以下は昨日発売された月刊誌「正論」の巻頭を飾る、兼原信克・元国家安全保障局次長と杉山大志キャノングローバル戦略研究所研究主幹の対談特集からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
日本のみならず世界中の先進諸国は、これまでの自分達の愚劣さについて、暗澹たる思いを抱くはずである。
月刊誌「正論」は本稿を含む本物の論文が満載されていながら、何と!950円(税込み)なのである。
本誌も、本ほど安いものはない、を実証している。
活字が読める日本国民全員は最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
何故なら、そうしなければ、貴方は日本と世界について無知蒙昧な人間になるからである。
見出し以外の文中強調は私。
以下は、エスカレーション・コントロールという考え方があって、やられたらやり返せるところには仕掛けてこない、の続きである。
ミサイル攻撃の標的になる石油タンク
杉山
CSIS(米戦略国際問題研究所)の台湾有事シミュレーションが最近、話題になりましたが、最初の3週間程度でミサイルを撃ち合った末に中国が台湾占領に失敗する、という筋書きになっています。
しかしその後については書いておらず泥沼化することもあり得ます。
台湾有事が1年、2年あるいはもっと長期に及んだ場合に日本の安全保障は、シーレーンはどうなるか、という議論を本当はしなければなりません。
兼原
台湾有事における軍事的な相場観はある程度あって、中国側は何千発ものミサイルを用意していますから、米空母もなかなか台湾には近づけないでしょう。
周囲をイージス艦と潜水艦で固めて半径200キロの巨大な防空圈をもっている米空母は、グアムの基地が動いて来るのと同じようなものです。
しかし台湾近海まで来ると叩かれるので、その手前で控えているわけです。
今は米軍といえど台湾近海の制空権・制海権は握れない。
米側からすると、出来ることは限られていて、中国軍を台湾に上陸させなければいいのです。
台湾には20万人の軍隊がいます。
その台湾を占領するには20万人では足りず、定石としては3倍の60万人が必要です。
60万の軍隊を200㎞ある海峡を渡って上陸させるのは至難の業です。
米軍は制海権を100%は取れませんが、敵の船を沈めるのは得意なので、やる。
そうすると中国軍は台湾に上陸できません。
一部が上陸できたとしても殲滅されますから、戦争はどこかで終わる。
それで何か見えてくるかというと、米軍が遠くから撃ってくるだけだとすると、中国側から日本にもミサイルや爆撃機がたくさん飛んでくるわけです。
それに関しては米側から「お前、自分で対処するんだぞ」と言われることでしょう。
ミサイル攻撃にさらされるに決まっていますから、アメリカは空母機動部隊を後方に下げます。
日本防衛では自衛隊が頑張らないといけない。
日本は前線国家になるわけです。
そのときに中国はどこを狙ってくるか。
石油の備蓄タンクを全部つぶせば継戦能力はゼロになるので、そこを狙わないと考えるほうがおかしい。
シーレーンを破壊するには、中国としては潜水艦が2、3隻出ていけばいい。
最近、『暁の宇品陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』という本が出ましたが、先の大戦で商船隊を徴用したのは陸軍でした。
結局、その商船隊は海軍にもほとんど守ってもらえず9割、約1万5千隻が沈められます。
6万人近い若い商船隊員が死んでいる。
帝国海軍人の死亡率をはるかに上回る死亡率で、実態は輸送船団といっても特攻隊に近かった。
しかしこれまでシーレーンの確保に向けた国の動きは、ほとんど進んでいないのが現状です。
まだ深い眠りにある日本
杉山
先述したGXですが、いま経産省・資源エネルギー庁が力を入れています。
20兆円の「GX経済移行債」なる国債を発行し、それを20年くらいかけて償還するということで、年に1兆円程度の新しい特別会計がまたできることになりそうです。
