b.jpg)
■旧吉田邸
戦後総理大臣を務めた吉田茂の邸宅。幼少期より養父である吉田健三が大磯に購入した邸宅で過ごし、首相在任中にはここで週末を過ごし、退任後には隠棲生活をした。退任後も政界への影響力は絶大で、多くの政治家が吉田のもとに通い「大磯詣」と称された。平成21年3月に焼失。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/02/a40699ca09ae5be757aae19b90c85b5a.jpg)
■神奈川県立大磯城山公園
旧三井財閥別邸跡に作られた公園。園内には縄文時代の遺跡や、横穴墓、鎌倉古道等が発見され、中世には小磯城が建てられていた。明治31年(1899)に三井財閥本家の別荘地となり、中心的建築物「城山荘」や展望室「降鶴亭」、織田有楽斎が建てた国宝の茶室「如庵」などが建てられた。財閥解体後ほとんどの土地が三井家の手を離れ、残った土地も放置されていたが、
平成2年(1990)に県立公園として公開。
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展望台。箱根連山や富士山が目の前にそびえ、伊豆半島と相模湾を一望することができる。関東の富士見百景スポットに選定されている。
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夕暮れ時の展望台からの眺め。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/5d/dbf3e981bc210d0d7af04c9061861bdb.jpg)
夕日に染まる富士山。
■大磯町郷土資料館
大磯と周辺地域に関する展示や教育活動等を行う施設。常設展では「湘南の丘陵と海」を核に「生活の芽生えと定住文化」「相模国府」「街道と宿場」「海水浴場と別荘」の4つのテーマの展示を行う。企画展も開催。
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吉田茂の等身大の写真。館内は撮影禁止だがこの写真は撮影可能。
■国府本郷の一里塚跡
江戸日本橋から17番目の一里塚の跡。実際の一里塚はこの場所より200メートル江戸よりに位置していた。
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■ガラスのうさぎ像
昭和56年(1981)に平和祈念のために建立された、戦争体験記「ガラスのうさぎ」(高木敏子著)の主人公の像。昭和20年(1945)8月の空襲で当時12歳の少女だった主人公は二宮駅で父を失った。少女が胸に抱えているのは、父の形見となったガラスのうさぎ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/34/37c3c48e6aa3488a7f026080d715b094.jpg)
下からライトアップされているので顔が怖く見える。