以下は月刊誌Hanada、安倍晋三元総理追悼大特集号、冒頭に掲載されている田村秀男の連載コラムからである。
日本国民のみならず世界中の人達が必読。
見出し以外の文中強調は私。
安倍氏の遺志を継ぐ政治家は結集せよ
脱デフレの道半ばにして、安倍晋三元首相が凶弾に斃(たお)れた。
安倍氏の遺志を継がんとする政治家は前に出て結集せよ。
政治家というものは自身が手がけた政策について成果を誇ることはあっても、点睛(てんせい)を欠いたとは認めたがらないものである。
だが、安倍氏は違った。
思い出すのは2021年4月、安倍氏が会長を務める「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」の勉強会講師に招かれたときだ。
安倍氏は、会合冒頭で筆者を紹介する際、「田村記者には筆誅(ひっちゅう)を加えられました」と議員諸公やテレビカメラの前で言ってのけた。
全国紙がことごとく消費税増税に賛同するなか、拙論だけがデフレ圧力を高めるとして消費税増税に反対し、安倍政権の消費税増税決断を論駁(ろんばく)したことを覚えておられたのだろう。
安倍氏は内心忸怩(じくじ)たる思いだった。
雑誌『正論』2022年2月号での浜田宏一米エール大学名誉教授との対談で、「最初の消費税の3%引き上げですが、税収の5分の4は借金を返すために引き上げたことが(中略)デフレ圧力にもなってしまった」「デフレから脱出するというロケットの推進力が大気圏外に出ていく上で少し弱まってしまった」と述べたあと、[プライマリー・バランスの黒字化を目指していくという大きな政府与党の方針で、ある程度しばられてしまった。私の反省点です」と語っている。
プライマリー・バランス(PB=基礎的財政収支)の黒字化とは、国債償還費を除く財政支出を税収の範囲内に抑えることだ。
国家財政を家計と混同した緊縮路線である。
防衛、インフラ整備、教育、基礎技術研究など国の安全や将来の成長基盤をつくるための財源は、国債発行で賄うことが国際常識である。
現行の税収の範囲内に留めようとすれば、先行投資は極めて限られ、国家や国民の将来が閉ざされてしまう。
国力を自らの手で衰退させかねないPB黒字化を財政目標とする国は米欧には皆無なのに、わが国は1997年度の橋本龍太郎政権が導入して以来、自公政権はもとより民主党政権も文字どおり墨守してきた。
それが招いてきたのは、いまなお続く経済のゼロ成長と需要の萎縮、即ちデフレ圧力である。
安倍氏は脱デフレを掲げて2012年12月に第2次政権を発足させ、アベノミクスを打ち出したが、PB黒字化目標の呪縛からは逃れられなかった。
だが、新型コロナ禍を受けて自らを解き放った。
安倍氏は2020年9月の首相退陣後、財政主導による脱デフレに邁進していく。
前述の議員連盟ばかりでなく、昨年11月発足の「自民党財政政策検討本部」、自民党若手議員が集まって今年2月発足の「責任ある積極財政を推進する議員連盟」の最高顧問として、党内世論を積極財政へと誘導してきた。
安倍氏に立ちはだかるのは、財務省に洗脳されてきた自民党の長老など多数派である。
そのなかでも、伝統的に財務官僚出身議員の多い宏池会が大きな勢力を占める。
宏池会をバックとする岸田文雄首相は21年10月の就任以来、「25年度黒字化目標の変更の必要なし」と明言してきたが、安倍氏を代表とする積極財政派からの攻勢を受けて、5月末発表の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」案で、「25年度PB黒字化目標達成」を外した。
「骨太」とは翌年度の予算の骨格を意味するので、財務省主計局の橋頭堡(きょうとうほ)である。
だが、「PB黒字化目標達成」の表現が削除されたとしても、消滅したわけではない。
財務省は転んだようにみせかけただけである。
岸田政権による政府案には「骨太2021」を来年度予算編成の基準にするとある。
「骨太21」は、全般的な財政支出抑制や消費増税による財源確保を謳った2018年の骨太を堅持する。
「18年骨太」は2025年のPB黒字化を目標としている。
「18年骨太」は安倍政権が打ち出したものだ。
財務官僚は、安倍政権時代の25年度PB黒字化目標という古証文を岸田政権の骨太に装着したわけである。
骨太政府案は、安倍氏が固執する防衛費に関しては財政規律の例外扱いを認めてはいる。
岸田首相は先に来日したバイデン米大統領に「防衛費の相当な増額」を約束したのだから、財務省も抗(あらが)えない。
だが、同省はPB黒字化目標を楯にして、防衛費を五年間で倍増したければ、防衛以外の政策経費を大幅に削るか、さもなくば消費税など増税によって財源を確保するよう均衡財政の妄想に取り憑(つ)かれた岸田首相を誘導する。
安倍氏亡きあとは、PB黒字化に向けて財政支出全体の削減と増税による従来の緊縮財政路線が強化される。
日本経済再生の可能性を永遠に塞ぐ道である。
政治家は奮起せよ。