そして「GX経済移行推進機構」がつくられ、再生可能子不ルギーを普及させ、それで水素をつくるとかいった話が進められていますが、日本の電力コストは上がるばかりで、日本経済の発展に逆行する話です。
それは当然、安全保障にも逆行する話となります。
GXの話が持ち上がってきたのは一昨年で、その後にロシアのウクライナ侵攻があったので方針転換するかと思って見ていたのですが、全然そうした転換の動きはありません。
「脱ロシアの次は脱炭素」などと言われているのが現状です。
脱ロシアの後には中国というさらに怖い相手も控えているのですが。
兼原
GXの話は、安全保障とは全くすり合わせなく動いていますね。
特にエネルギー関連の新産業技術開発の話が安全保障と絡んでいないのが残念です。
杉山
全くです。
日本のエネルギーをどうするつもりなのか。
欧州も平和ボケで、実態としては世界中の化石燃料を買いあさったりしながら、表向きは脱炭素を掲げて、「化石燃料を買っているのは一時的なものです」と言い張っている。
兼原
欧州で必要な天然ガスの量は、世界のLNG(液化天然ガス)のスポット(短期当用)取引の量とほぼ同じです。
だから欧州諸国が天然ガスを買いあさると、発展途上国は困ってしまう。
杉山
実際に天然ガスを買い負けて停電に陥る発展途上国も出始めています。
一方、アメリカではバイデン大統領が温暖化対策に熱心ですが、インフレ抑制法という謎の名前の法律が成立し、「アメリカは本気で脱炭素に取り組むのだ」と日本で獄報道されています。
しかし法律の内容をみると、蓄電池製造や重要鉱物の採掘といった産業にテコ入れする補助金を日本円で年5兆円ほど投入することになっており、自国を強くする方向での施策なのです。
バイデン大統領の発言には米民主党の中でも急進的な人たちが主張するグリーンな話も入りこんでいます。
ただ、アメリカは世界一の産油国であり、石炭の産出も多く化石燃料で潤っている州が多いだけに、全米的な脱炭素の規制は絶対に採用されません。
共和党議員が反対するのはもちろん、民主党議員も「やっぱり産業が大事」というわけです。
彼ら米国の多数派の合言葉は「エネルギー・ドミナンス」、つまりふんだんにエネルギーを供給して自国を潤し、友好国にも供給するのだということで、アメリカらしい物量作戦の発想です。
日本もそのくらいの心意気で原子力の推進や化石燃料の調達なども進めていけばいいのですが。
兼原
やはり日本は敗戦の結果GHQに解体されて一度、国としての生存本能が死んで、ボーっとした社会になってしまっています。
その点、アメリカは生き残るためなら何でもやる、というところがあります。
杉山
ようやく日本も目が覚めつつあるかと…。
兼原
いや、眠りは深いと思いますよ。
杉山
いい加減、目覚めてほしいものですが。
兼原
軍事の面では、少し目が覚めつつあるといえます。
ウクライナの状況を見て、「あれを中国にやられたらどうなるか」を考え始めている。
それで弾薬が足りないじゃないか、防衛費も2倍にしなければ、と動き始めているわけです。
純軍事面では進展があるのですが、では有事になったら国民全体で自衛隊をどう支えるのか、エネルギーは大丈夫か、国民生活は大丈夫か、というところまではまだまだ意識が回っていません。
杉山
ウクライナの戦争でショックだったのは、アメリカが最優先したのが「核戦争を起こさないこと」で、ウクライナ人の命は二の次だったことです。
台湾有事の際、日本は出撃拠点を米軍に提供しますから当然、日本も標的になります。
そのときにアメリカは、やはり核戦争回避を最優先することでしょう。
兼原
アメリカは台湾有事の際、中国のA2AD(接近阻止・領域拒否)戦略を恐れて台湾近海には近づかず離れて戦う、しかも全面核戦争を恐れるので本気ではやらない、ということが明らかになりつつあります。
核戦争にならない範囲で、アメリカは局地戦をやるつもりです。
先ほどお話のあったCSISのシミュレーションですが、あれは日本人への「あなたたち、中国にやられますよ」というメッセージなのです。
この稿続く。