昨年の三月、沖縄の基地問題がクローズアップされていた頃、ぼくはひとつの文章を書いた。
基地問題は未だに解決の方向に向かっていない。そこで、沖縄に心を寄せながらここに再掲載することにした。
≪庭に咲く琉球月見草≫
寓話
俺の爺さんは小悪党のチンピラだった。
乱暴狼藉を働き、隣近所に迷惑をかけながらあちこち荒らしまわっていた。
次第に範囲を広げ、隣町やさらに向こうの町々にまで勢力範囲を広げていった。
周りの人々は小さくなっていうことを聞く。
それでいい気になった爺さんは、こともあろうに暴力団に喧嘩を吹っ掛けた。
もちろん、コテンパンに叩きのめされた。
それ以来、暴力団はおれの家を根城にした。
組事務所は別のところにあるのだが、俺の家を溜まり場にして、もめごとや儲け口を求めて出かけていく。
たいした理由もないのに、言いがかりをつけては拳銃を振り回す。
どうやら、機関銃やミサイルもこっそり持ち込んでいるらしい。
最近明るみに出たのだが爺さんが容認していたのだ。
家賃だって取っていない。その上、『思いやりだ』といって生活費や小遣いまで渡していたのだ。
親父の代になった。
親父も暴力団が怖くて何も言えないでいる。
それでも家族の反対にあって、恐る恐る言い出した。
『一階から二階になるか、よその家になるかわかりませんが、引っ越し先はこちらで責任を持って見つけますから引っ越していただけませんか。費用はこちらで持ちます。』
俺は思う。
隣近所と仲良く穏やかに暮らしたい。
『仲良くしよう』いくらそんな事を言ってみても、暴力団が居座っているのでは、みんな敬遠するばかりだ。
ここは俺たちの家だ。
ここは、俺たちの家だ!
きっぱり言おう。
『出て行ってくれ!ここは俺たちの家だ。
引っ越し先は自分で見つけて出て行ってくれ。』
親父が家族の願いを聞き入れないなら家長とは言えない。
とにかく、もう暴力団の思うままにはさせたくない。
ここは、俺たちが暮らす俺たちの家だ。
爺さんや親父が暴力団とどんな約束をしていようが、この家は俺たちのものだ。
* * * * *
俺には隠棲願望がある。
それでも、時として言わずにいられない思いがある。