2回目の散歩イベント主催。行き先は東京都日野市で、「日野紅葉・親水散歩」と題し、前半は百草園や高幡不動で紅葉を愛で、後半は浅川や黒川清流公園等の水辺の散策を楽しんだ。
参加者は管理人を含め9名(参加者の皆様、ありがとうございました)。男性6名、女性3名。年齢は30代が中心だが、20代前半~半ばの方3名の参加があった。過去の経験から言うと散歩イベントでは20代前半~半ばの参加者はほとんどいないことが多いので、若い年代の方の参加はうれしい。
日野といえば新撰組ゆかりの地。紅葉を見た後、新撰組ゆかりの場所の散策を検討したが、一部の見所が離れており時間的に難しいので断念した。いずれ新撰組にまつわる散歩イベントを企画したい。
前半の紅葉散歩の行き先は以下の通り。
京王百草園駅→百草園→百草八幡神社→百草台自然公園→高幡不動→高幡不動駅
■百草園
梅の名所として有名な日本庭園で、園内には800株の梅がある。
百草園の由来は青木角蔵という百草出身の生糸商人がこの地にあった明治初期、廃寺となった松連寺というお寺跡を買い取り、その庭園を「百草園」と名づけたことから。江戸時代には多くの文人、茶人などがこの地を訪れ句会や茶会を開いた。明治には若山牧水、北村透谷、徳富蘆花などの文人も訪れた。昭和32年(1957)より京王電鉄の所有。
イベント前は「紅葉がすでに終わってたらどうしよう・・・」と心配だったが、紅葉はちょうど見ごろを迎えていて、とてもきれいだった。赤、橙色、黄色・・・といろとりどりの紅葉が楽しめてよかった。
(画像をクリックすると別ウインドウに拡大画像を表示)
都心方面を眺める。
■百草八幡神社
百草園に隣接する神社。創建年は不詳だが康平5年(1062)源頼義が奥州征伐の折、この地をよぎって再建したといわれる。奉安殿には国指定文化財の鎌倉時代の銅造阿弥陀如来坐像が安置されている。
社殿。
右下の橙色の建物が奉安殿。
通りをはさんで神社の反対側にあった樹。
■百草台自然公園
丘陵の樹林を生かした公園で、小高い頂上からは都心方面を眺望できる。
頂上から都心方面を眺める。
■高幡不動
高幡山明王院金剛寺。真言宗智山派別格本山。京都智積院を総本山とする関東屈指の古刹であり、高幡不動として広く知られる。関東三大不動の一つ(他は成田不動、大山不動)。
平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのに始まる。足利時代には「汗かき不動」と呼ばれ武将の尊祟を得、江戸時代には関東十一檀林に数えられ、庶民には火防の不動尊として広く信仰された。
文化財に恵まれ、不動堂(康永元年(1342年)山中より移建)、仁王門(室町時代)、奥殿にある不動明王像(平安時代)、せいたか童子像(平安時代)、こんがら童子像(平安時代)は国重要文化財。新選組の土方歳三の菩提寺でもあり、境内には近藤勇・土方歳三の顕彰碑や土方歳三の像がある。
境内には、桜300株、紫陽花7500株、もみじ(1350株)などが植えられ、四季折々の花木が楽しめる。高幡不動でも紅葉は見ごろだった。美しい紅葉を見ることができて満足した。紫陽花の時期にぜひ訪れてみたい。
仁王門。
不動堂。
奥殿。重要文化財の不動明王像を安置。
大日堂。大日如来像等の仏像を安置。
大日堂と紅葉。
五重塔。高さ45メートル。平安時代初期の様式を模した塔。
新撰組両雄の碑。新選組局長の近藤勇と副局長の土方歳三の事績を記したもの。明治9年(1976)に当寺の住職と近藤・土方と縁の深い人達が計画し、明治21年(1888)に竣工。
土方歳三像。地元歴史家の協力を得て日野市ロータリークラブが建立。
山内八十八ヶ所。山の中に四国の八十八ヶ所霊場を写したもので、起伏に富み歩きがいがあった。山にはもみじが植えられ、紅葉がきれいだった。以下同じ場所。
山内には八十八体の地蔵菩薩像が置かれている。
五重塔と紅葉。
高幡城跡。
参加者は管理人を含め9名(参加者の皆様、ありがとうございました)。男性6名、女性3名。年齢は30代が中心だが、20代前半~半ばの方3名の参加があった。過去の経験から言うと散歩イベントでは20代前半~半ばの参加者はほとんどいないことが多いので、若い年代の方の参加はうれしい。
