白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

春は奥ゆかしくて

2012年03月14日 21時20分42秒 | 日記

三月になってずいぶん暖かくなった。

と思うと激しい雪が降りあたり一面真っ白になったりする。

 

 

雪は積もったが明るい日差しの中ではかなく消えていく。

春は奥ゆかしくてちょっと顔を出してはすぐ隠れてしまう。

おずおずと、それでもうららかな春はまもなくやってくるだろう。

とりわけ北信濃では春が一気にはじける。

 

 

庭の梢にリンゴを刺しておくと色々な小鳥がやってくる。

これはきっとヒヨドリ。

まもなくこの木々にも春の芽吹きが始まる。

昨年末、庭の木々を思い切って検定をした。

今年はどんな枝ぶりを見せてくれるのだろう。

 

職業訓練校は4月生の入所選考のため、昨日今日とお休み。

これを利用して確定申告に行った。意外と簡単なことにびっくり。

来年はインターネット申告に挑戦しようか。

体も少しは動かそうと近くのトレーニングルームへ。

ランニングマシンで走った。

昨日は時速10キロで15km。今日は10km。

部屋の中はとても暑くて汗だくになる。

温泉付きなので助かる。

早く野外を走りたいものだ。

目下の体重は朝59.4kg、夜61.1kg。

もう少し絞り込みたいものだ。


合格

2012年03月11日 01時15分57秒 | 日記

このところ、真面目に受験勉強をやってきた。

10日は危険物取扱者乙4類の試験。

受験地は東京渋谷。

新幹線は高いので、夜行の高速バス。

朝5時半に新宿に着く。

試験は午後3時からなので、雨降りだが高尾山に登ることにした。

朝が早いのでロープウェイもまだ動いていない。もっとも動いていても乗るつもりはない。

傘を指して歩いた。途中から雪に変わった。

 誰もいない山頂。

晴れた日には山ガール、山ボーイで賑わうのだろうか。

標高599m。

信州の里山、そう、さしずめ善光寺の裏山、あるいは上田市の太郎山に似ている。

東京にもこんな場所がある。そのことにホッとする。

この山はぼくを迎えるために急遽、白く装ったのだろう。

なかなかに良い山だ。

 

 

京王線で新宿に戻り、駅の周辺を動き回った。

まるで迷宮。西口から東口へ出られない。

激しい人の流れの中で立ち止まっていることもできない。

多分、ここでは暮らしていけないのだろう。

 

渋谷の笹塚が試験会場。

大勢の受験者が集まってくる。

大半が参考書を見ている。この期に及んでそんなことをしても、と思うのだが、最後の最後まで頑張るということなのだろうか。

2時間の試験時間だが、40分を過ぎると退出しても良いことになっている。

さっと済ませてコーヒーを飲みに行く。

何しろ夜行バスで良く眠っていないのだ。おまけに歩きまわって、30km、40,000歩を超えた。

少し休みたい。

試験結果の発表は5時半なので、2時間近い時間がある。本屋をのぞいたり、街を歩き回ったりして結果を見に行った。

合格。

合格率は3~4割。10人受けて6~7人は落ちる。

それでも、できる範囲で真剣に勉強した。

だから、不安はなかった。

当然の結果だという気もしたが、それでもやっぱりうれしい。

はるばる信州からきたのだから。

次はボイラーの試験。これは千葉県だ。

 

新宿まで歩いた。

高速バスの出発場所、住友ビルの50階。えぞ料理の店がある。名前をユックという。

北海道直送の魚が旨い。

今夜はユック膳。

最高に美味しかった。

 

ここから見る夜景もきれいだ。

都会はあまり好きではないが、夜景だけは別だ。

新川二郎『東京の灯よいつまでも』。ぼくはこの歌を懐かしく思い起こすことのできる世代だ。

古き良き時代、とあえて言おう。

 

現代はあまりに目まぐるしく変わって行く。その割に何も残らない。

すこし感傷的な気分に浸りながら長野行のバスに乗った。


しあわせのパン

2012年03月04日 21時39分58秒 | 日記

他の所ではすでに封切りになっていたが、信州では今日が初日。

もう創立100年を迎える映画館、長野松竹相生座へ『しあわせのパン』を観に行った。

洞爺湖のほとりでの素敵な夫婦が営むカフェレストラン。傷ついた人たちがいつか癒されていく物語。

帰りに、映画に出てきたかぼちゃのポタージュとパンの店に立ち寄った。

映画とタイアップしていることもあって、コーヒー抜きで500円。コーヒーは100円で追加できる。

映画の余韻に浸りながらゆっくりと味わった。

この映画はそれを観たぼくらにもしあわせの時間を与えてくれたのだ。

 

手首の骨折から二ヶ月が過ぎた。

指先のしびれはまだ消えないし、手のひらをついて体重をかけることもできない。それでも普通に字を書いたり箸を握ったりはできる。

雪が消え始めた庭に、ふきのとうが顔を出した。

この黄緑色をどれほど待ったことだろう。

今年は特に雪が深く厳しい冬だった。

このふきのとうをみれば、これをてんぷらにして、もうそばを打つしかない。

正月の骨折以来、封印してきた蕎麦打ちを遂に解禁した。

やはり、手のひらに思うように体重がかけられなくて練りに苦労したが、なんとか打つことができた。

ふきのとうの苦さが何ともいえず、細胞の隅々に春を告げるようだった。

そばは普段0.8人前くらいだが、今日は1.5人前食べた。

 

職業訓練校に通いだして二ヶ月が過ぎた。

学校の授業ではまだやっていないが、危険物取扱者乙4類という試験を10日に東京まで受けに行く。

ボイラー2級という資格も取ろうと思っている。こちらは受験資格の中に4日間の講習が含まれている。この講習が明日から始まる。

普通物忘れがひどくなるこの年齢で新しいことを覚えていくというのは大変なことだ。

そんなことを呟きながら今日も勉強しないで一日が終わって行く。