ユネスコが世界遺産登録するかどうかで一喜一憂するのはいかがかと思う。鎌倉は中学の修学旅行以来訪れていないが、いつかゆっくり散策してみたいという思いを抱き続けている所である。世界遺産という冠がつくかどうかは関係ない。最近の世界遺産登録にむけての論調においては観光資源(経済効果)という側面に重きが置かれているように感じる。
オリンピックがロサンゼルス大会を境目に経済効果に重きを置かれるようになっていき、本来の目的から軌道が変化していったのと同様の危惧を覚える。招致合戦の過剰な演出と世界遺産登録へ向けての動きがダブってみえたのである。
あらゆるものを「お金」(経済価値)に換算する社会においては仕方のない面もあるが、世界遺産というものをもう一度原点から見つめ直すことも必要ではないかと思う。Wikipediaをもとに整頓してみた。
ユネスコの設立後、1954年ハーグ条約が採択され、武力紛争の際にも文化財などに対する破壊行為を行うべきでないことが打ち出される。
1960年、エジプト政府がナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムを建設し始めた。完成すると、ヌビア遺跡が水没することが懸念された。
これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。
世界の60か国の援助をもとに技術支援、考古学調査支援などが行われ、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿の移築が実現した。
このことががきっかけとなり、国際的な組織運営によって、歴史的価値のある遺跡や建築物等を開発から守ろう、という機運が生まれた。
1965年、国際組織である国際記念物遺跡会議が発足した。
他方、アメリカ合衆国ではホワイトハウス国際協力協議会自然資源委員会が1965年に「世界遺産トラスト」を提唱する。
優れた自然を護る国際的な枠組みが模索されており、リチャード・ニクソン大統領も1971年の教書において、国立公園制度誕生100周年に当たる1972年までに具体化することを明言。
それら2つの流れが1972年の国連人間環境会議で一つにまとまった結果、同年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立した。翌年アメリカ合衆国が第1番目に批准、締結し、20か国が条約締結した1975年に正式に発効した。
日本は、先進国では最後の1992年に世界遺産条約を批准し、同年の6月30日に125番目の締約国となった(日本についての発効は同年9月30日)。なお、現在のリストでは124番目となっているが、これは日本の締約後にユーゴスラビア解体によって繰り上がったことによる。日本の参加が他の国と比べて遅れたのは、国内での態勢が未整備だったためとされるが、他方で世界遺産基金の分担金拠出などに関する議論が決着しなかったためとも指摘されている。
2013年の第37回世界遺産委員会終了時点での条約締約国は190か国、世界遺産の登録数は981件(160か国)である。
世界遺産の本来の目的は、経済成長を優先する開発によって滅びる危険性のある文化的伝統、自然環境を保護するということにある。そこをはき違えて観光資源として価値が高まったとはしゃぎ過ぎると将来に禍根を残すことになりかねない。知床でも少し感じたが世界遺産登録になったがために心無い観光客の増大で自然破壊が起きるという皮肉なことになりつつある。
富士山の場合、自然遺産としては登録されなかったことをしっかり踏まえる必要があるように思う。今以上に富士山に登るために便利なものを作らない。入山料を検討しているみたいだが、それよりもゴミ、トイレ、事故(落石、高山病など)の3点に関して周知徹底を図ることが大事ではないかと思う。世界遺産登録で盛り上がっているこの機会に素早く手を打っていけばいいのでは?
