絶望の中の希望
参院選の結果は実に暗澹たる未来を予想させるが、それでも我が長野県民は常識的な投票をする人が相対的に多かったというのがわずかな救い。
少なくとも周囲にわざわざ破滅の泥沼に、そう望まない人を道連れにする愚か者がいるんだと不愉快な疑いを持たずにすむ。
当選した杉尾氏は「安保法制廃棄」を掲げて急きょ立候補した野党統一候補。その意味の重大さを受け止めた県民が投票率も押し上げた。
戦前、長野県民は最も政府権力によく従う県民性であった。それが全国で最も多く満蒙開拓団を送り出し、多くの犠牲者を出す結果になった。そのことの苦い記憶がやはり県民の心身にしみついているところがある。
戦後生まれの私の小学校以来の同級生の中にも親が満蒙開拓団の悲惨な引き揚げ行から生き延びたことによって、この世に生を享けた人が2名もいる。
長野県南部の阿智村に作られた「満蒙開拓記念館」には交通不便な場所にあるにも関わらず訪れる人が絶えないと聞く。長野県民にとって、「満蒙開拓」という国策は国に騙された結果の悲劇として生き続けている。
また東北・北海道でも秋田県を除いて野党統一候補が勝利した。東日本大震災、原発事故を真摯に受け止めず、再稼働に走る政府の姿勢への不信が増大していることの現れだと感じる。
それに引き換え、西日本は選挙区は見事なまでに自公・大阪維新の勝利となった。
都市計画の専門家で元京都府立大教授で、市民活動家である広原盛明氏が分析を試みている。
関西圏の選挙民は元々実利を重視する傾向があり、どうしても目先の景気、経済に目が行くが、安保法制や改憲がいかに実利を破壊するものであるかの訴えが弱かったという。
現在放映中のNHK朝のドラマ「とと姉ちゃん」では、戦時になると、まず庶民が営む小さな商売が立ちいかなくなる状況を描いていたが、今、日本国民に欠けているのはそういうことに対する想像力だと思う。
景気、景気といって、景気がよくなれば武器でも軍需品でもと思っていると、それで大きな利益を上げるのは大企業だけで、弱小企業や庶民はみじめに破滅させられるのである。
18才選挙権が今回の参院選から行使されるようになったが、私はあまり期待していなかった。
人生経験の少ない若者が今の世の中の矛盾に気が付けといっても無理だ。私もそうだった。政府のやることを報道のままに信じていた。
経験を積み、鍛えられて人は目を養うこともできる。戦時、もっともよく軍国日本の煽動に乗ったのは少年少女たちだった。