うもう、大分前から、暖かい地方では、春を告げる花だよりが届いている。
ここ、北信濃の我家でも、福寿草の花が咲いている。
何日も前から、ブログで写真を見てしまっていて、自分でも新鮮味が感じられないのだが、それでもやっぱり、ここにも春が来たと、うれしい。
こぶしの芽も膨らんできた。
外はまだ風が冷たいので、家の中で、かきなとリーフレタスとキャベツの種を蒔いた。
もう、3週間くらいが過ぎる。
種が芽を出し、毎日少しづつ育っていく。それを見ているのは、とても楽しみ。命がここにある。
お彼岸ころには、外に植え付けよう。温室育ちのひ弱な苗たちも、きっと春の日差しの中で、生きる喜びを全身で感じ取るだろう。
カミさんたち、四ババは、今朝早く2泊3日の鎌倉の旅に出かけて行った。
大体どこへ出かけても、おじさんたちより、おばさんたちの方が、圧倒的に数が多い。
僕とカミさんは、月末に、東海道歩きの旅に出る。これも二泊三日の旅。
個人で歩いている人はおじさんが多いが、ツァーで歩いている団体はおばさんたちが多い。
おじさんたちは何をしているのだろう。
『お墓の中で眠っているのさ』と、冗談のように言ってみる。
おじさんである僕も、もう少し起きていなければならない。
東海道歩きの旅は、今三河を進行中。
現地までは遠い。この時期、5枚つづりの青春18切符が、11,850円で買える。
とても安上がりだし、何より東海道歩きに、特急や新幹線は似合わない。
問題は、5枚というところ。なぜ奇数なんだ。
二人で往復使えば4枚。一人でも、往復を一単位と考えれば、とても中途半端。
一枚余らせて得をしよう、あるいは二冊買わせようという、JRの姑息な深謀遠慮が潜んでいるのではあるまいか。
そんな訳で、余る(あるいは足りない一枚をどうしよう、というのが、目下の大問題。
金券ショップで売りさばくなど、論外。ここは田舎だ。
残るは、鈍行で日帰りできる、かなりギリギリ遠くの、JRの線路が繋がっている目的地を見つけること。
今は、いろいろな路線が、第三セクターになり、JRの路線が限られてしまった。
今度歩き継ぐ為に向かう駅は、名電山中駅。
長野から松本、木曽谷を抜けて中津川へ入っていく。
時間はかかるが、車窓を眺めながら、鈍行で行く旅が好きだ。
藤川、岡崎、知立、鳴海、宮と名古屋方面へ歩く。
昔は、宮から船で桑名へ渡った。七里の渡しという。今は陸路だ。
多分今回はこの辺りまでになるだろう。
今年は、桜が早いという予想が出ている。
満開の桜の中を歩けるだろうか。
昔の街道といえば、ランニングコースの途中に、千曲川の渡しの跡がある。
この渡しのあった辺りは、今は北陸新幹線の線路が走っている。
行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。流れに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しく留まる試しなし。
容赦なく時は流れ、望むと望まざるに関わらず、すべては変わっていく。
自分の気持ちだけをそこに取り残して。それもいいか。
三月は、中野市は土ひなの季節です。
中野市は、退職勧告の、ではなく、童謡肩たたきの作曲家、中山晋平の故郷でもあるのです。
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本日の走行距離 14.0キロ。 3月の走行距離 138.3キロ。
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陽だまりのなか、福寿草が金色に輝いていますね。
関東の私の庭の福寿草は、もう葉っぱだけになってしまいました。鉢植えの紫陽花が芽吹いてきました。
いよいよ春ですね。
「立ケ花橋跡」(なんとまあ優雅な名前ですね)の写真や「千曲川・肩たたき」歌碑もいいですね。
はるかはるか昔、年老いた母の肩をいつもたたいていた思い出がよみがえります。
そしていま、私の肩は「じいちゃんお肩をたたきましょ」と、孫の小さな手が叩いてくれます。
陽だまりの縁側に座って、肩をたたいてもらう。
とても幸せなひとときです。
今後ともよろしくお願いします。
初めまして。お孫さんの手で肩たたきとは、羨ましい。いいおじいちゃんなのでしょうね。我家ではいつのことになるのやら。
お彼岸も過ぎると、やっと春が来るという感じです。4月から5月初め、梅と杏、桜が咲き、リンゴ、ナシ、桃の花が咲き、この時期、一気に春がはじける感じになります。まちどおいいなあ。