白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

この時期にこのタイミングでそれはないやろ

2018年07月28日 21時19分45秒 | 日記

村の健康診断があった。

多分去年はパスしたので2年ぶり。

何と驚いたことに身長が1センチ縮んでいた。

歳を取れば背は縮むということは知っていた。だが他人事だと思っていた。同年代の人に比べても体は柔らかいし、運動もしている。

それが、まさか我が身に起きているとは!

わが村は健康長寿の村ということになっている。ところが、スパイク高血糖が県下でワースト1位だというので改善に向けた取り組みをしているという保健師の短い講義を受けた。早食い、炭水化物のダブル摂取、運動不足などのチェックを受ける。当てはまるのは早食いだな。

その後、身長と体重測定。そこで身長が縮んたことが判明。体重も前回59キロから今回56キロに減少。

体重が減りすぎているが、どこか具合の悪いところはないかと保健師のおねえさん。

瞬間だけ切り取ってその数値だけをみてあれこれいうのはどうなのかなあ。朝4時に起きて、パンを一つ食べ、5時から10時まで炎天下でケール採りの仕事をしてきた我が身、耐重だって減るだろう。汗だってたっぷりかいた。水だって2リットルくらいは飲める。昼飯を食べれば3キロくらいはすぐ増える。

血圧も153の98。血圧が高いといわれる。いつもそうなのだ。ここで測るといつだって高い。家で測れば機能など22の68だ。眼底検査と心電図を受けるよう通告される。

さらに、減塩指導。無料なので検査を受けませんかという。

いかに温厚な僕でも、流石に生来の天邪鬼が顔を出す。

『命に関わる危険な暑さのなかで、熱中症予防のために水分と塩分を摂りましょうと呼びかけられているときに、このタイミングで減塩の呼びかけですか』精一杯穏やかに言ってみる。だって、感じの悪くないおねえさんだったから。

体重のこともそうだが、血圧も、減塩も、検査する側は冷房のがんがん効いた室内にいて、検査に来る人がどんな風に暮らしていて、その日のどんな流れの中のどの瞬間に検査を受けに来たのか考えもせず、教条的にモノを言うのはどんなものなのだろう。だから、僕はそんな数字に振り回されたくない、とやんわり告げた。おねえさんは苦笑しながらそうですかといった。

『やれやれ、これだから年寄りは』と思っていたかどうかは知らない。

 

*  *  *

春先に頼まれたまま放置していた保育園の柵を設置しに行った。

 

 

子供が勝手に開けてしまわないようにする細工が問題だった。

鍵なんか掛けたくなかった。無粋すぎるもの。

色々考えたが、いいアイデアが浮かばない。

ある時突然答えが降って来た。長い棒を使えば大人には抜けるが背の低い子供には抜けない。これを使えばいい。

この構想を得て、ひと月ほど前に製作は終わっていた。だが、細かいところはどうしても現場合わせが必要だ。

保育との兼ね合いもあり、こちらの都合もあってのびのびになっていた。

久しぶりの雨だったが、今日設置しに行った。

春からの宿題が終わった。

枝豆を収穫してビールを飲んで、自らのご苦労をねぎらった。

 


骨休みに唐松岳へ

2018年07月23日 18時46分20秒 | 登山

生命の危険がある暑さは、容赦なく北信濃のこの地にも襲い掛かる。

7月に入って、ケールの収穫作業を頼まれてしまい、朝の5時から午前中の仕事が続いた。

中旬からは水道メーターの検針作業。

猛暑の中一日三万歩以上歩いた。

骨休みで、唐松岳へ出かけた。

八十歳になる義姉もこのところ山へ連れて行ってあげてないので、誘って、かみさんと三人で出かけた。

リフトを下りると白馬三山。

 

ニッコウキスゲの群落。

 

涼しげな池塘。

 

五竜岳と鹿島槍。

 

振り返れば薄墨色のわが故郷の山。

 

八方池に映った不帰岳。

 

物陰にひっそりと咲くマツムシソウ。

 

平日ではあったが、それなりの数の登山者。

池のほとりで一時間ほどのんびり過ごした。

かみさんと義姉は、シラネアオイを見たいというので、丸山の辺りまで行くから、一人で唐松岳まで行っても良いという。

それでは、と一人山頂を目指す。

 

残雪がいとおしい。

 

 

 

唐松岳の山頂がやけにすっきりと見える。

 

高山植物は頑張って登ってきたご褒美。

 

後には立山と剣岳。

 

五竜から鹿島槍へと辿る登山道が誘っている。

 

直下の唐松山荘。

今夜はここで泊まる人もたくさんいるのだろう。

 

不帰岳から白馬三山。

 

夏場なら何ということもない八方尾根も、冬場は厳しいコースになる。

もう四十年近い前になるが、一月に八方池に雪洞を掘って泊まっていた。翌朝背丈を超える積雪があり、吹き溜まりでは足が地面に着かなかった。強い季節風の中、福岡から来たという三人組が下りて来た。登ろうか停滞しようか迷っていた僕は、余りに尋常ではない吹雪に一緒に下山することにした。

地図とコンパスを頼りに地吹雪の中、三人は下って行く。あとから行く僕は、変だなと思う。八方尾根は牛の背のように、幅広い尾根で、見通しが利かないときは迷いやすい。確かにルートは左に曲がる。だが、明らかに傾斜が登って来た時とは違う。急すぎるのだ。大声で三人を止めた。『ルートが違う!こんなところを下れば雪崩が起きるぞ!』『地図だとこれでいいはずだ』

その時、一瞬地吹雪が弱まり、尾根の左上に赤い旗が見えた。早く左に曲がりすぎたのだ。何とか八方池山荘までたどり着き、聞いたところによると、スキー場のリフトも強風のため運航停止になっているという。僕らはそこに泊まることにした。

それから一週間ほど後のことだ。八方池でテントを張っていた厨子開成高校の10名ほどが行方不明だという。

あの雪の中で、見通しが利かなければ、間違った沢へ下ってしまっても不思議はない。現地を体験してきただけにその状況が生々しく感じられた。雪が融けるのを待って発見されたという生徒と先生たちの冥福を祈りつつ山を下りた。

 

今またケールの仕事を頼まれて、過酷な日々を過ごしている。

早く涼しくならないかな。