岡本かの子の短編小説『鶴は病みき』はこのようにはじまります。小説の文章は書き出しが大事であり、この三四行で読者の読みたくなる気持ちを惹きつけなくてはなりません。
白梅の咲く頃となると、葉子はどうも麻川荘之介氏を想い出していけない。いけないというのは嫌という意味ではない。むしろ懐しまれるものを当面に見られなくなった愛惜のこころが催されてこまるという意味である。わが国大正期の文壇に輝いた文学者麻川荘之介が自殺してからもはや八ヶ年は過ぎた。
もちろんこの文学者の名前は芥川龍之介であり、この短編の舞台となった鎌倉雪の下のホテルH屋というのが、ホテルニューカマクラの場所にあった貸別荘(平野屋)です。ここまでは資料にあり大概分かるのですが、タイトルの『鶴は病みき』がどういう意味なのかは分からず、聞きかじりの話だけからイメージしていました。ネットなどでみると、岡本かの子と芥川龍之介のラブロマンスだなんて書いてあるものあり、どうも矮小な想像力しか働きませんでした。
芥川龍之介が自殺したのは、1927年(昭和2年)7月24日。岡本かの子が芥川龍之介の最後の様子を見たのが、彼の療養先であった湯河原駅ホーム。その日の夕刻、熱海梅林の鶴の金網の前に立ち、鶴を観た想いがこの短編の最後に綴られています。
私は果無げな一羽の鶴の様子を観て居るうちに途中の汽車で別れた麻川氏が、しきりに想われるのであった。「この鶴も、病んではかない運命の岸を辿るか。」こんな感傷に葉子は引き入れられて悄然とした。
ここではじめて鶴と芥川龍之介の姿が重なり、タイトルの意味が理解できました。この短編全般にあるのは、岡本かの子の偉大なる文豪芥川龍之介への畏敬と尊敬の気持ちです。これは『鶴は病みき』を全編を通して読んで分かったこと。やはりなんでも労を惜しんでは駄目だと改めて思いました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます