教育学は何の役に立つのか

　ここではこのテーマを何度も考え直しているが、それでも何度も考えざるを得ないのが教育学者としての私の習性である。
　教育学の有用性とは何か。何の役に立つのか。

　教育学は哲学の中で誕生し、自然・社会科学に刺激を受けて成長してきた学問・科学の分野の一つである。教育は人間らしさを体現する人間社会の特徴的な営みの一つである。教育学は、そのような教育について研究し、教育とは何か、教育とはどうあるべきかを様々な方法によって考察する。教育に関する知見を蓄積し、それを整理して体系化する。
　教育学は、近代教育の制度化と、教員養成の需要とを契機に成長してきた。教育制度は、政治・政策によって形成・調整され、行政・地域・学校・教員によって実施される。教育学には、教育制度の適切な形成・調整・実施を導く役割がある。そのためには、教育政治に適切に関わることのできる国民・市民・政治家を育て、教育行政に適切に関わることのできる行政官や、教育経営に適切に関わることのできる管理職・教員を育てる必要がある。
　教員養成は、教員の資質能力を形成し、教職への入職を準備する。教職は、教科指導はもちろん、道徳性の育成、生徒・生活指導、学校経営などの多様な仕事を含む。教育学には、このような教職を適切に担える準備をできるように、適切な教員養成を導く役割がある。教職を広く担う教員の資質能力には、教育に関する専門的知識・技能はもちろん、教育する上で必要な人間性（教養）がある。教育学には、教育に必要な知識・技能・人間性（教養）と、その形成方法を研究し、教員養成の教育目標・内容・課程を提案する役割がある。もちろん、教員養成にとどまらず、教員の成長全般を研究し、教師教育を導く役割が期待される。

　教育学は、哲学・歴史学・社会学・授業研究・心理学・政治学・法学・国際比較・経営学などの方法を用いて、学校教育・社会教育・家庭教育や幼児教育（保育）・初等教育・中等教育・高等教育・人間形成などの様々な教育を広く・深く研究する。教育は、過去・現在・未来にわたって日々様々な問題を発生させる。教育に携わるということは、常に教育問題の解決に取り組むということである。現代社会は種々の教育問題を解決するために学び続ける教師を求めているが、そこにとどまらず、研究する教師・市民・行政官などを育てる必要がある。研究は問題解決の方法として最も知的な方法である。研究する教師・市民・行政官は、教育問題を解決するために授業や指導をより広く・深く改善することができる。
　教育学の研究法を身に付けることは、知的な教員・市民・行政官などを育てる上で欠かせない。教育学は、日常的な教育経験を広く・深く研究する。例えば、一時の授業や指導を、教師の教え方や学習者の学びの瞬間的なあり方はもちろん、そのあり方を支える教育課程や学級・学校経営、教育制度・政策などの影響などを踏まえて研究する。研究する教師は、学習者と向き合う具体的・瞬間的場面とともに、教育を制度やその組織的働きまで広く見通すような、いわば教育学的な見方・考え方をもつ必要がある。教育の制度をつくり、その運営を支えるのは、政治であり、行政である。教育政治に関わる国民・市民や、教育行政に関わる行政官は、経済発展や人材開発だけでなく人間の尊厳や文化発展の視点などからも、広く・深く教育制度をつくり、運用していくような、教育学的な見方・考え方をもつ必要がある。
　大学における教育学は、学者の導きを得ながら学生も教育学を研究することを通して、教育の見方・考え方を育み、教育をより広く深く研究する方法を修得する機会を提供する。教育学的な見方・考え方で研究することのできる教員・市民・行政官などを育てることは、様々な場面で発生する教育問題の解決に資すると同時に、教育学の発展をも促す。学問体系は知識・情報の宝庫であり、問題解決に欠かせないものである。教育学研究の担い手が増えれば、教育問題の解決に向けて教育学の体系から学ぶ人が増え、増えた研究者が成果を蓄積し、教育学の体系はどんどん豊かになって、問題解決の可能性は拓かれていく。

　教育学は、教育を専門とする学問・科学として、教育に関する知見を精緻化・体系化し、教育制度・教育経営や教員養成・教師教育を導く。また、教育学的な見方・考え方と教育学の研究法を身に付けた、研究する教師・市民・行政官などを育て、様々な場面で生じる教育問題の解決を導く。教育学は、教育学研究と教育学教育によって教育を導くことで、他の学問・科学とともに人間社会を導く力の一つとなりうる。
　実際の教育学は、そういう意味で機能しているだろうか。自己点検と自己研鑽が必要である。