①ゴミは持ち帰りプラスαを3.11後に行ったように公共広告機構で訴え続ける~継続は力なり
②トイレは有料。携帯トイレで持ち帰る。~利尻富士に見習う
➂事故情報はこまめに各局ニュースで流す~危険な山であることの認識を深める
富士山を大トリにして世界遺産登録への申請をやめる。これまでに登録されたものについてきちっと見直し世界の模範になる維持活動を展開する。
富士山は立地条件、姿、高さなど奇跡としか言いようがないと思っている。水や空気と同じようにあって当たり前みたいな感覚で接してきたが深刻な課題を抱えていることは明白。などということを考えながら今日の午前新10kmコースを走った。思っていたよりも涼しく感じたからである。午後はピラティスとラニングマシーン5km。走りながら考える日となった。10kmのタイムは63分11秒。
オリンピックがロサンゼルス大会を境目に経済効果に重きを置かれるようになっていき、本来の目的から軌道が変化していったのと同様の危惧を覚える。招致合戦の過剰な演出と世界遺産登録へ向けての動きがダブってみえたのである。
あらゆるものを「お金」(経済価値)に換算する社会においては仕方のない面もあるが、世界遺産というものをもう一度原点から見つめ直すことも必要ではないかと思う。Wikipediaをもとに整頓してみた。
ユネスコの設立後、1954年ハーグ条約が採択され、武力紛争の際にも文化財などに対する破壊行為を行うべきでないことが打ち出される。
1960年、エジプト政府がナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムを建設し始めた。完成すると、ヌビア遺跡が水没することが懸念された。
これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。
世界の60か国の援助をもとに技術支援、考古学調査支援などが行われ、ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿の移築が実現した。
このことががきっかけとなり、国際的な組織運営によって、歴史的価値のある遺跡や建築物等を開発から守ろう、という機運が生まれた。
1965年、国際組織である国際記念物遺跡会議が発足した。
他方、アメリカ合衆国ではホワイトハウス国際協力協議会自然資源委員会が1965年に「世界遺産トラスト」を提唱する。
優れた自然を護る国際的な枠組みが模索されており、リチャード・ニクソン大統領も1971年の教書において、国立公園制度誕生100周年に当たる1972年までに具体化することを明言。
それら2つの流れが1972年の国連人間環境会議で一つにまとまった結果、同年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立した。翌年アメリカ合衆国が第1番目に批准、締結し、20か国が条約締結した1975年に正式に発効した。
日本は、先進国では最後の1992年に世界遺産条約を批准し、同年の6月30日に125番目の締約国となった(日本についての発効は同年9月30日)。なお、現在のリストでは124番目となっているが、これは日本の締約後にユーゴスラビア解体によって繰り上がったことによる。日本の参加が他の国と比べて遅れたのは、国内での態勢が未整備だったためとされるが、他方で世界遺産基金の分担金拠出などに関する議論が決着しなかったためとも指摘されている。
2013年の第37回世界遺産委員会終了時点での条約締約国は190か国、世界遺産の登録数は981件(160か国)である。
世界遺産の本来の目的は、経済成長を優先する開発によって滅びる危険性のある文化的伝統、自然環境を保護するということにある。そこをはき違えて観光資源として価値が高まったとはしゃぎ過ぎると将来に禍根を残すことになりかねない。知床でも少し感じたが世界遺産登録になったがために心無い観光客の増大で自然破壊が起きるという皮肉なことになりつつある。
富士山の場合、自然遺産としては登録されなかったことをしっかり踏まえる必要があるように思う。今以上に富士山に登るために便利なものを作らない。入山料を検討しているみたいだが、それよりもゴミ、トイレ、事故(落石、高山病など)の3点に関して周知徹底を図ることが大事ではないかと思う。世界遺産登録で盛り上がっているこの機会に素早く手を打っていけばいいのでは?
①ゴミは持ち帰りプラスαを3.11後に行ったように公共広告機構で訴え続ける~継続は力なり
②トイレは有料。携帯トイレで持ち帰る。~利尻富士に見習う
➂事故情報はこまめに各局ニュースで流す~危険な山であることの認識を深める
富士山を大トリにして世界遺産登録への申請をやめる。これまでに登録されたものについてきちっと見直し世界の模範になる維持活動を展開する。
富士山は立地条件、姿、高さなど奇跡としか言いようがないと思っている。水や空気と同じようにあって当たり前みたいな感覚で接してきたが深刻な課題を抱えていることは明白。などということを考えながら今日の午前新10kmコースを走った。思っていたよりも涼しく感じたからである。午後はピラティスとラニングマシーン5km。走りながら考える日となった。10kmのタイムは63分11秒。