にをいがけからはじめよう

おみちに引き寄せられて25年。
落ちこぼれようぼくだけど精いっぱいのにちにち。

今と昔を思い知ること

2012年03月08日 18時34分33秒 | にをいがけ・おたすけ

どんよりとした”いやーーな天気”でした。

実家の母と長女を引き合わせたり、頼まれ買物をしたりと半日が過ぎて、
母を家に帰してから、教会へ行こうとおもいきや、
にをいがけをさせてもらってからにしないと教会に行ってからだと
なかなか歩き出せなくなりそうで、
実家のある越生町でにをいがけをしました。

まずは女子青年にお声かけ。そのあと戸別訪問。

イメージ的に中高年の方が多く住んでいると思ってました。
ところが、アパートには若いママさんが多く存在。心の準備も出来ないままに
ありがたい登場。ちょうど忙しい時だったらしく、相手にしてもらえなかった。

相手にしてもらえないのはいつものこと。そこのところは大丈夫よ。

問題なのは、私がとっさに対処できなかったこと。まだまだだなーー。

普通のにをいがけのように思えば、言葉も浮かんでくるのに、、、、

 

 

にをいがけのあと、教会へいき、実動報告をさせてもらった。
拝殿先生より色々と教えていただいた。
今日は私の手引き親が拝殿先生だったので、
私の初参拝のときのことを教えてもらった。本人は記憶にないことも多くある。

手引き親は、私を育てた覚えはないという。丹精した覚えもなく、
ただ教会につれていけばいいんだ、、と思って歩いていたんだそうだ。
手引き親は申し訳なさ気に笑いながら話し、私も笑ってきいていた。

今だから笑い話になるけど、ちょっと受け取り方を間違えばとても無責任な手引き親。

長い期間、そんな手引き親に心を使いまくってました私。

本当にそこまで極端にひどかったのかと今日、改めて知った思い。

 

 

手引き親から聞いたことは、、、 

「私は天理教の信仰をするためにここへ来たわけじゃありません」
と、初参拝の時に、拝殿の先生に言ったそうだ。(本人の私は覚えてない)
断るつもりだったみたい。

『そうですよ。あなたは天理教の信仰をするために来たわけじゃないですよ』 
と、拝殿先生は言ってくれて、なんだかホッとした私らしかったそうだ。(本人記憶になし)

で、帰りの参拝のあと、拝殿を立ち去ろうとした私に奥様が、
『又来て下さいね。』と笑顔でお声をかけてくださったことを覚えているのだけど、
このとき、私はなんて言ったと思う。

「気が向いたら」(もう2度と教会へ来ないつもりでした、このとき)

だったと記憶している。普通は、来る気がなくても『はい』とか言うもんでしょう。
私は思いのまにまに、言葉に出していたんですね。

 

ここまで書き上げるのに、いねむり1時間やってます。
昨日もそうだった、、、、、、、、、、

 

 

晩ご飯を食べてこよう。

 

今日もありがとうございました。

戸別でいきなり母子の方がドアを開けてくれたのは、神様でしたね。