永遠の待合室や冬の雨 高野ムツオ
何を待つ「待合室」かによって、この句の解釈は大きく変わります。すぐに思い浮かぶのは駅です。しかし、「永遠」という語の持つ重い響きから考えて、これはどうも駅の待合室ではないようです。もっと命に近い場所、あるいは、命を「永遠」のほうへ置くための場所、つまり斎場のことを言っているのではないかと思われます。この句はわたしに、過去のある日を思い出させます。どのような理由によってであれ、大切な人を突然失うことの意味を、わたしたちは俄かに理解することはできません。理解する暇もなく、次から次へ手続きは進み、気がつけば「待合室」という名の部屋に入らされ、めったに会うことのない親戚の中で、飲みたくもないお茶を飲んでいるのです。ひたすらに悲しみが押し寄せてくる一方で、よそ事のような感覚も、時折入り込んできます。切羽詰った悲しみと、冷えた無感情が、ない交ぜになって揺れ動いています。扉は開き、名が呼ばれ、事が終わったことが知らされ、靴を履き、向かうべき場所へ向かう途中で、明るすぎるほどの廊下へ案内されます。高い天井の下、呆然としてガラス張りの壁の向こうを見つめていました。その日も外にはしきりに、冷たい雨が降っていたと記憶しています。『生と死の歳時記』(法研・1999)所載。(松下育男)
【冬の雨】 ふゆのあめ
◇「寒の雨」(かんのあめ) ◇「寒九の雨」(かんくのあめ)
時雨の時季をすぎると、降る雨はいよいよ雪の混じる気配が感じられたりと、冷たく凍りつくようになる。細く降り続く雨は暗くわびしいものがある。しかし、雪国での雨はむしろ寒さのゆるびをともなう。寒の内に降る雨が「寒の雨」で、「冬の雨」よりさらに冷たく暗く侘しい気配があるが、一方で寒のゆるびを慶ぶ気持ちも含まれる。寒に入って九日目に降る雨を「寒九の雨」といい、豊年の兆しとするのはそうした思いもあるのであろう。
例句 作者
クレーンのたたまれてゐる寒の雨 藤田弥生
油絵のたゞ青きのみ冬の雨 山口青邨
水漬きつゝ木賊は青し冬の雨 中村汀女
武蔵野を横に降るなり冬の雨 夏目漱石
石積んで舟かたぶくや冬の雨 羽原青吟
面白し雪にやならん冬の雨 芭蕉
垣越しの一中節や冬の雨 永井荷風
うつほどに藁の匂ふや寒の雨 金尾梅の門
冬の雨崎のかたちの中に降る 篠原 梵
雁騒ぐ鳥羽の田づらや寒の雨 芭蕉
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