日野といえば新撰組ゆかりの地。紅葉を見た後、新撰組ゆかりの場所の散策を検討したが、一部の見所が離れており時間的に難しいので断念した。いずれ新撰組にまつわる散歩イベントを企画したい。
前半の紅葉散歩の行き先は以下の通り。
京王百草園駅→百草園→百草八幡神社→百草台自然公園→高幡不動→高幡不動駅
■百草園
梅の名所として有名な日本庭園で、園内には800株の梅がある。
百草園の由来は青木角蔵という百草出身の生糸商人がこの地にあった明治初期、廃寺となった松連寺というお寺跡を買い取り、その庭園を「百草園」と名づけたことから。江戸時代には多くの文人、茶人などがこの地を訪れ句会や茶会を開いた。明治には若山牧水、北村透谷、徳富蘆花などの文人も訪れた。昭和32年(1957)より京王電鉄の所有。
イベント前は「紅葉がすでに終わってたらどうしよう・・・」と心配だったが、紅葉はちょうど見ごろを迎えていて、とてもきれいだった。赤、橙色、黄色・・・といろとりどりの紅葉が楽しめてよかった。
(画像をクリックすると別ウインドウに拡大画像を表示)
都心方面を眺める。
■百草八幡神社
百草園に隣接する神社。創建年は不詳だが康平5年(1062)源頼義が奥州征伐の折、この地をよぎって再建したといわれる。奉安殿には国指定文化財の鎌倉時代の銅造阿弥陀如来坐像が安置されている。
社殿。
右下の橙色の建物が奉安殿。
通りをはさんで神社の反対側にあった樹。
■百草台自然公園
丘陵の樹林を生かした公園で、小高い頂上からは都心方面を眺望できる。
頂上から都心方面を眺める。
■高幡不動
高幡山明王院金剛寺。真言宗智山派別格本山。京都智積院を総本山とする関東屈指の古刹であり、高幡不動として広く知られる。関東三大不動の一つ(他は成田不動、大山不動)。
平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのに始まる。足利時代には「汗かき不動」と呼ばれ武将の尊祟を得、江戸時代には関東十一檀林に数えられ、庶民には火防の不動尊として広く信仰された。
文化財に恵まれ、不動堂(康永元年(1342年)山中より移建)、仁王門(室町時代)、奥殿にある不動明王像(平安時代)、せいたか童子像(平安時代)、こんがら童子像(平安時代)は国重要文化財。新選組の土方歳三の菩提寺でもあり、境内には近藤勇・土方歳三の顕彰碑や土方歳三の像がある。
境内には、桜300株、紫陽花7500株、もみじ(1350株)などが植えられ、四季折々の花木が楽しめる。高幡不動でも紅葉は見ごろだった。美しい紅葉を見ることができて満足した。紫陽花の時期にぜひ訪れてみたい。
仁王門。
不動堂。
奥殿。重要文化財の不動明王像を安置。
大日堂。大日如来像等の仏像を安置。
大日堂と紅葉。
五重塔。高さ45メートル。平安時代初期の様式を模した塔。
新撰組両雄の碑。新選組局長の近藤勇と副局長の土方歳三の事績を記したもの。明治9年(1976)に当寺の住職と近藤・土方と縁の深い人達が計画し、明治21年(1888)に竣工。
土方歳三像。地元歴史家の協力を得て日野市ロータリークラブが建立。
山内八十八ヶ所。山の中に四国の八十八ヶ所霊場を写したもので、起伏に富み歩きがいがあった。山にはもみじが植えられ、紅葉がきれいだった。以下同じ場所。
山内には八十八体の地蔵菩薩像が置かれている。
五重塔と紅葉。
高幡城跡。
写真はまだまだですね。
写真撮影が好きで、散歩中に写真をたくさんとりますが、かなり失敗作が多いです。
ご都合のよいときにまたご参加下さい。
生姜ちくわさん、素敵な会をありがとうございました。
それにしても綺麗な写真。
神楽坂のときも思いましたが、
生姜ちくわさんて写真撮るのお上手ね。
また散歩に参加させてくださいませ!
この日は曇っていましたが、雨が降らなかったのが幸いでした。
にゃんこは散歩の終わりのころに目撃しましたが残念ながら逃げられてしまいました(苦笑)。
天候にも恵まれてよかったですね。
今回は、ニャンコは見当たりませんでしかっつ。(笑)